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A.I.D.U.  作者: 龍島夏香
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第四章

◆参拾質

 最初の皮剥事件から一週間が経った。大塚誠の告別式には、数千人のファン達が押し寄せ、冬の冷たい雨で厳かに行われた。遺体は大塚誠本人で間違いはない。ただ、その後街で大塚誠を見たという情報が複数寄せられている。犯人が剥いだ皮を被って街を歩き回っていると噂さえ流れている。ビル崩壊事件も、今回の事件もまだ犯人が捕まっていない。メディアは警察の無力さを謳い市民を不安にさせる。無論、私達だって犯人の手がかりさえ掴めていないことに苛立ちを感じているし、現にここのところ雰囲気は最悪だ。


 ウサギ、ウサギ、ウサギ。

毎日周囲を見渡し、赤いウサギが現れないかと神経を張り巡らせる。Iよりも早く見つけなければ。Iとは連絡が取れない。マンションにも戻ってこない。今日は雨だ。買って頂いた商品が濡れないように、紙袋の上に更にビニール袋をかぶせてあげる。常連さんとここのところ物騒ですね、なんて話しながら。ええ、本当に。このビルが壊されなくて良かったです。そういえば何か噂とか聞いていませんか?皮剥事件について。と情報を集める。俺の店に来る客層は様々で裏の世界の人から裏の世界の人まで。チラホラと情報は集まったが、どれも有力な情報とは言えなかった。


ウサギ、ウサギ、ウサギ。

 Uから貰ったウサギのキーホルダーをずっと眺めている。こんな物使わなくても、あたしは生きていけると何度も捨てようとはした。でも、捨てられない。悔しい。昔みたいに、何処に行くわけでもなく東京を彷徨う。誰も、あたしの存在なんて気にしていない。忙しく、せわしなく通り過ぎていく。例え新宿や渋谷、池袋を一人ぽつんとそこら辺に座っていても、チャライ男すら話しかけてこない。

 どうやらあたし、この世に存在していないみたい。

そう気がついて、いや、本当はずっとずっと昔から知っていたことなんだけれども気がつかないフリをしていた事実に向き合った。そう、あたしが生きる意味は、存在が認められるには自分の能力を使うしかないのだ。ポケットに入っていた赤いウサギのキーホルダーを手に取る。


 ウサギ、ウサギ、ウサギ。

ねぇ面白いよね、人間って。皮一つ剥いでしまえばみんな同じなのに。その皮一つで惑わされてしまう。真実を見抜けないんだよ。皮の奥にある真実に。

 そう、面白いよ人間は。でもウサギを追うとは愚かだよね。ウサギは嘘つきで人をだますのが得意なんだから。ウサギに耳を貸してはいけないよ。きっと皮を剥がれてしまう。 

 カメラマンは言ったわ。真実を知りたいからって。だから赤いウサギを追ってしまったの。すると、真実がわかったみたい。自分が知りたい真実は今まで自分自身が持っていたってね。

 大塚誠は言ったんだ。俺はウサギになりたいって。だから僕は彼の皮を剥いであげたよ。とても喜んでいた。蒲の花でしばらくじっとしていたら新しい皮が出てきたってさ。でも彼って可笑しいんだ。皮は新しくなっても“本体は俺のままだ”って。だから彼は皮をまた剥いで本体を捨てたんだ。彼もまた、皮に踊らされたんだよね。真実に目を向けず。

 Iはどうかしら?ウサギを追って真実を確かめられるかしら?

 Aはどうだろう?ウサギを追って真実を確かめられるかな?


 ウサギ、ウサギ、ウサギ。

毎日毎時間、投稿される記事にウサギと言うコトバが書かれていないか目を見張る。警察がこのサイトを見ていることは百も承知だ。だが、アクセス制限が出来ることを彼らは解っていない。もう一つのノートパソコンで、Uの動きを調べる。Uは男と女二人を指す。今は銀座あたりを歩いている。ほとんど、いつも一緒にいる。Uは解っていない。この世の中何処にいても、上から見張られていることを。奴らの目的はなんだ?AとIをもて遊びたいのか?どうして俺が作った赤いウサギのキーホルダーを持っているんだ?




 「ねぇ、憂~一緒に渋谷にある占い行かない?」と、突然美紀からの誘いだ。好きな人に告白しようかと悩んでいるらしく、雑誌で見つけた占い師がなんと初回限定二組で行くと半額、だから私も連れて行きたいとのことだ。占いなんて興味ないが、暇だし丁度新しい服を買いたいと思っていたところなので承諾した。今日は曇りでまだまだコートとマフラーは手放せない。109よりも奥にある、道玄坂を上った所にある占い館。あった、ここだよと私の手を引っ張り、奥のブースへと入っていく。先客は居ないようだ。美紀が友達と一緒に、初回でと伝え先に見てもらっても言い?という美紀におかまいなく、と勧めた。立ち聞きもアレなので少し離れたところに置いてある椅子に座る。携帯電話を開き、芸能ニュースやらなんやらを眺める。特に目立ってニュースはこれといってない。木田さんからも連絡はない。夢も見ていない。これ以上危ない橋は渡りたくないし、平和が一番。こうやって何も考えず、無邪気に占い師の言うめでたい言葉だけに耳を貸して生きる美紀のように。

 数十分後、美紀の鑑定が終わったようだ。私は先ほど美紀が座っていた席に着く。目の前には・・・・正直、占い師らしくない風貌の“女子”が座っていた。雑誌のeggというか、agehaと言うか、とにかくそこら辺の雑誌モデルをやっていそうな子だ。爪は見事にデコられている。ニコッと笑うと両端から犬歯がチラつく。はぁ。こんなお遊びに付き合っていられない。

 「どもぉ~、彩られて愛される、彩愛(あやめ)でぇ~す。えっとお名前は・・・ウルル、って読めば良いんですか?」

 「ええ。」

と返事をする。あれ?名前なんて教えていないのに。いや、きっと美紀が教えたのだろう。割引とかで必要だろうし。

 「今日は何の相談ですか?」

美紀と大して変わらない口調。接客するならもうちょっとこう、敬語とか使って欲しいんだけど。まぁ、二度と来ないからいいんだけどさ。・・・相談って特にコレと言って決めてなかったな。

 「特にないです。」

 「特にないとか、ウルルさんマジ面白いですねぇ。」

マジとか、言うなよ。お前の友達じゃないんだからさ。と少しイラつきながらはは、と愛想笑いをする。さっさと帰りたい。

 「じゃあーあたしが勝手にみえたものを話しますけどー。今ってヵ四ヶ月前から?面倒なことに巻き込まれてますねー?」

へぇ。でもそれくらいじゃ驚かない。どうぞ、続けて下さい、と声を掛ける。

 「マジっすか?彩愛~チョーおしゃべりなんですよー。じゃあ言いたいこと?全部言っちゃうとー。めんどくさい事から逃げようとして居るみたいですけど、実際無理ですから。逃げても逃げても逃げられない。てヵてヵ、ウルルさんマジパないっすねー。人の記憶をコピー出来るとか、彩愛もそんな力欲しいんですけどー。」

