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A.I.D.U.  作者: 龍島夏香
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第三章

◆弐拾

 「寒いっすねぇ。」

新人の岩崎哲也(いわさきてつや)が缶コーヒーを持って走ってくる。東京。あれから4ヶ月経った。

 「雪、降るかもしれないですね。」

ああ、と生返事を返して、岩崎からコーヒーを受け取り、身体を温める。吐く息は白く、人々はクリスマスを楽しんでいた。青いクリスマスツリーが幻想的な夜の東京を創り出す。俺には家庭がない。だからクリスマスだって正月だって、イベントがあろうともこうやって仕事に打ち込むことができる。・・・昔なら。小生意気でいけ好かない“ムスメ”があの事故に巻き込まれさえしなかったら。あのとき俺が神谷町方面に行けば良かったと悔やんでも悔やみ切れない。

 「お、きたきた。」

カップルや家族連れで賑わう有楽町から大手町をつなぐ丸の内仲通り沿いの街路に、ヤツラが現れた。岩崎が人混みをかき分けヤツラに声を掛ける。俺が行くと警戒するだろう、こういう時は若くて爽やかな男が行くのが相場だ。ヤツラは抵抗することもなく素直に岩崎に従い、こちらに来る。俺は缶コーヒーを足下に置き、小さな二人の為にかがみ込んで話しかける。

 「おじさん、こんばんは。」

声をそろえて、ペコリと小さな頭を下げる。ふわっと丸みを帯びたボブヘアの女の子と、くしゃくしゃ癖毛の男の子。今時の、顔立ちの良いガキという言葉には無縁な“子供”だ。

 「ああ、こんばんは。七時を回っているのに“いつも”二人だけだね。子供がこんな時間に、しかも東京で歩き回るのは危ないだろう?」

俺はあえて“お前達のことを知っている”事をアピールする。女の子の方がニコリを笑って口を開く。

 「おじさん達がいつも遠くから見守ってくれてるから。有り難うございます。」

女の子も“私達は君達が付けているのを知っているよ”という事をアピールする。ただ者ではない、というのは四ヶ月間ずっと追っているからわかっている。捕まえる機会はいくらでもあった。だがヤツラは上手い具合に俺達の目を盗み、後を付けてもすぐ姿をくらましやがる。今度は岩崎が口を開く。

 「ねぇ、君達。あのビル崩壊事件の時現場にいたんだろう?その時のことについて詳しく聞かせてくれないかな。」

あの事件。花火が上がると直ぐにビルが崩壊。“狙った”犯行かのように、ある会社の会長と木田、そしてひとりの女子大生が巻き添えとなった。ビルが崩壊して被害者が三人というのは、ある意味幸運なのだが。

 「そうだよ。大人の女の人がビルの中に入っていって、その後に別の女の人が入っていったんだ。」

 「そしたらビルが壊れた。」

男の子と女の子が交互に話し出す。

 「周りに怪しい人はいなかったかな?」

子供は顔を見合わせ楽しげに笑い出す。

 『僕ら(私達)以外には、ね。』

天使の顔を持つその顔はいたずら好きな小悪魔のようだった。俺は男の子の両肩をぎゅっとつかみ、

 「お前等はあの事件に何か関係有るのか?」と強い口調で問いかけた。岩崎がちょっと、と声を掛け、すまんと謝り力を緩める。

 「ビルは知らないな。」

 「ビル“は”?」

 「うん。ビルは。僕らは賭をしていたんだ。ウサギを追うか、追わないか。」

 「ウサギ?」

岩崎が何のことだかさっぱり、という顔をしている。ウサギ。俺はあの“キーホルダー”を思い出した。木田が握りしめていたあのキーホルダー。

 「ところでおじさん、」

女の子がちょいちょい、と手招きをするので耳を近づける。

 「木田さんが目を覚ましたよ。」

ポケットの携帯が鳴る。岩崎に電話を渡し、代わりに出させる。

 「何故木田の名前を知っている?何故アイツが意識不明なのを・・・」

 「上田さん!今木田先輩が目を覚ましたそうです!!」

嬉しそうな岩崎から電話を奪い取るようにして「本当か!」と電話先に叫ぶ。

 『っっ・・・ええ、今意識を取り戻しました。まだぼーっとしていますが、』

ふっと子供の方に視線を戻す。さっきまでそこにいたはずの子供がいなくなっていた――。




◆弐拾壱

 「憂瑠々っっ」

懐かしい声で目を覚ます。蛍光灯の明かりがまぶしい。ぼんやりと写る。父親と母親、兄と岩手のお婆ちゃん。なんでみんな、ここに居るのだろう。なんでみんな泣いているのだろう?抱きついている母親に声を掛けようとしたが、うまく声が出ない。ここは、どこだろう?頭がうまく回らない。私は目を閉じ、眠りについた。

