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第5章 風、血を呼ぶ

第一節 風雲、立つ


風が荒れていた。

雲は低く垂れ、空全体が不穏に渦巻いている。


「殿、東より敵勢――三百!」

報告が届く。久武の声は冷静だったが、背後の兵たちの息遣いには緊張が混じっていた。


「敵は何者?」

「長宗我部を討たんと、南から攻め上がる者ども。旗印は三好の残党と見られます」


三好――真白は聞いた名を思い出す。

元親が生前に幾度も戦を交えた宿敵。

その亡霊のような勢力が、今、風の国を焼こうとしている。


「……戦うしか、ないね」

鈴音が頷く。「はい。けれど、これはただの戦ではございませぬ」


久武が続けた。「彼らの狙いは――殿、おそらく貴女様」

真白は息を呑んだ。


第二節 影の密約


夜。

真白のもとに一通の密書が届く。


“明朝、敵方より密使が来る。

彼の命を奪えば、争いを避けられる”


真白は眉をひそめた。

「命を奪って……争いを止める?」


鈴音は首を振る。

「風は血で止まらぬものです。だが――誰かが、この戦を仕組んでおります」


久武が静かに言った。

「もし敵の動きを読めば、風を先に掴めまする。殿、どうかお決めを」


真白は目を閉じ、風の音を聞いた。

耳の奥で、何かが囁く。

――風は、命を奪うためではなく、導くために吹く。


「密使には会う。だが、刃は持たない」

「危険です!」

「危険でも、風がそう言ってるの」


第三節 密使の風


夜明け前。

霧の中、真白はたったひとりで丘に立っていた。


やがて、黒い外套の男が現れた。

「……元親殿、いや、“風の殿”と呼ぶべきか」


その声には嘲りと、哀しみが混じっていた。


「お前は……三好の人?」

「我らは主を失った者。だが、“風”が蘇ったと聞き、確かめに来たのだ」


男は真白を見据えた。

「我らに従えば、血は流れぬ。抗えば――国が燃える」


真白は一歩踏み出した。

「風は誰のものでもない。誰かの命令で吹くものじゃない」


男が剣を抜いた。

霧の中で鋭い音が響く。


その瞬間、背後から矢が放たれた。

鈴音だった。

「殿に指一本、触れさせませぬ!」


矢が男の肩を貫き、血が霧に散った。


「行け、鈴音!」

「いけませぬ! 殿を残して――!」


「行け!」

真白の声が風を裂いた。


鈴音は一瞬ためらい、そして走り出した。

霧の中に風が渦巻き、敵の姿を呑み込んでいった。


第四節 風、血に染まる


昼、戦は始まった。

太鼓が鳴り響き、空が震える。


真白は槍を手に立っていた。

体は震えていたが、心は不思議なほど静かだった。


「殿、敵左翼より突撃!」

「風を読んで! ――鈴音、右へ!」


鈴音の薙刀が舞う。

風と一体となったようなその動きは、美しく、恐ろしく、そして儚かった。


矢が飛ぶ。鈴音が身を翻す。

だが、背後の兵を庇った瞬間――胸に赤い花が咲いた。


「鈴音っ!!」

真白が駆け寄る。

血が土を濡らし、鈴音の唇がかすかに動いた。


「風は……まだ、止めてはなりませぬ……」

真白の手を握り、鈴音が微笑む。

「殿……この風、どうか……未来へ……」


真白は叫んだ。

「風よ――命を、運んで!」


突風が戦場を駆け抜けた。

敵の旗が折れ、火が消え、声が止む。

その瞬間、戦が終わった。


鈴音の髪が風に舞い、真白の頬に触れた。

まるで、風そのものになったかのように。


第五節 風、再び


戦のあと、城下に沈黙が降りた。

鈴音の亡骸は、真白のそばにあった。


久武が静かに言った。

「殿。鈴音殿は、最期まで貴女を守りました。

 “風は殿の心を選んだ”と……そう申されて」


真白は空を見上げた。

風が頬を撫で、涙を乾かしていく。


「鈴音さん……風はちゃんと届いたよ」


その声は、風鈴のように静かで、あたたかかった。


「この国を、あなたの風で包む。

 誰もが笑って息ができる場所にする。

 あなたの命が、風の中で生きるように」


風が応えるように吹いた。

城の旗が大きくはためき、陽の光が差し込む。


真白はその光の中で、静かに目を閉じた。

鈴音の声が、確かに風の中で囁いていた。


――“風は生きています、殿”。

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