 「は?今なんて?」

 「え?だから、コピーできるの凄くないですか?的な。神ですよ、神。パなーい。」

 「なんでそのことを知っているの?」

私は顔を近付ける。分厚いまつげがバサバサとラクダのように動く。

 「ちょ、近くないですかー?彩愛~ってば?見えるんですよ。霊感?的な力で過去や未来が。」

 「・・・へえ。」

 「あ、今日ぉ池袋のびっくりガードに行って下さい。したら~夢で見た女性?てかチョー美人が居るんで、話しかけてくださぁい。」

クルッくるに巻いた髪の毛を長い爪でいじりながら淡々と話す。

 「嫌だね。巻き込まれたくない。」

 「だぁからぁ、無理なんですってぇ。避けられない運命?みたいな。てヵ人助けとかマジかっけーとあたしは思うんですよー。フツー、そういう系出来ないから、絶対行った方が良いですよ。あ、時間はーんー・・・八時くらい。」

 「だから、嫌だってば。私、死にかけたんだよ?これ以上足突っ込みたくない。」

 「でも、ウルルさんは見えない手駒ですから。無理ですよー。終わらせたいなら早くクリアしないと。あ、今なんのことって思ってますねー?あのですねー。簡単に言うと、これはゲームです。プレイヤーは別の人なんですけどぉ。ウルルさんも実は隠れキャラ的な?存在でぇー止めたければクリアするかゲームオーバーになるかどっちかしかないんです。意味解ります?」

 「全っっ然。」

私はこれ以上聞いても無意味だと考え、席を立った。

 「あ、最後に一言だけ。今度は赤いウサギを追って下さい。じゃあまたのご来店お待ちしてまぁす。」

椅子に座ってメールを打っている美紀の所に行く。

 「どうだった?かなり当たってない?」

 「それ以前に聞いてて疲れる。何あの言葉遣い。スタバ行こ。」


 美紀以上にハードなギャル語を聞かされ、イライラする気持ちを抑えるために、スタバでホットコーヒーを飲む。私はスタバよりドトール派なんだけど。そして109とマルイで買い物をし、お互い財布は幾分寂しくなったけど戦利品を両手に抱え、ほくほく顔で渋谷を後にする。その頃には占いの事なんてすっかり忘れて。

健司達がバイト終わりに飲みに行こうと誘ってきたので、池袋の甘太郎へと向かう。味は・・・だけど、大人数で楽しむ分にはまずくはない。そろそろ追出しコンパだね、とか新年生歓迎会だね、とか。みんなで花見に行こうとかわいわい言いながら、お酒のペースも進み、一気コールに乗せられ、乗せて既に意識が朦朧としていた時、ふと占いのことを思い出した。携帯何処だーと仲間に絡みながら時間を見る。20時5分。ああ、そういえばびっくりガードに行けって言っていたっけ。携帯を握りしめ、よろよろと立ち上がる。「うぅい、どぉこ行くんだー。」と真っ赤な顔をした健司に絡まれたが「行かせてくれぇ~びっくりガードに行くんだぁ。」と手をふりほどき、一人でフラフラと店を後にした。あぁ寒い~コート着てくればよかったぁ~と凍てつく風が吹き荒れる中、人の流れに乗り、そして逆らってびっくりガードに向かう。頭は既に死んでいる。身体が何かに引き寄せられるように、ふらりふらりと千鳥足。


 西武百貨店のショーウィンドウ、壁により掛かって立っている女性に目がいく。びっくりガードに向かう事なんて頭から抜けて、その人の方へと近づいていく。急ぎ足のサラリーマンにぶつかり、舌打ちされながらも。女性はただ一点を見つめ、びくともしない。周りも彼女の事なんて気にもとめない。とんとん、と女性の肩を叩く。

 「おねぇさん、夢で会いました!」

肩を叩かれ、いきなり見ず知らずの女からこんな事を言われてびっくりしないハズもない。しかもコートを着ずに、酒臭い女に話しかけられて。私だったら怪訝な顔してさっさとその場から離れただろう。

 「おねぇさん、赤いウらギのキーホルダーもらいましたかぁ?」

呂律と視点が定まらない。女性は相変わらず驚いた顔をしてこちらを見る。

 「おねぇさん、綺麗っすねぇ。」

これじゃあただのナンパオヤジと変わらない。

 「・・・・ウサギが、なんて?」

綺麗な声だ。透き通るような、そんな声。

 「ぇえ?ウサギ?うさぎー。ああ。おねぇさん、赤いウサギのキーホルダーを手に入れたでそぉ?赤いコートを着たねーちゃんからあ、ヒック」

 「・・・どうしてそれを??」

 「ええ、ええ。だから夢で見たんですってぇ。そのキーホルダー、捨てたほぉがいいっすよぉ。わたしウサギを追って酷い目にあいましたかぁラ。」

 「もう手遅れだよ。さっき押しちゃった。」

 「あらぁ。遅かった。今何時ですかぁ?二十時にびっくりガードに行かなきゃ行けなかったんですけど。」

 「さっきまでそこに居たよ。」

 「そぉですか。で、赤いウサギは現れました?」

 「今探しているとこ。」

 「おお。よかった、よかった。おねぇさん、は、追っちゃいけません。今回はわたシが追いまス。」

あなた大丈夫?と女性がふらふらする私の身体を華奢な両腕で支える。ええ、大丈夫です、無敵ですからなんて意味不明なことを言いながら。

 「まあ立ち話もなんですから、家でちょっと話しましょう。遠慮しないでーいいからー行くよー」と抵抗する女性の腕を引っ張り、JR山手に乗り込む。


◆参拾捌

 ・・・と正直、記憶はない。朝になって女性から今こうやって話を聞かされ赤っ恥をかいているところだ。死にたい。しかも、携帯電話しか持っていない私に電車賃まで奢ってもらって。(自宅の鍵は携帯電話にキーホルダーとして付けていたのが災い中の幸い)無論、私の荷物と飲み代は美紀が持って帰ってくれた。今日取りに行かないと。私が目を覚ますまで起きていてくれた女性に礼を言い、シャワーを貸してあげた。冷蔵庫には大したものがなかったので女性がシャワーを浴びている間に徒歩数分、バイト先のコンビニでおにぎりやサンドイッチ、菓子パンやジュース、お菓子を適当に買い込む。帰ってきた頃に丁度女性がシャワーから出てきた頃だ。

 「すみません、タオルと下着、ジャージお借りしますね。」

濡れた髪がキラキラと光っていて綺麗。水もしたたるいい女、とはこのことだ。

 「コンビニで、食べ物と飲み物買ってきました。朝ご飯にしましょう?」

小さなテーブルに買ってきた物を並べる。お金は、と言うのでいえいえご迷惑をおかけしたのでお気になさらず。お好きな物をどうぞ、と勧めた。女性はサンドイッチをほおばる。私は好物の梅おにぎりを。