次目を覚ましたときには、視界もはっきりしていた。身体を起こそうとするが、動かない。ゆっくり顔を左に向ける。白い服が見える。

 「小林さん、小林憂瑠々さん、聞こえますか?」

綺麗な女性が視界に入る。看護士さんだ。

 「ええ」と言うものの声がでない。何故だろう?私はうん、うんとうなずいてみせる。先生、と看護士さんが振り返る。今度は白髪交じりの眼鏡を掛けたお医者さんが私の視界に入る。

 「小林さん、身体の方は、どうですか?どこか痛いところはありますか?」

まるで耳が遠いおばあさんに話しかけるように、一字一句、ゆっくり大きな声で話しかけてくる。「身体が重い。でも痛いところはない。」と口を開き、動かしてみるものの、やはり声がでない。

 「そうですか。ちょっと失礼しますよ。」

聴診器をつけ、私の心臓の音を聞く。先生、私の声、聞こえてますか?どうして、声がでないのに通じるのですか?

 「大丈夫そうですね。小林さん、また来ますからね。」

お医者さんは看護士さんになにか難しい単語を伝え、立ち去った。

 「気分の方は、どうですか?」

 「どうしてここにいるのですか?どうして声が出ないのですか?」

 「小林さんの声、ちゃんと聞こえていますよ。きっとショックのせいもあるのでしょう。しばらくしたら、聞こえるようになりますよ。」

 「ショックって何ですか?何があったんですか?どうして病院に?」

 「覚えていませんか?小林さん、事故に遭われたんですよ。ビルが崩れて。」



 一ヶ月後、私は車いすに乗ってリハビリを始められるようになった。相変わらず自分の声は自分では聴けない。周りには聞こえているようだけれども。耳にも脳にも問題が無く、精神的な問題だろう、医者は言った。そして自分の身になにが起こったのか母親に詳しく聞かせて貰った。ハンカチで涙を拭きながら。あの日、ウサギを追う女性を追いかけビルの中に入った。ドアが閉まる音が聞こえて、慌てて追いかけ中に入ると階段だった。上を見、下を見ると女性の手がちらと見えたので下った。下った先のドアを開くと“見覚えのある風景”。そこから記憶がない。

昼間、バイト先の薫先輩が花を持って見舞いに来てくれた。母親が言うには、四ヶ月間毎週花をもって見舞いに来てくれていたそうだ。私は先輩が押す車いすに乗って、肌寒いながらも天気のよい外を散歩した。無事で良かったとか、バイトのことやささいな話をした。病院と不自由な生活に嫌気がさしていたが、薫先輩とこうやって散歩が出来るなら病院生活も悪くないなって思った。



 こんなに歩くことが辛いとは思わなかった、汗水垂らしながらリハビリをしていたある日。“あの女性”が私と同じようにリハビリをしていた。正直、驚いた。母には「会長さんはお亡くなりになられて、奇跡的にあなたと、もう一人の女性が助かったのよ」と聞いてはいたが。女性がリハビリを終えるのを見計らって、話しかけてみる。彼女も生存者のもう一人である私に会えて驚き、ここだとなんだから、といって二人で憩いのスペースに(看護士さんに押して貰って)向かった。

 「改めて、はじめまして。木田真紀子と申します。」

 「あ、どうも、小林憂瑠々です。」

沈黙。「あの」っと声が被り、どうぞお先に、と木田さんが譲ってくれたので思い切って聞いてみた。

 「あの、変なことをお聞きしますが。どうしてウサギ・・・じゃなくってあの女の子を追っていたのですか?」

 「実は当時、ビル崩壊事件の犯人を追っていまして。そこにたまたま通り過ぎた女の子が何というかその・・・“カン”が働いて。追っていたんです。」

木田さんは警察の方だったんだ。今度は木田さんが私に質問をする。

 「あなたはなぜあのビルに?」

警察の方にも何度も聞かれた質問。

 「あの、警察の方に・・・同僚の方からお聞きになっていないですか?」

 「残念ながら。今は治療に専念しろって事件についてちっとも教えてくれないんです。」

肩をくすめる。

 「よく覚えていないんです。」

彼らに言ったように、嘘をつく。本当のことを話したって、信じてくれるわけがないとわかっているから。しかし木田さんは違った。じっとこちらを見つめる。私は慌てて視線をそらす。

