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第1章 風鈴の祈り 第1節 風が鳴る教室

放課後の教室には、風の音だけが残っていた。

黒板の文字はもう薄れていて、机の上には、誰かが忘れたプリントが一枚。

窓の隙間から吹き込む風がそれをふわりと揺らし、紙の端が光を拾った。


真白は、誰もいない教室の片隅に座っていた。

クラスメイトたちは部活に行き、笑い声は遠くに消えた。

彼女の机の上には、祖母の形見の小さな風鈴が置かれている。

透明なガラスの中に、小さな青い魚が泳いでいるような模様。

それが風に揺れるたびに、「ちりん」と小さく鳴った。


「……静かだね」

真白は誰にともなくつぶやいた。


彼女は昔から、風の音が好きだった。

人の声や足音に混じると、かき消されてしまう儚い音。

でも、誰もいないときだけは、ちゃんと聞こえる。

まるで、誰かが自分にだけ話しかけてくれているように。


机の引き出しには、未提出のレポートが何枚も溜まっていた。

勉強は嫌いではない。

けれど、“やる意味”が見つからなかった。

誰かに認められたいわけでも、褒められたいわけでもない。

ただ――心のどこかが、いつも空っぽだった。


風鈴の音がまた鳴った。

その音が、まるで彼女の胸の中の空洞をなぞるようだった。


「おばあちゃん、今でも……どこかで風を聞いてる?」


祖母は、真白が小学生の頃に亡くなった。

よく一緒に風鈴を作ってくれた。

「風はね、誰かの想いを運ぶんだよ」

そう笑っていた顔を、真白は今でも鮮明に覚えている。


だから、彼女にとってこの風鈴は、ただの飾りではなかった。

孤独を静かに慰めてくれる、たった一人の“友達”のような存在だった。


チャイムが鳴り、窓の外の空が朱に染まる。

夏の空気は重く、遠くで雷の音がかすかに響いた。

嵐の前の、息を潜めたような静けさ。


真白は立ち上がり、カバンに風鈴をそっと入れた。

帰り道の途中に、小さな神社がある。

祖母とよく手を合わせた、あの祠だ。

なんとなく、今日はそこに寄らなければいけない気がした。


校門を出ると、風が強く吹いた。

夕陽が雲に隠れ、世界が一瞬、薄暗くなる。

木々の間を抜ける風がざわめき、空の奥から低い雷鳴が響いた。


真白はその音を聞きながら、胸の奥に小さなざわめきを覚えた。

それは、風が何かを告げようとしているような――そんな予感だった。

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