 「そういえばまだお名前伺っていませんでしたね。えっと自分は小林憂瑠々です。」

 「あたしは・・・美保です。あと、敬語じゃなくていいですよ。多分ほとんど同い年でしょ?」

 「うっそ。美保さんはいくつですか?」

 「美保、でいいです。二十二です。」

 「うそっ。見えない。美保さん・・・じゃなくて美保って大人っぽいですね!私は二十一です。あと自分も敬語使わなくて良いですよ」と初めはお互い敬語混じりのツギハギの会話になってしまったが段々と慣れてきて、昨日の夜の話をしては笑いあうようになった。

 「ホント、一歩間違えればレズって思われても仕方がないですよね、私。」

 「ホントね。あーでも久々に笑った。」

お菓子のハバネロやコパンをつまみながら。そういえば、と愛が赤いウサギについて話をふる。

私はビルの話や夢の話を軽く、あまり変な目で見られない程度に話した。そしてギャル占い師の言っていたことも。美保は黙って私の話を聞き入った。そしておもむろに口を開く。

 「・・・なるほど。憂って・・・いえ、なんでもない。」

 「えー水くさいなー。ハッキリ言っちゃって?」

 「じゃあ。憂って・・・何か特殊な能力持っていたりする?」

リプトンを飲みながら、美保の目を見る。ええ、ありますとも。でも彼女に打ち明けるほどの仲ではない。

 「どうしてですか?急に。」

 「いや、なんとなく。だってビル崩壊に巻き込まれて生きているし、夢の事だって。何か予知出来る能力があるのかなー、なんて。」

ハハハ、美保って面白いこといいますねー、そんなこと出来たらテストを予知してフル単位とって、パチンコでボロ儲けしてますよーと話を流す。ようだよね、ごめん、変なこと言ってと愛も笑う。

 「ただ運が良かっただけです。でもなーこの運が宝くじに行かせればいいんですけど。」

 「買ったの?」

 「いえ。」

 「じゃあ当たるものも当たらないね。」


 初めて会ったのに、遠い昔からの友人に久々にあったような、そんな錯覚に陥るほど、

 短時間で仲良くなった。時間を忘れるくらいに。


 「ねぇ、もし憂なら赤いウサギ追う?」

 「どうしてですか?」

 「うーん。例えば、よ?もし自分の存在を認めてくれる人に捨てられそうになり、ウサギを追えばその答えがわかるって、捨てられずに済むって思ったら追う?」

 美保はFranをぽりぽり折りながら食べる。

 「そうだな、私だったら追わないかな。だってその先にあるものは“自分の存在”じゃないでしょ?自分の存在は自分にしか決められない。」

 「本当にそうかな?他人に認められて初めて人は“存在できる”んじゃないのかな?」

 「難しいですね。でも例えそうだとしても、“自分は他人のために生きている”わけじゃない、じゃないですか?やっぱ自分のために生きているんだから、自分が“存在してる”って思えば存在してるんですよ。他人なんて、関係ない。まあ他人なしでは生きてはいけないってのは確かですけど。」

Franを食べる手を止め、しばらくうつむき、黙る美保。ごめん、なんか傷つくこと言っちゃった?と謝ると首を振る。

 「ありがとう、なんかスッキリした。相談できる人居なくって。憂に話すとなんか落ち着く。」

 「こんな私でよければいつでも話し聞くよー。暇な学生ですから。おっと、今日から私バイト入れたんだよね。美保はゆっくりしてっていいよ。」

 「ううん、大丈夫、有り難う。ジャージと下着借りてていい?今度返すから。」

構わないよ、と言い私達は散らかした食べ物を片付け、家を出た。駅チカのコンビニだったので改札まで送っていく。

 「今日はほんとに有り難う。」

 「いえいえ。むしろごめんね?昨日は迷惑かけちゃって。」

 「ううん、憂に出会えて良かったよ。また遊びに来ても良い?」

 「いつでも来て。あ、メアド交換しない?」

 しようしようと、赤外線通信でお互いのアドレスと電話番号を交換した。バイトの時間だから、と手を振り改札で分かれる。グループ分けをするためにもらったアドレス帳を見る。

 「井口美保って書くんだぁ。」と独り言を言いながら。



◆参拾玖

 久々のコンビニでいつもなら何の支障もなく出来る作業に、今日は少し疲れてしまった。薫先輩は院の研究がどうとかで暫くお休みをするらしい、このままだと買った紙袋に埃が被りそうだ。だからといって直接渡しに行くのもなんだし、とか考えながら美紀の家に向かう。昨日忘れた荷物を受け取りに。

柏駅を降りる頃には自宅に帰る電車は無かった。ジャージを着、黒縁眼鏡で前髪をアップさせた美紀が立っていた。

 「ごめんね、ほんとに。」

 私は駆け寄って荷物を受け取る。ちょっと話さない?と美紀の誘いに乗り、駅前のジョナサンに入る。今日は始発電車までここで粘る予定だ。

 「チョコバナナパフェのドリバーセットと、憂は?・・・じゃあ甑島産きびなごサラダとドリバーもう一つ。以上で。」

 向かい合わせに座った美紀。先程は外でしかも夜だったのであまりよく顔が見えなかったが、すっぴんだった。特に驚くことは無いが、目の下が幾分赤く腫れているような気がした。

 「つか、パフェカロリー鬼高いんですけど。マジ太るー。」

美紀はカルピスを飲みながらメニューを眺める。あ、抹茶にすればよかったかななんて言いながら。私はホットミルクティーを飲みながら携帯のメールを確認する。

 「あのさあ、昨日呑みあったじゃん?あのときね、健司にコクったの。」

ズルルルと音を立ててカルピスを飲み干す。え?マジ?それで?と聞き返す。

 「考えさせてって。」

へぇ。でもそれって脈アリって事なんじゃない?と一応励ましておく。

 「んでもさぁ?健司ン家、父子家庭じゃん?しかもアイツリアルに実家のペットショップとバイト掛け持ちしてさぁ、カノジョほしーけど時間ナイから作れないってよく言ってるし。」

知らなかった。チャラチャラして毎晩クラブに行ってそうなダメなヤリ男だと思っていたのに。(現に大抵夜は用があるからとサークルを抜け出すし、朝の授業は全滅だったのでそう考えても無理はないと、思う)

 「知らなかった。結構頑張り屋なんだ?」

コップに入った氷をガリガリと食べる。

 「そうだよ~。」

どこか元気がない。ちょっと飲み物入れてくる、と席を立ち、美紀が帰ってくると同時にパフェとサラダが届く。パフェについた飾りを食べながらどこか遠くを眺めている。

 「どうかしたの?」

 「・・・あのねぇ?実は酔った勢いでみんなの前でぇコクったの。したら一年のセレブいるじゃん?セレブも私も好きですって言ってきて~。セレブン家チョー金持ちじゃん?だからなんの取り柄もない私と付き合うより断然セレブと付き合った方が得ってかなんてゆーか。」