 「どうして隠すのですか?」

 「どうして隠している思うんですか?」

 「“カン”です。私のカンは外れませんから。」

自信に満ちた声と目に負け、おかしいだろうと思われるのを覚悟で一部始終を話した。自分の能力のこと、電車での男性のことや子供達のこと。木田さんは真剣な表情で時々相槌を打ちながら私の話を聞き漏らすまいという姿勢で聞く。

 「・・・というわけです。おかしいと思いますよね。」

 「全然。」

また沈黙。今度は木田さんがあたりを伺いながら話し出す。

 「実は・・・“天使”を探していたの。」

 「“天使”?」

 「あのとき、私は確かに犯人を追っていたんだけど。実は“歌声”が聞こえてね。それを歌っていたのがその女の子で、後を追いかけたの。」

 「歌声?」

木田さんは相変わらずあたりを気にしながら“天使”について一部始終説明してくれた。人を生き返らすなんて言う話を聞いたら誰だって信じない。でも、私は違った。話を聞くうちになんだか“その人を知っているかのような錯覚”に陥るくらい、自分に近いものを感じ取った。

 「でも、不思議よね。お互い女の子を追っていたのに、その子はビルに居なかった。狐にでもだまされたのかしら。」

そうかもしれませんね、と冗談を交わしながら看護士が迎えに来たのでお別れをした。入院中の話相手が出来た。勿論、お互い話したことは二人だけの秘密。




◆弐拾弐

 「U、仕事がある」

僕たちはマスターの大きな手で頭を撫でて貰いながら、ふかふかのソファーで甘えていた。マスターからのお仕事は、久々だ。マスターは頭を撫でるのを辞め、代わりにテレビのリモコンに手を伸ばす。大きなアクオスに、ドラマが映し出された。一人の男性が雨に打たれているシーン。

 「このひと?」

Uがマスターの膝の上に座る。甘え上手なU。

 「そうだ。コイツにある“歌”を教えてきて欲しい。」

マスターはUに一枚の紙と、今回の“人物”写真を見せた。Uはわかったといい、ぱたぱたと走って奥の部屋へと消えていった。

 「Uはこの人に。」

マスターは写真を一枚、僕に渡した。僕はうなずき、写真を持ってUのいる部屋へと向かう。何もない部屋。鍵を閉めお互い渡された写真を右手に持ちながら、お互いの両手を合わせる。そして、口づけ。唇と手を離すと同時に全身に痛みが駆けめぐる。想像を絶するような痛み。Uも痛みを堪え、時々声を漏らす。

 一分後。痛みも治まりお互い“新しい姿”を見合った。そしてガチャリとドアを開け、マスターの元に向かう。裸の二人を前にマスターはほほえみ、おいでと両手を伸ばす。僕らはマスターに駆け寄り、頭を撫でて貰う。

 「今回の仕事は長い。やれるかな?」

 「イエス、マスター。」


◆壱拾参

 今日も、憂瑠々とリハビリをし、院内を散歩した。お互い励まし合い、今では松葉杖があれば歩けるようにまでになった。外は凍てつくような寒さだ。ボーイフレンドは居るのかとか、高校時代に戻ったかのようにガールズトークを楽しんだ。

 「冷えてきたし、お茶でもしようか。」

いつもの憩いのスペースに戻る。暖かいココアを二人で飲んでいたときだった。テレビから、“あの歌声”が聞こえた。バッと背後にある大型テレビに目を向ける。一人の若い男性が、歌を熱唱している。歌詞は日本語だが確かに、メロディーは女の子が歌っていたものと同じだ。


 愛さなくて良い 愛してくれなくて良い

 ただ僕は君のそばにいたいんだ

 君は今頃 僕の知らない世界で

 僕の知らない人に 愛されて 幸せだろうか

 もう戻れないってわかってるでも願いが叶うなら

 どうかあの頃に戻して下さい

 どうかあの頃の自分を許して下さい

 君を愛してやまないんだ

 でもわかってる それは無理なことだって

 だから今日で最後にするよ 君を想って流す涙は


周りの人々も、歩いている人も、みんな動くことを辞め歌に聴き入っていた。

 「これ、流行っているみたいですよ。」

 「いつから?」

 「最近。大塚誠(おおつかまこと)、知りません?携帯小説のなんだっけな・・・題名忘れちゃいましたけど、その映画に出て大ブレイクした俳優さん。最近歌手活動もしているみたい。」

