第7章 風、時を越えて
第一節 風祭
四国の空が晴れ渡り、町に笛の音が流れていた。
年に一度の「風祭」。
真白が提案し、民が作り上げた平和の祭り。
子どもたちが風鈴を揺らし、風車を手に走り回る。
久武は笑いながら、焼き団子を手渡していた。
「殿、これを」
「ありがとう。……甘いね」
「戦のない時代には、甘さが似合うものでしょう」
その言葉に、真白は笑った。
あの荒れた戦場の日々から、まだわずか数年。
けれど、風は確かに変わっていた。
「鈴音さん、見えてるかな……」
真白が空を見上げる。
そこに、ひとひらの花弁が舞い降りた。
まるで、彼女の代わりのように。
第二節 夢の中の声
その夜、真白は夢を見た。
霧の中、あの日と同じ丘。
風が吹き、誰かの声が呼ぶ。
――“真白、そなたはよくやった”
その声に振り向くと、そこに立っていたのは――元親だった。
浅黒い肌、穏やかな瞳。
彼は真白を見て、ゆっくりと微笑んだ。
「貴女がこの身に吹き込んでくれた風は、確かにこの国を変えた」
「……あなたが、長宗我部元親……?」
「いや、今はただの“風”よ。
そして、貴女の中に宿るものだ」
真白の目に涙が浮かぶ。
「私……帰るべきなんですか?
それとも、このままここで――」
元親は首を振った。
「風に帰る場所はない。
ただ、“誰かの心に吹く”だけだ」
「……難しいですね」
「だからこそ、尊い。
貴女が選ぶ道が、時を越えるのだ」
風が強く吹き、視界が白く霞む。
真白は伸ばした手の先で、何かを掴もうとした。
だがその指先は、空をすり抜けた。
第三節 風、揺れる時
翌朝。
真白は丘の上に立っていた。
かつて鈴音と見た風景。
空は高く、雲は白く流れている。
手の中には、ひとつの小さな風鈴。
それは彼女がこの世界に来たとき、カバンに入っていたもの。
「……もし、これが鳴ったら」
真白は小さく笑う。
「現代に帰るってことなのかな」
風が吹いた。
風鈴が鳴る――かすかに、儚く。
その瞬間、足元の光が揺れた。
空間が歪み、空が滲む。
久武が駆け寄ってくる。
「殿! どうなされました!」
真白は振り返り、微笑んだ。
「ねえ、久武さん。
私、ここに来てよかった」
「殿……?」
「鈴音さんや、あなたや、みんなに出会えた。
それだけで、もう十分です」
風が一層強くなり、光が真白を包む。
「もし私がいなくなっても――
風を感じたら、きっと私がそばにいるから」
久武は叫んだ。
「殿――真白!!」
光が弾け、風が唸る。
次の瞬間、真白の姿は消えていた。
第四節 風の記憶
――眩しい光。
目を開けると、そこは教室だった。
「……え?」
机の上には教科書。
窓の外からは、春の風。
風鈴が揺れ、小さな音を立てていた。
真白は、自分の手を見た。
薙刀の感触はない。
けれど、右手の甲には、細い白い線が残っていた。
「夢……じゃなかった」
そのとき、机の引き出しの中で何かが光った。
取り出すと、それは古びた布切れ。
鈴音の髪を結っていた白紐だった。
涙が滲んだ。
風が吹き、教室のカーテンが揺れた。
風鈴が鳴る。
真白は微笑んだ。
「……また、会えたね」
第五節 風、未来へ
それから数年後。
真白は大学で歴史を学んでいた。
講義のテーマは「四国統一と長宗我部元親の改革」。
教授が言う。
「不思議なことに、この時期だけ“風祭”という記録が残っている。
戦のない日を祝う祭り――とても珍しい」
真白は微笑んだ。
ノートの片隅に小さく書く。
“風は、時を越える”
講義後、校舎を出ると春風が吹いた。
空は高く、雲が流れる。
真白の首元で、小さな風鈴が揺れていた。
「鈴音さん、元親さん……
風はちゃんと、ここにも吹いてるよ」
彼女の髪が風に舞う。
遠くの空で、誰かの笑い声が聞こえた気がした。
――“殿、風は未来へ続きます”。
真白は目を閉じ、風に向かって微笑んだ。
風鈴が鳴る。
それは、この世界とあの世界をつなぐ、永遠の音だった。
この物語は、「優しさは、時代を変える力になれるのか」という問いから始まりました。
戦国という血と鉄の時代に、もし“現代の優しさ”を持った少女が立ったなら――
彼女は笑われるでしょう。否定されるでしょう。
けれど、それでも風のように人の心を動かしていくのではないか。
真白は、剣ではなく“言葉”と“想い”で国を変えました。
鈴音は、命を捨てて“信じる心”を残しました。
久武は、“現実の重さ”を受け入れたうえで理想を選びました。
彼らの選択のすべてが、
「風は誰かの心に吹く」――という答えに繋がっているように思います。
最後に、読者の皆さんへ。
もし、あなたが誰かに優しくしたいと思った時、
その想いがほんの少しでも誰かを救う風になりますように。