涙をぽろぽろ零す。私は慌てて鞄の中からハンカチを取り出し、美紀に手渡す。いつも明るく元気な美紀が泣くって事は相当心にキてるの時だけだ。パフェのアイス溶けちゃうよ、と声を掛けると笑顔で確かに、と銀の長いスプーンでアイスや生クリームをほおばる。話し方も、考え方もギャルっぽくってバカっぽいけど、持ち前の明るさに惹かれている。美紀の良いところでもあり、私が持っていないものでもある。

 「大丈夫だよ、健司は金で人を判断したりしないから。ちゃんと人見て判断するよ。アイツ、バカっぽいけど気利くし、よく後輩の相談相手になるって聞くし。」


 恋って難しい。




◆肆拾

 十二日。

今日はポッケになにも入っていません。

オジサンが歩いていました。

なにか良い物をくれました。

小さなカードです。

何に使うかはわかりません。

金色キラキラで綺麗です。

暗証番号は9753です。

わたしは大事に秘密箱にしまいました。

誰にも教えていません。押し入れの天井に隠してあります。


 十三日。

今日は小さなカードがありました。金色でキラキラしてて綺麗です。暗証番号は9753です。

お腹が空いたのでファミレスに入りました。ドアとドアの真ん中にセンサーが有るので、端を通って中に入ります。すると音が鳴らないので店員さんは気が付きません。

中はガラガラです。一人、オジサンが顔を伏せて寝ていました。向かいの席にバックが置いてありました。中に何があるかわかりました。

そしたら女の人に声を掛けられました。

私は逃げようとしました。でも直ぐに捕まり、女の人が座っていた席に座らせられました。

怖い顔で見てきます。でも、やさしいお姉さんでした。オレンジジュースを入れて持ってきてくれました。お腹が空いたと言ったらハンバーグをくれました。



 美紀の話を一通り聞き、元気になったところで時間も時間なので帰らせた。疲れていたものの、眠気が無かったので携帯でニュースやmixiをダラダラと眺める。ふと、視線に小さな女の子が写った気がしたので顔を上げる。奥の席で寝ているハゲたサラリーマンの席に近づく女の子。どこかで見たような、でも思い出せない。でも何処だっけ。

 女の子がサラリーマンの方ではなく、黒い鞄の方に近づいていると気が付いたとき、

まじめ 内気 万引き 弁護士の子 1位 5位 満点 浅田心 というキーワードが蘇る。“あの女の子”だ。私は急いで女の子に近づき、鞄に手を伸ばした所で声を掛ける。女の子はすぐさま出口の方へ走り出したので慌てて手を掴む。抵抗することなく、走るのを止めたのでひとまず自分の席に座らせた。

 「ダメでしょ?」

逃げ出さないように奥に座らせ、女の子の隣に座る。多分名前は浅田心(あさだこころ)だ。

 「心ちゃん、ご両親は?」

見知らぬ人に自分の名前を言われたら誰だってびっくりするだろう、大きな目が驚きを隠せないようだ。

 「死んじゃった。」

 「え?」

 「黄色いボタンと赤いボタンを押したら死んじゃった。」

そうだ、心ちゃんはあのビル崩壊事件に関わった女の子だったんだ。悪いことしちゃったな、と思い、何か飲む?食べる?と訪ねたらお腹が空いたと言うので店員にお子様メニューをくれないかと頼んだ。さっきまで美紀と一緒にいて突然小さな女の子に変わっていたので店員もすこし驚いていた。かわいらしい、丸いお子様メニューを手渡すとハンバーグセットを指さしたので注文してあげる。飲み物は無料らしい、何が良い?と聞くとオレンジジュースだそうだ。さすがお子様。

 「心ちゃんはどうして一人で出歩いているの?」

 「おうちに居てもつまんないから。」

 「一人・・・で住んでないよね。誰と住んでいるの?」

 「おばあちゃん。」

 「おばあちゃん、心配するでしょ?」

 「おばあちゃんは心配しないよ。」

 「じゃあ怒るでしょ?でなきゃ、外に出ちゃダメとか、何か言うでしょ?」

 「ううん、おばあちゃんはずっとしゃべらない。」

 「どうして?」 

 「わかんない。」

 「え?」

店員がハンバーグセットを持ってくる。女の子は嬉しそうな顔をし、いただきますといってガツガツ食べ出した。

 「おばあちゃんどこにいる?」

 「家にいる。ずっと寝てる。」

心ちゃんはペロリとあっという間に平らげた。家は何処にあるの?と訪ねたところ港区らしい。ひとまず始発まで時間を潰して自宅まで付き添った。



 大きなマンション、心ちゃんは慣れた手つきで番号を押して自動ドアのロックを解除する。自宅は最上階らしい。

 「ただいまぁ。」とドアを勢いよく開けて中に入る。私も後を追って中にお邪魔させていただくことにした。

シンとした部屋。しかし、広い。

 「おばあちゃん、ただいま、お客さんだよ。」

心ちゃんが部屋に入り、私も後を追った。締め切ったカーテン、電気は付いておらず、よく見えない。おばあちゃん、心ちゃんは起きてとベットの上に乗ってゆさゆさと大きな塊をゆらす。シルエットからして確かにゾウのように大きな身体だ。電気付けさせていただきます、と言ってスイッチを押すものの。毛布にくるまり頭だけ出したおばあちゃんの元へ近づく。

 「おばあちゃん、ずっと寝て起きないの」と言って横向きに寝ていたおばあちゃんを上に向ける、そこには暗いながらにもよく見える、ミイラ化した女性の姿があった―――


◆肆拾壱

 「憂瑠々、大丈夫?」

ガタガタと手の震えが収まらない。木田さんはコートにを私にかけ、背中をさすってくれる。大丈夫です、と声に出すものの震えて上手く日本語になっていない。気が付けば自分の声も聞こえるようになっていた。が、今はそんなことどうだっていい。

 「えっと君が第一発見者の・・・小林憂瑠々さん?」一人の男性が近づいてきた。

「あのさ、マンションに入ったとき異臭とかしなかった?もしくはウジ虫がいたと、」話している途中で木田さんが思いっきり男性の頭を叩いて蹴りを入れた。

「あんたっていつもデリカシーなさ過ぎ!イッペン死んでこい。」

いってーな、と頭をさする。ごめんねぇ、コイツ馬鹿だから。あ、因みにコイツの名前は田中ね。名前は忘れて良いからと言う木田さん。

 「いえ、平気です。異臭はしなかったですし、虫も飛んでいませんでした。ただ部屋に入った時は異様に静かでした。」

 「そっか。で、えっとそもそもどうして憂瑠々がここに?」

今度は木田さんが質問をする。私は一通り説明をした。

 「なるほど・・・」木田さんの表情が何だか浮かない顔をしている。

 「あの、どうかしたんですか?」

 「その浅田心って女の子なんだけど・・・。」と言葉の途中で口を閉じる。もし、勇気があるなら自分の目で確かめる?という田中さんの一声に木田さんが小突いた。“バカ、言うな”と言うかのように。私は大丈夫ですから教えて下さい、といい、手招きする田中さんの後を付ける。上田さんが私の両肩に手を置きながら付き添ってくれた。奥の部屋にある風呂場らしきところに付いた。写真を撮る警察官さん?を田中さんがかき分け中に入る