熱っといいながら憂瑠々はココアを飲む。私は日頃テレビを見ないから芸能関係や流行に弱い。歌詞は違うけど私が聴いた歌だ、と憂瑠々に伝えると驚いた顔で再びテレビに視線を戻した。

 「えっでも少女じゃない・・・。なんだか、怪しいですね。」

 「何か起きなきゃ良いけど。」

憂瑠々に別れを告げ、院内に設置されている公衆電話の所へ向かう。上田が汚い字でまとめてくれた仲間の電話番号リストからアイツに電話をかけた。“一度も見舞いに来なかった”アイツに。

 『はい』

 「私だけど。」

 『おお!生きてか。流石というかなんというか・・・』

 「うるせー死ね。」といつもの癖で“縁起の悪い言葉”を言ってしまい(しかもかなり大きな声で)周りの人の視線が痛い。声のトーンを下げて本題に入る。

 「大塚・・・なんとかって男の歌、聴いた?」

 『なんとかって。誠だろ?ああ、聴いたよ。あの歌だな』

 「それで、なにか掴めた?」

 『あれー?“天使”に興味がない木田さんらしくないですねー』

ニタニタするアイツの顔が目に浮かぶ。目の前にいたらボコボコに殴っているのに。

 「いいから、教えなさいよ。」

 『教えなさいよ?』

 「・・・・教えて下さい。」

ぜってーコイツ殺す。退院したら一番先に会って殺す。

 『会ったよ。どうしてこの歌を?って聞いたら夢の中で少女が歌っていてそれを自分なりに歌詞を付けたんだとよ』

 「それだけ?」

 『そう、それだけ』

 「使えねーな。」

 『うっせ。それよりお前大丈夫なの?』

 「まあ。体調は万全だし、松葉杖があれば歩けるようになったし。」

 『いや、そうじゃなくて誠の歌詞、お前そのものじゃん?昔の彼を思い出してs』

一瞬でも身体の心配をしてくれていると期待した私が間違いだった。投げつけるようにして受話器を切る。鼻息をフンフンならしながら病室へと戻る。田中義郎(たなかよしろう)。時代に合わず、古風な名前。もしテレビで彼の名前を見かけたら、それは私が殺人を犯しているときだろう。




◆弐拾肆

 パシャパシャとシャッターを押す。十日目にしてやっとしっぽを掴んだ。相棒のニコンが喜びのシャッター音を鳴らす。大塚誠。十九歳という若さで映画デビュー『excuses』でミリオンセラー。俺達ハイエナが狙わない訳がない。十日前。俺は知人からあるネタを仕入れた。『excuses』を作曲作詞したのは大塚本人ではなく、ある女性が絡んでいる――と。その女性はハーフの様な顔立ちで両目が『赤い』らしい。このネタに“5”も払ったんだ。きちんと元を取らねーと。

レンズの奥には確かに赤い目をした、顔立ちもスタイルも良い女性が居た。芸能関係の人間ではなさそうだ。調べればきっとモデルあたりでヒットしそうだな、なんて考えながら。ボロく人気のない喫茶店から大塚が先に出てきた。女性の方は追加のコーヒーを頼んでいる。しめた。俺は急いでレンズから目を離し、草むらをかき分け、店へと向かった。レトロな雰囲気、ドアのベルが鳴る。真っ直ぐ女性の席に向かい、さっきまで大塚が座っていた席に着く。ほんのり暖かい。女性は驚いた顔したがニコリと笑った。コーヒーをもう一つ、と店員に注文する余裕っぷり。タダモノじゃあねぇな、と鼻がムズかゆくなる。

 「遂にバレてしまいましたわね。」

女性はしなやかな手でコーヒーカップに手を掛けながら口を開く。俺はへへっとニヤけながらケツポケットからメモ帳と万年筆、そして胸ポケットからはボイスレコーダーを取り出す。

 「お嬢さんにお話がありましてね。」

 「構いませんわ。ただしそちらは止めていただけます?」

俺がボイスレコーダーのスイッチを押そうと手に掛けた。仕方ない、とボイスレコーダーを仕舞う。

 「じゃあまずお名前を伺っても?」

ペンを片手に持つ。女性は笑顔を崩さないまま、俺の胸ポケットを指さす。

 「ちっ、タダモノじゃあねえと思ったが。悪かった。コレで良いだろう?」

俺は女性に見えるように“スイッチを切った”素人にバレるのは初めてだ。

 「めぐ、と申します」

俺のコーヒーが届く。

 「めぐ・・・ね。大塚誠とはどうやって知り合った?」

 「都内のパーティで。」

 「あの歌、作ったのはあなたと聞いたが?」

 「その件については、」

さらりと長い髪が垂れ下がり、そっと俺に耳打ちする。良い香りがする。

 「今晩十一時、新宿の・・・で」

横に置いてあった鞄とコートを手に取り、めぐという女性は立ち去った。俺は忘れないうちにめぐの見た目、を書き込む。今回はデカイぞ!二桁、いや三桁はくだらないネタが入る!少なくとも、「作詞作曲は嘘だった」というネタは手に入ったわけだ。ペンをサラサラと走らせ、コーヒーを一気に飲み干し、店を後にした。




◆弐拾伍

 世にも奇妙な事件、いや最近こんな事件ばかりだ。しかし、今回の事件はグロイ。新人の岩崎が嘔吐するのも無理もない。

 「いやはや、こんな事があってもいいものか。」

同期の前田が表情を変えず、しげしげと遺体を見つめる。後ろにいた前田の部下達がしゃがみ込み、遺体を凝視した。未解決部別名オカルト部と言う名の窓際部。

 「美しいほど綺麗に剥がされていますね。ここまで筋肉を痛めずに剥ぐなんてある意味芸術だわ」

ボサボサ髪の女、品河が動画を撮りはじめる。

 「車の中で休ませときましたんで。」

田中・・・だっけな、確か上田と仲が良い男が俺の隣に立って話しかけてきた。

 「あ、岩崎君ね。」

 「あ?ああ、すまん。」

田中がうわーっと声を上げる。しかしあまり動揺はしていないようだ。

 「身元は?」

 「は、あ、はい、えっと斉藤健太郎(さいとうけんたろう)36歳、フリーライター兼カメラマンです。十日前知人と接触してから連絡が途絶えているそうです。」

おずおずとモヤシみたいな男、堀川が話し出す。前田の部下でなければ脇腹に蹴りを一発食らわしていたのに。

 「遺留品は?」

 「あ、はい。携帯電話と財布とその中に入っていたお金と運転免許証、あと車の鍵です。」

 「ん?フリーライター兼カメラマンなんだろ?メモ帳なりカメラなりそういうもんはねーのか?」

 「あ、はい、ごめんなさい。車内には無かったです。現場付近を捜査中だそうです。」

遺体はビニールにくるまれ、鑑識に回された。

 「臭いますねぇ。」

前田が鼻をこする。アイツの癖だ。それはつまり“科学的には解決できない事件だ”と言うことを意味している。それは長年コイツと付き合っている俺にしか解らないことなのだが。

 「おい、いつまでダレてんだ!聞き込み行くぞ!!」

車内で項垂れている岩崎の首根っこを捕まえて現場周辺の聞き込みに回った。


◆弐拾陸

 いつも笑い声が響き渡る部屋が、今日はピリピリしてやがる。Dはさっきからずっとパソコンに向かって作業をしているし、Iはいろんなヤツに電話をしている。無理もない、Iの“歌が外部に漏れた”のだから。つい先日のことだ。大塚という冴えない男がテレビでIの歌を歌っていた。I曰く、歌詞は違うらしい。ただ“メロディーがそのまま”だったそうだ。俺を含めDもIの歌を聴いたことがない。“復活の唄”Iも最近口に出して歌っていないそうだ。(どういう仕組みかわからねぇが、頭の中で唄うだけでヤれる仕組みらしい)。Iが電話を終え、壁にぶち当てる。