 「ここ。」

おそるおそる中に入って田中さんが指さす先を見た。


そこには、

緑色の服を着て、

青白く水でふくれあがった、

浅田心が、

浮かんでいた




◆肆拾弐

 「死後半年は経ってまいすね。女の子の方は死後一週間以内でしょう。」

寺本さらがが淡々と語る。四十代には見えないほど、肌が綺麗で艶やかだ。

 「でも、とっても魅惑的で、奇妙なの。見てちょうだい。こちらのご老人、まるで寝ているかのようでしょう?半年も経つと普通体液と腐敗、蛆虫にまみれるものなのに、まるでエジプトのミイラのよう。状態が綺麗。そしてこちらの女の子。確かに胃の中に派食べ物が検出されました。今調べているところですがきっと話の通り、夜に食事をしたと間違いんだけれども、身体は確かに、死後一週間以上は経ってるわ。女って死んでも魅惑的なのね。」

 さらは少し、変わっている。だからコメントにいちいち反応せず、上田と前田、そして田中と一緒に死体をのぞき込む。無論岩崎は来させなかった。代わりに憂瑠々の面倒を見るように伝えてある。死体現場を見るのは初めてではないが、確かにマンションから異臭はしていなかった。蛆虫どころか虫一匹すら見当たらない。あまりにも“綺麗すぎる”死体現場だった。


私は一人抜け出して憂瑠々の所へと向かう。気を失ってしまったが、今は幾分元気だ。署での事情聴取で少し疲れた顔をしていたのは否めないが。

 「憂瑠々。どう?」

大丈夫?なんて聞けはしない。入院中によく飲んだ森永のホットココアを差し出す。青白い顔だが、声の震えはない。

 「ちょっと、二人だけにしてもらえない?」

岩崎達を外に出す。酷なことだし、こんな事頼みたくないけど。

 「あのさ、前憂瑠々には人の心だっけ?記憶か。それを読むことが出来るって言ってたけど。」

 「・・・はい」

 「それって・・・死んだ人でもできるかな?」

憂瑠々は驚いた顔でこちらをじっと見る。目はどよんと曇っている。

 「わかりません。やったことありませんから。」

 「そっか。ホントに、こんな事言うの失礼だと解って居るんだけど、最近不可解な事件が多いのよ。なんて言うかな、科学じゃ説明できないような事件?あんまりそういうことに興味がないんだけど。でも、どうしても今回の事件は解決したいんだ。勝手なお願いなんだけど。」

それ以上は何も言わなかった。後は憂瑠々の返事を待つだけだ。シンと静まりかえる。視線を落とし、ココアの入ったカップを眺めている憂瑠々を私はじっと見つめた。



 「わかりました。やってみます。」

 「ごめん、ありがとう。でも今日はいいよ?さすがに連続で見るのはキツイでしょ?」

 「いえ、大丈夫です。早く終わらせたいですし。」




◆肆拾参

 上田さんに連れられ一室に入った。肌寒い。ドラマで見たことあるような、手術室みたいなところ。そこには先程みたモノが置いてあった。ウッと履きそうになりながらも、ゆっくりモノに近づく。浅田心、顔は水で膨れ、青白くなっていた。さっきまで一緒に会話していたのに。

ふぅ、と浅い深呼吸をし、意識を集中し、“侵入”した。


 中は真っ黒。いつもと違う。目まぐるしく行き交う光がない。あたりを見回しどこかに情報がないか“目をこらす”。すると奥の方にぼんやりと光る場所があった。意識をそちらに持っていく。

 そこには一冊の本があった。『浅田心の脳内日記』と書かれた分厚い本だ。パラパラとめくると同時に紙がキラキラ光って消えてゆく。ページの最後の方、いくつかの情報を手に入れた。



 目を開け、ゆっくりミイラ化したモノの方へ近づき又深呼吸してから侵入。しかし同様に中は真っ黒で情報のかけらすらなかった。また目をあけ、今度は木田さん達の方を見る。

 「浅田心さんの部屋にある押し入れの天井を開けて下さい。そこに小さなカードがります、金色でキラキラしたもの。それが何か今回の事件と関係しているかもしれません。」

年老いた警察官と田中さんは顔を見合わせ走って出て行った。木田さんは私の両肩に手を置き、ゆっくり歩いて先程の部屋までついてきてくれた・



 「辛かったよね、ホントにごめんね。」

 「いえ。貴重な体験が出来ました。人って死ぬと記憶はなくなるんですね。」

 「そうなの?」

 「はい、真っ暗になります。きっと記憶は脳とか物質的なモノに記録するんじゃなく、きっと“心”に記録するんだな、って思いました」

パイプ椅子に腰掛ける。先程もらったココアは冷め、木田さんが新しい飲み物を取ってくると言ってくれたが丁重にお断りした。

 「不思議だね。記憶って脳に記録されるもと思ってた。」

木田さんは向かいのパイプ椅子に腰掛ける。

 「生きているときは脳に記録されるだと思うんです。でも死んだら心、魂に記録されるんじゃないかな。だから肉体を燃やされても幽霊は昔の記憶がきちんとある。」

 「ふーん。あんまりこういう話は信じないタチだけど、憂瑠々が言うことは何だか信じれる気がするよ。でもどうして天井にどうのこうのっていう記憶があったの?」

 「わかりません。でも彼女、頭が良かったみたいです。脳内で日記を書いていました。殆ど情報は残っていませんでしたけど、いくつか情報は手に入れました。」

 「へえ。脳内に日記を書く・・・相当記憶力がいいんだね。わかんないけどさ。で、手に入れた情報、この紙に書いてもらえるかな?」

木田さんは紙とペンを差し出した。私はうなずき、ペンを受け取って手に入れた情報をそのまま書き込んでいった。無心で。




 私は一心不乱に書き込む憂瑠々の手元をのぞき込みながら、手が止まるのを待った。A四の紙両面で二枚枚分の情報。私は一つずつに目を通した。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