 「あり得ないし。なんで?どーしてあたしの唄を知ってるのよ!」

頭を抱えうずくまるIの隣に座り、宥める。

 「A様」

壁の向こうから“奴隷”がやってきた。

 「おう。ヤってきたか?」

 「それが・・・」

薄い身体をもじもじさせながら、言いにくそうな奴隷。

 「それが?」

 「死んでいるんです。とっくに。」

 「どういう意味だ?」

 「だから・・・言葉のままです。大塚誠の事を考えても、“彼の名前の書かれた墓石”の前にしか行けないんです。何度やっても。」

 「つかえねーな!」

奴隷は悲鳴を上げながらのたうち回り、消えていった。

 「何か掴めたの?」

顔を上げずにIが訪ねる。

 「大塚誠はとっくに死んでいるってよ。」

 「どういう事?」

 「奴隷が言うには本人は既に“墓の中”だとよ。今テレビに出ている大塚誠は誰だろーな」

 「ひとまず僕は大塚誠が今夜登場する朝日テレビに行ってくる」

せわしく動かしていた手を止め、Dは立ち上がった。

 「朝日テレビをヤるのか?」

 「いや。まずは真相を聞かないと。」

 「俺も行く。」「あたしも。」



 「お疲れ様でーっす」

新曲のプロモーションも取り終わり今度は朝目テレビでNステ。人気が出れば出るほど目まぐるしい忙しさ。移動はもっぱらマネージャーが運転する車。

 「excusesのリハが四時、その後メイク入ります。」

 「ああ。」

 「そういえば誠さん、警察の方が動き出しましたよ。」

バックミラー越しにマネージャーの顔を見る。とても嬉しそうだ。

 「へぇ。それはそれは。ご苦労様ですね。」


 控え室に入るなり、Nステのプロデューサーがやってくる。どうやら俺にどうしても会いたいという人が居るらしく、通しても良いか、とのことだ。勿論俺は快諾した。プロデューサーに通されたのは二人の男と一人の女。いずれも顔立ちは良い。

 「初めまして、東尚人(あずまなおと)と申します」

 「鯛ひろし(だいひろし)です。」

 「井口美保(いぐちみほ)です。」

一人ずつ名刺を差し出す。いずれも聞いたことのない会社名だ。

 「プロデューサーさん、ちょっといいかな?」

プロデューサーとマネージャーを外させ、ドアを閉める。眼鏡を掛けた鯛という男が口を開く。

 「お忙しい中突然押しかけてしまってすみません。率直に、お尋ねします。excusesのメロディーは何処でお聞きになりましたか?」

一気に空気が張り詰める。ああ、そのことかといつも通りの台詞を言ってやった。

 「大塚誠さん。あなたはいったい誰なんだ?」

口調がトゲトゲしい東という男。今にも首根っこを掴んでやりたいという身構えで俺を睨む。

 「?それはどういう意味でしょう?」

 「大塚誠さんは既に死んでいるはずでは?」

俺は爆笑した。君達面白いことを言うね、と。ポケットに入っている財布から運転免許証、保険証を取り出し彼らに見せた。俺は正真正銘の大塚誠だと。芸名を使っていないからなんならその住所を元に小学校、中学校、なんなら実家を調べて貰っても構わないと言った。ひとまず、4時からリハがあるから今日の所はこの辺で、と返させる。外で待っていたマネージャーに連絡先を伝えるよう頼んでからリハスタジオへと足を運んだ。


 「僕は彼について徹底的に調べる。ウラの情報まで。」

俺達は日本テレビを後にした。Iは浮かない顔をし、Aは苛立ちを隠せない様子だ。

 「じゃあ俺は奴隷をかき集めて実家に行かせるかな。」

 「あたしは?」

朝日テレビを出て大江戸線六本木駅に乗り込む。

 「Iはマスターの元に」

 「わかった」




◆弐拾質

 「また皮剥事件が起きたぞ!!」

今回で二人目だ。急いで車へと走る。

 「上田さん!」

久々に聞く声、木田だ。今日から出勤だったらしい。木田は空気で察したのか、何も言わずにすぐさま車に乗り込む。岩崎が遅れて車に乗り込み、発進させる。

 「久々だな。もう足の方は大丈夫なのか?」

 「ええ。お陰で。それより今日は何の事件で?」

 「皮剥だ。」

 「皮剥・・・」

木田が視線を落とす。病院生活が長かったせいか(たばこと酒を止められたせいなのか)以前より若くみえる。まぁ俺が老けただけなのかもしれないが。岩崎が運転をしている間、事件について細かに説明した。木田はニュースで事件については知っていたらしく、特に混乱することなく話が進む。検死官、寺本に回した第一号の遺体から一週間。何で剥がされたのかもわかっていない。ただわかっていることは死亡する直前にコーヒーを飲んでいたことだけ。原料はキリマンジャロ。周辺の喫茶店でキリマンジャロのコーヒーを出している店をしらみつぶしに調査中だ。今度の現場は、池袋のとあるインターネットカフェの一室だ。異臭がするという苦情から店員が個室を開けたときに発見された。車を止められないので岩崎だけ残し、木田と狭い店内へと向かった。黄色のテープをかいくぐる。第一目撃者の男性定員がショックで倒れ、近くの病院へと運ばれたそうだ。無理もない。