十二日。

ポケットにはピンクのマニキュがありました。

今日は塾内テストの結果発表日だでした。順位は5位だったのでとても悲しかったです。

塾長に呼び出されました。どうしたんだって。体調が悪かったんです、次は1位とってみせますって言っておきました。

母親は私のテスト順位をみて発狂してしまった。父親は小一時間説教しました。


十三日。

ポケットにはチロルチョコが3つと、うまい棒が5本ありました。

今日は塾で、英語と数学の小テストがありました。勿論満点でした。

母親は私のテストをみて何も言いませんでした。父親は字が汚いと私を叱りました。


十四日

ポケットには千円札が二枚入っていました。

今日は塾で、事件がありました。誰かがキエちゃんのお財布から、お金を盗んだみたいです。犯人は、出てきませんでした。

母親はそのことについて電話をしました。父親は気をつけるんだよ、と注意しました。


十五日。

ポケットにはたばことライターが入っていました。

今日は塾で、キエちゃんのお金についてのお話がありました。犯人はまだ見つかっていません。

今日はいつもと違って、母親も、父親も居ません。夫婦水入らずで温泉旅行へ行きました。

変わりにおばあちゃんが家にいます。でも歳なのでもう寝てしまいました。

私はコッソリ家を抜け出しました。真っ暗な外を歩くのはなんだか不思議な気持ちがして、ちょっぴり胸がどきどきしました。私はポケットに入っているたばこに火を付け、吸ってみました。煙たかったです。少し、大人になった気がしました。


十六日。

今日はポケットに何も入っていません。

両親は明日帰ってくるそうです。塾はサボリました。

白いスーツを着たお兄さんに話しかけられました。

君は天才だね、君ならどんなモノでもポケットに入れられるねって褒めてくれました。

眼鏡をかけた黒スーツのお兄さんが言いました。

このボタンを君にあげよう。

赤いボタンを押せば君が嫌いな塾が無くなるよ。

青いボタンを押せば君が嫌いな母親が無くなるよ。

黄色いボタンを押せば父親が。

私は三色のボタンをもらいました。

綺麗なお姉さんが言いました。

このことは誰にも言っちゃだめだよ。

あなたは天才だから、全部自分がやりましたって演じられるかな?

あとね、このボタンは嘘つきには“ボタン”にはが見えないんだよ。

ボタンに見えない人は嘘つきであなたをだまそうとしている悪い人たちだから、信じちゃだめだよ。

私はお兄さん達とバイバイしました。

今日はポケットに三色のボタンが入っています。

家に帰ると、血相を変えたおばあちゃんがいました。どうして塾をさぼったの、と言われました。私は何で塾に行かなきゃ行けないの、と聞きました。おばあちゃんは有名な中学校へ通って将来お父様やお母様のように素敵な弁護士になるためだよ、といいました。でも私は弁護士にはなりたくありません。将来の夢はお花屋さんです。


私はお兄さんからもらった赤いボタンを押しました。

寝ました。


十七日。

今日のポケットには青と黄色のボタンが入っています。

塾は無くなりました。塾長や事務のお姉さん達、いっぱい、いなくなったみたいです。

母親と父親は心配したと話していました。

次は何処の塾に入れよう、家庭教師がいいかしら、と話していました。

私は二色のボタンを両親に見せました。

両親は可愛いね、誰からもらったの?と聞いてきました。

母親と父親は仕事へ行きました。

私はポケットからボタンを取り出し、青と黄色、同時に押しました。


十八日。

今日の服にはポケットがありません。

見知らぬ大人達が私に質問してきます。

私は自分がやりました、と演じました。

このボタンを押しました、と袋に入れられたボタンを指さしました。

しかし、大人達は信じてくれませんでした。

ううん、これはボタンじゃないよ。赤いウサギと青い亀と黄色いゾウのキーホルダーだよ、と言いました。私はこの人達は嘘つきで、悪い人たちだとすぐわかりました。


十二日。

今日はポッケになにも入っていません。

オジサンが歩いていました。

なにか良い物をくれました。

小さなカードです。

何に使うかはわかりません。

金色キラキラで綺麗です。

暗証番号は9753です。

わたしは大事に秘密箱にしまいました。

誰にも教えていません。押し入れの天井に隠してあります。


十三日。

今日は小さなカードがありました。金色でキラキラしてて綺麗です。暗証番号は9753です。

お腹が空いたのでファミレスに入りました。ドアとドアの真ん中にセンサーが有るので、端を通って中に入ります。すると音が鳴らないので店員さんは気が付きません。

中はガラガラです。一人、オジサンが顔を伏せて寝ていました。向かいの席にバックが置いてありました。中に何があるかわかりました。

そしたら女の人に声を掛けられました。

私は逃げようとしました。でも直ぐに捕まり、女の人が座っていた席に座らせられました。

怖い顔で見てきます。でも、やさしいお姉さんでした。オレンジジュースを入れて持ってきてくれました。お腹が空いたと言ったらハンバーグをくれました。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 私はかつて浅田心を事情聴取した情報と照らし合わせた。日付、供述内容と一致する点がいくつもある。

 「まるで、私達に残しダイイングメッセージみたい。」

 ふわぁとあくびをしながら憂瑠々は言った。

 「かもしれないね。ここに書かれているお兄さんとお姉さん、あとオジサン、彼らが誰なのか解ればもっと良かったんだけど。」

上田さんの携帯電話が鳴る。「はい。・・・え?嘘!急いで持ってきて。」ピッと電話を切る。

 「天井から金色のSDカードが見つかったって。」



◆肆拾肆

 SDカードを挿入し、データを読み込む。ノートパソコンが唸りをあげる。

 「パスワードが必要みたいです。」と堀口。ヤツを取り囲むようにして私達はノートパソコンに表示された『PASSWORD』という文字を見つめる。

 「9753を。」

私は紙を見ながら命令する。はい、とおどおどしながら数字を打ち込む。ENTAR。

ビンゴ!が開いた。中には“赤いウサギ”のアイコンがひとつ入っていた。タイトルには『try to catch me』という文字が書かれている。皆顔を見合わせ、うんと頷く。カーソルをウサギの上に置き、クリック。すると画面が真っ暗になり、まるで古い映画の様に321とカウントダウン、そしてレトロな音楽セピア色の映像が映し出された―――


 ヨウコソ、ケイサツノミナサマ。

 わたくしのなまえはあかいうさぎです。

 皆様には今からゲームに参加してもらいます。

 簡単です、この子を捕まえて下さい。


可愛らしい男の子と女の子が映し出された。あっと上田と岩崎が声を上げる。

 ゲームスタートです。いいですか?速く捕まえないと大変な事になりますよ。

 それでは、みなさんまわれみぎ、そとにでてさがしてください。

 バイバイ



パソコンが元のデスクトップに戻ると同時に勝手にInternetExplorerを開きだした。堀口が慌ててマウスを動かそうとするも言うことを効かない。

 「ハックされてる?」

 「い、いえ、このパソコンはネットに繋いでいません。なのにどうして・・・。」

2ちゃんねるのTOP画面が、そしてスレッドが映し出される。

コメントしたものにはIP以外に有るはずもない住所年齢氏名が書かれていた。住民達は焦り、混乱している。今度はWordが開き、勝手に文字が書かれる。

 『今晩は、警察の(笑)皆さん。あ、コンセント抜いても無駄ですよ。』

田中がノートパソコンのコンセントに手を掛けていた。

 『貴方たちの行動は全て解っていますから。例えこのノートパソコンを壊しもて世界中に何台パソコンがあると思います?場所をいくらだって変えられるんです。ささ、私の言うことをよく聞いて下さい。ネット犯罪って大変でしょう?まぁ無能な警察の皆様にはちょっと難しい問題かと思うので私が貴方たちに変わって裁いてあげましょう。まず言論の自由。人間って愚かでしょ?自由ということは責任を負うと言うことなのをネットの世界ではすっかり忘れてしまっている。だから全ての掲示板には書き込む人の情報を公開することにしました。先程見ていただいたのでネットの疎いお方でも大体察しが付くとおもいます。』

 「なんなのこれ。」

 『まぁ今起きていることがよくわからないとは思いますよ、でも木田、あんたは一応東大卒でしょ?冷静になって考えて下さいな。』

 「はっ何コイツ。」

私は近くにあったマグカップを握りしめ思いっきり投げつけようとした。が、上田に止められた。

 「これは、実に面白い。まるで意志を持っているようだ。」と前田が顎を触りながらニヤニアヤとパソコンを見つめる。

 『分解したって“ただの部品”ですよ?前田。私は存在していないのだから。あ、図星って顔をしていますね?・・・と、おしゃべりもこの辺にしてささ、皆さん速くこの二人を捕まえて下さい。』

突然プリンターというプリンター全てが動き出した。

 『人数分、顔写真を載せたものを印刷しておきました。速く。速く。じゃないともっと大変なことが起きますよ。』




◆肆拾伍

 人々は混乱する。そりゃそうだろ、今まで何も気にせず言いたいことを言っていたんだからな。あれから一日で――2ちゃんねるが静かになった。無論僕に刃向かう奴らなんてごまんといるが片っ端から奴らの“黒歴史”を載せてやった。そして、僕の存在を“神”と崇める奴らも多くでてきた。


 僕しかいないマンション。ゲームが終わるまで前みたいにみんなで酒を飲む事なんて出来ない。アイツ等が現実世界でどんな手を使おうとも、こっちにはネットの力がある。ネットは現実世界さえ操作してしまうことを思い知らせてやろう。

 次の策。ヲタク達の力を拝見、ってところかな。


―ヲタクの皆様、虹の嫁と会話したくありませんか?さぁ、夢が現実になります。思う存分、楽しんで下さい―と、メッセージを打ち込み、ENTERを押す。きっと嬉しさのあまり泣いてしまうだろう。画面に突如自分が好きな自分の名前を言って、そして会話してくれるのだから。そして、アイツ等は洗脳される。従順兵隊として。全力で、“U”を捕まえるだろう。




◆肆拾陸

 久々に、夢を見た。懐かしい夢だった。

それは俺がまだ自分の名前を持っていた頃の記憶。

自分を僕と言っていたあの頃。

自分の名前は忘れてしまったけれど、今でも覚えている。


 沙織、麻弥、健司そして、真紀。


辛いこともたくさんあったけれど、今でも彼女たちと過ごした日々は楽しい思い出として、夢の中で味わう、心地よさ。

真紀、今どこで何してる?もう、天国に行ってしまったのかな……




 朝の日差しがまぶしい。ひらりと、涙が頬を伝う。何泣いているんだろ、俺。遠い、遠い昔の出来事なのに。

 寝癖の付いたボサボサの髪を手櫛(でぐし)で整え、シワのついたワイシャツに着替える。安い女が幸せそうに寝ていた。額にキスをし、ホテルを後にする。


 Iを救うために。




 「ねぇ、U、最近僕らの邪魔をする人がいるみたいだよ。」

クスクスと笑う。秋葉原。ヲタク達が血眼になって僕らを捜していた。Uは小さなベレー帽を被り、僕はニット帽を被って、秋葉原を歩く。誰も、僕らには気が付かない。

 「ホント。私達の遊びの邪魔する人、誰かな?」

 「きっと、Dの仕業だね。彼って素敵な力を持ってるもの。でも、自分のためには使わない。いつだって仲間の為にしか使わないよね。勿体ない。」

 「じゃあ仲間と引き裂いてあげよう?まずは・・・Aから。」

僕らは有料トイレに入り、一角のトイレの中へと入った。

 「僕たちを怒らせるとどうなるか、思い知らせてあげよう。」

誰も居ないトイレに、苦痛の声が響き渡る。姿を変える、この時が一番、辛い。

 『待っていてね、圭吾。』


制服姿の女子高生と、少し歳をとった、顔のよく似た女性がが、秋葉原の街へと消えていった―


◆肆拾質

携帯電話に着信。公衆電話からだ。

 「・・・もしもし」

 電車内での会話。人々は怪訝そうな顔をしてちらとこちらを見るが、誰もなんとも言ってはこない。最近の若い者は。顔がちょっと良いからってでかい態度してんじゃねーよ。そんな風に顔達は言っている。だが、気にしない。本当に言いたいことがあるなら、さっさと言ってこいよ。クズ共。

 『ザーザザッ―――・・・お久しぶり』

さっと血の気が引く。聞き覚えのある、懐かしい声。JRのアナウンスが聞き取りにくい電話の邪魔をする。

 『わたしの声――えてる?』

次は秋葉原、秋葉原。

 「よく聞こえない。・・・真紀か?」

電車が唸りをあげてゆっくりと止まる。

 『その駅で、降りて』

ドアが開く。俺は右耳に電話を当てながら、人をかき分けて電車を降りる。五月蝿い電車から離れるために、急いで改札の外へと向かった。

 「覚えてくれていたんだね。声、大人っぽくなったね」

心地よい、声。あのころの記憶が蘇る。しかしその声は電話からではなく、外から聞こえた。慌てて視線をあげる。

目の前に、真紀が立っていた。

昔と変わらぬ、あの姿で。

ニコリとほほえみ、俺に向かって手を振る。

二人の間だけ、時間が止まったかのよう。

 「真紀・・・!」

俺は急いで真紀の元に駆け寄った。抱きつきたい。しかし。それは無理なこと。

 「大きくなったね。顔つきもだいぶ変わった。」

真紀はあの頃と少しも変わっていない。

 「ああ。でも、どうして突然?」

 「立ち話もなんだから。」

真紀はくるりと背を向け、歩いていった。俺は後を追う。昔、こうやって渋谷に買い物へ行ったな、なんて思いながら。

 昭和通りをまっすぐ進み、いくつかの路地を曲がり、すこし古びたビルの中へと入っていく。急で狭い階段を上り、屋上の扉を開いた。

 「ここなら、誰もいない。」

真紀が振り返る。金色の髪の毛が風に靡かれ、輝く。

 「突然、消えちゃってごめんね。」

陶器のような肌、表情は変えずに、淡々と語り出す。

 「ねえ、自分の名前、覚えてる?」

 「自分の・・・名前。」

遠い昔、確かに俺には名前があった。楽しい思い出をいくら思い返しても、自分の名前だけすっぽりと抜けてしまって思い出せない。そもそも、記憶の一部以外、何もない。どこで生まれ、育ったのか。親が、誰なのか。