 「上田さん、こちらです。」

一角だけビニールシートで覆われたブースに入る。そこにはグダリと椅子にもたれかかった、遺体が座っていた。最初の遺体と同様に、綺麗に剥がされている。

 「身元は?」

 「はい、住所不定、無職の石倉健太(いしくらけんた)二十六歳。毎日この時間に来ている常連だそうです」

木田は遺体を恐れることなく、遺体の座っている椅子を少しずらし、パソコンのモニターの電源を入れる。『AIDU』と書かれたサイトが映し出される。遺体が手に掛けているマウスを勝手に動かし、『ABOUT』をクリックする。俺達は画面をのぞき込んだ。


―AIDUへようこそ。当サイトはこの世には認められない超人的力を持った神の子達を追うサイトです。世の中、認められないと存在できない。そんな人たちが山ほど居ます。科学的に証明されなければ世界に存在できない。そんなのあんまりではないですか?僕らは彼らの存在を認め、そして受け入れるべきです。当サイトに書かれた内容は全て“真実”です。信じるか信じないかはあなた次第。でも、目を決してそらさないで。だって彼らはちゃんとこの世界に“存在しているのですから”


 BACKボタンを押し、今度は『BBS』をクリックした。そこには様々なタイトルの記事がずらりと並んでいる。木田が巻き込まれたビル崩壊事件や謎の円盤出現など、オカルト話が満載。木田はビル崩壊事件の記事をクリックした。


―D様の悪戯?キーホルダーが鍵。

>警察は翻弄するだろう、D様が作った爆弾は完璧すぎて科学的にも法的にも裁けない。

>まさか警察は本当に小学生がビル崩壊に関与していると持っているのだろうか?

>そう考えるだけD様の思うつぼ。小学生は利用されただけなのに。

>あの小学生は万引きを毎日毎日毎日毎日行っていたらしいぞ。両親が弁護士で英才教育を受けていたとか。愛情がゆがむとこういう子が育つんだとワロタw

>メシウマだなwwてか、警察官が巻き込まれたらしいぞwざまあwww

>D様は最近ビル壊していないけど飽きたのかなあ?

>D様の気まぐれ、悪戯だろう


俺達は顔を見合わせた。木田はBBSのメニューに戻り、『皮剥事件』とかかれたタイトルをクリックした


―皮剥事件、U様か?

>本日フリーライター兼カメラマンが皮を剥がれた状態で車内でみつかったらしい。噂じゃ大塚誠のネタを仕入れた後に殺されたんだと

>大塚誠は接触していないらしい

>今回はU様の悪戯だと思うんだがみんなどう思う?

>多分そうじゃないかな。でなきゃ新人類登場とか

>俺もそう思う。でもなんで皮を剥ぐんだ?

>U様は皮がないと困るんだよ

>kwsk

>U様はどんな人にでもなれるらしい。でもその時に皮が必要だとか

>バカかwwだったら今頃死体がゴロゴロ出てんだろw

>いや、今まで隠してたんじゃね?悪戯であえて死体残したとか


 「なんなんすかね、これ。」

始めに口を開いたのは木田だった。

 「さあな。だが重要な手がかりになるかもしれない。おい、岩崎っこのサイトを徹底的に調べてくれ。」

様子をうかがうように、遠くからこちらを見ていた岩崎に命令した。どうせこの遺体を見せたところで足手まといになるだけだ。若いモンのほうがインターネットに詳しいだろうし。木田が遺体の足下に潜り込んだ。

 「上田さん、これ。」

白い名刺を差し出す。

 「鯛ひろし・・・」

◆弐拾捌

 久々に、私は夢を見た。満月の夜、どこかの公園だ。木枯らしが吹き、赤いコートを着た女性と、白いコートに身を包んだ女性が立っていた。私は二人の間に立っている。

 「コレを、どうぞ。」

赤いコートの女性が“あの赤いウサギのキーホルダー”を手渡した。白いコートの女性は手に取り、しげしげと眺める。

 「なに、これ。いらない。」

白いコートの女性がキーホルダーを突き返そうとする。赤いコートの女性は笑みを浮かべながらささやくように言った。

 「あなたは今悩んでいますね?それを持っていると幸運の赤いウサギが現れます。それを追ってごらんなさい。きっと、あなたが求めている答えがそこにありますから。」

びゅうっと冷たい風が木の葉を取り巻きながら二人の間を通る。私も風に飛ばされ――

今度はどこか見覚えの有る場所。でもどこだかはっきり思い出せない。そこには大塚誠とかつて夢で見た“サラリーマンと一緒にいた白スーツの男”が立っていた。大塚誠が、“赤いウサギのキーホルダー”を手渡す。まただ。