 「思い出せないんだ。俺の名前は・・・なんて言うんだ?」

髪の毛を耳にかけ、ニコリとほほえむ。

 「圭吾。」

ビュウっと強い風が吹く。


ケイゴ。


自分の心で言ってみる。しかし、それは音でしかない。ピンとも、こない。しっくり、こない。

 「ケイゴ。へえ。そんな名前だったっけかな。覚えてねーわ。」

ははっと笑ってワックスでセットした髪の毛を掻き上げる。真紀がゆっくりと近づく。

 「かわいそうに。“自分”を亡くしてしまったんだね。」

 「でも、真紀の事は覚えてる。」

俺は真紀の目をみつめた。大きく、綺麗な目。

 「ねぇ、圭吾。どうして私は成仏出来ないんだと思う?」

 「さあ。何か思い残すことが、あるとか?」

 「ええ。そうなの。真美の事が心配でね。」

 「真美・・・そういえばえっと・・・。」

頭の中の記憶を探る。真美、真美。どこかで会った。どこだ、どこだっけ。

 「真美はね、復讐をしようとしているの。」

 「復讐?」

 「そう、一人は、父親。もう一人は、」

真紀は、ゆっくりと俺を指さした。と、同時に背中に何かが当てられるの感じた。ゆっくり、両手を挙げる。冷たくて、重くて黒いモノが、確かに俺に向けられているように感じた。

 「お久しぶりね、圭吾。」

後ろから声がする。真美によく似た、でも少し年を重ねたような声。

 「あんたが死んだと思ったのに。死んでないから、こうやって成仏できないまま、彷徨っちゃうじゃない。」

ねっとりとした、声。何のことだかよくわからない。死んだと思った?俺はいつ、死にかけたのか。

 「よくわからないって顔してるね。その顔、昔とちっとも変わらない。そして、父親にそっくりで、憎らしい。」

真紀がヘラヘラと笑いながらゆっくりとポケットからナイフを取り出す。

 「状況がつかめないんだけど。」

 「昔話でもしようか?」

真紀が握ったナイフがキラキラと反射して、まぶしい。

 「あなたさえ、生まれてこなければ。真紀は死なずに済んだのに」と、後ろから怒りの声。

 「意味が分からないな。俺に親父なんていたわけ?そもそも、真紀と、真美。だろ?後ろにいるのは。君たちとどんな関係があるかさっぱり。」

ゆっくりと振り返ろうとした。が、銃口を強く押しつけられたので仕方なく前を向いた。

 「あなたが生まれたから、真紀が死ぬ羽目になったのよ。私は血眼になってあなたを捜したわ。そして、どうすれば一番苦しんで死ねるか、考えた。」

真美が淡々と語る。

 「突然父親の失踪、転校、奇妙なD組、沙織の死。すべてが偶然だと思った?」

 「さあ。記憶にないから。そんな事があったのかもわからないからなんとも言えないね。」

 「まあ、いいわ。そしてあなたを病院で――正確に言えば真紀の彼氏があなたを殺したわ。確かに死んだのよ。でも、どうして今あなたは生きているのかしら?」

ビュウッとまた、風が吹く。冷たい汗が額を伝って地面に落ちる。

 「それはね、私が助けたからよ。」

今度は真紀が口を開く。

 「逃げてって言ったでしょ?だって。真美が罪を犯して自殺して欲しくなかったもん。でも遅かった。そして、あなたは殺された。でも、私は助けたの。何でだと思う?」

問いかけのリレー。俺は黙って首を振るばかりだ。真美が代わりに答える。

 「それはね、彼の殺し方があまりにも“生ぬるかった”から。そして、あなた真紀のお墓を掃除して、服を買ってくれたでしょう?そのお礼に真紀が助けてくれたのよ。あの世へ向かうあなたの魂を引き留めたの。」

 うっすらと、夕焼けをバックに、白いワンピースを着た、真紀の記憶が蘇る。

 「真紀はあなたのことを愛しているから、あなたにチャンスをあげるって。」

 笑いをこらえるような声で、真美は言う。

 「今私たちに腕とか、足とか。死なない程度に切りつけられ、ここから飛び降りるか、それか――」

 「Iを殺すか。」

 ・・・は?

 「二択よ。さあ早く選んで」

ゆっくりと真紀が近づく。カチリと引き金を引く音がする。

 「ちょっと待ってくれ。I?どうしてIが関係あるんだよ。」

 「それはね、あなたのお母さんがIだからだよ。」

真紀が俺の頬に冷たいナイフを当てて言う。ゆっくりと、頬から首へ、そして肩へとナイフを滑らす。

 「俺の母親?意味わかんねー。仮に俺の親なら俺より年上だろ。アイツ俺より年下だぜ?」

 「おしゃべりはあの世でしてちょうだい。さあ、どっち?」と、真美がせかす。




 「・・・わかったよ、じゃあ俺が死ぬとしますかね。その代わりIには手を出すなよ?」

満面の笑みで、ゆっくりと、真紀はナイフを握りしめた手を振り上げた。


 よく、わかんねーな。

 なんてつぶやきながら、目を閉じる。








 しかし、何も起こらない。

 痛みもない。代わりに、誰かがドンドンとドアを叩く音が聞こえた。ゆっくりと、目を開ける。

 「あれ・・・?」

さっきまで目の前にいたはずの真紀がいない。ゆっくり振り返る、と同時にドアがこじ開けられ、銃を構えたオッサンと・・・この前の女警官が入ってきた。また銃かよ、と手を挙げた

 「大丈夫か!」

どうやら俺に敵意がないらしい。手を下ろした。

 「あなた、この前の人ね?怪我は・・・首を少し切られたみたいね。でも浅いわ大丈夫。」

女はポケットからハンカチを取り出し、俺の首に当てた。オヤジの方は携帯で何か連絡を取っている。

 「大丈夫です。どうしてここに?」

 「生意気なパソコンが・・・じゃなく、匿名からの連絡でね。男の人が二人の女性に銃とナイフを向けられてるって」

 「まあ堂でもいいや。あー命拾いした。助かったー。」

俺はヘタリとその場に倒れ込むように座った。

 「ひとまず、話が聞きたいから署まで来てくれ。」

オヤジの方が手をさしのべて来たが、俺は自力で立ち上がった。男に手を借りる趣味はない。前にオヤジ、後ろに女警官、はさまれるようにしてビルを後にした。



 『今回だけは、見逃してあげる。でも、まだゲームは始まったばかり。あなたにはIを殺してもらってから、死んでもらうから。忘れないでね?圭吾。いいえ、A。私達はいつもあなたを見ているってことを。』

風に乗って、そんな声が聞こえた。

楽しい思い出は、幻想だったのかも知れない。ふっと笑みをこぼしながら、警察の車に乗った。










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