 「あなたは今悩んでいますね?いくら調べても俺は死んでいることになっている。でもちゃんと俺は生きている。不思議で仕方がない。そんなあなたにプレゼントです。そのウサギのキーホルダーを手にしていると赤いウサギがあなたの目の前に現れます。そのウサギを追って下さい。その先に、あなたが求めている答えがきっとあるはずです。」


 目が覚めてしまった。汗をびっしょりかいている。枕元の携帯電話を開く。時刻は4時を過ぎた頃だった。あれは未来なのか、それとも今なのか。手がかりは・・・と鮮明に焼き付いた夢を模索する。そういえば、満月の夜だったっけ・・・。あたしはガウンを羽織り、パソコンの前に座る。Yahoo!で「満月 カレンダー」というキーワードを打ち込み、いつ満月の夜か調べた。「2月8日日曜日」つまり明後日だ。いてもたってもいられない。でもどうすれば良いのかわからない。しばらく悩んだ末、木田さんにメールをすることにした。


 『夜分遅くに申し訳ありません。どうしても伝えたくって。今さっき不吉な夢を見ました。夢に“赤いウサギのキーホルダー”がでたんです。赤いコートを着た女性が白いコートを着た女性に手渡し、別の場所では大塚誠が以前お話しした電車の夢であった白スーツの男性に手渡していました。満月の夜だったので多分明後日、日曜だとおもいます。どうすればいいのかわかりません。でも私の経験から、あのキーホルダーは不吉な前触れを表す気がするんです。』


自分でも意味がわからないとおもいながらも、メールを送信する。返信は朝になるだろう、と汗を拭き、再びベットに横になる。無論、眠れない。私は携帯を握りしめ、朝を迎えた――




◆弐拾玖

 「なぁ、あれからI見かけてないけど、Dしらねぇ?」

ネクタイを結びながらDに話しかける。Dは片手に新聞を持ちながら、もう片方の手で器用にパソコンに何かを打ち込んでいる。

 「さあ。帰ってきてないみたいだな」

心配しねーのかよ、と心の中で突っ込む。俺達を縛るものは何もない。だからこのマンションに帰ろうが、帰らまいが、勝手だ。干渉する俺もどうかしているとは思うが。

 「きっとマスターに仕事を頼まれたのだろう」

パソコンをパタンと閉じコーヒーを口にする。新聞は丁寧に折りたたみ、パソコンと一緒に黒い革鞄の中に入れる。

 「それよりA、俺もしばらくここには戻ってこない。警察が俺の後を付けているみたいだ。念のため、別のホテルにしばらく居ることにするよ」

 「なんかヘマでもしたのか?」

俺はおろしたての白いスーツに身を包む。

 「いや。皮剥事件の被疑者の足下に、俺の名刺があったそうだ」

 「へぇ。そいつと面識は?」

Dは黒いトレンチコートに身を包む。襟を正し、マフラーを巻く。

 「いや、ない。その名刺が――なんでもない」

 「んだよ、言えよ」

 「その名刺が、大塚誠に渡したものでね。どういう関係があるのかと少し気になる」

じゃ、と片手をあげマンションを後にした。大塚誠。アイツはいったい何者なんだ?奴隷達にアイツと関係するヤツラを全て調べさせた。いくら調べさせてもアイツは死んでいる。が、生きている。ワケわかんねえ。ひとまず、俺は大塚誠に再び会いに行くことにした。何処にいるかは、奴隷が知っている――




◆参拾

 「面白いことがわかりました。」

前田とその部下達が朝からやってきた。お前等はいつもセットだな、と言おうとしたがやめておいた。木田も駆け寄ってくる。

 「AIDUといわれるサイトの管理人ですが、海外のサーバーを使っているので時間がかかりました。でも私の手にかかればあっという間でしたけどね。」

自慢気な品河。相変わらずのボサボサヘアだ。

 「その管理人は日本の東京に住んでいて、なんと“鯛ひろし”が管理しているサイトだったんです。」

 「で、その鯛ひろしは今どこに?」

木田が口を挟む。むっとする品河。焦らないでよ、今からきちんと説明するからと言いたげに。

 「田中君が後を付けています。彼にはGPSを身につけさせていますからコレでいつでも確認して下さい。」

堀川というモヤシがおずおずと前に来てノートパソコンを俺達に見せる。今は―新宿歌舞伎町あたりを移動しているようだ。

 「私達も追いましょう!」

今にも飛び出そうとする木田の手を掴んだ。

 「いや、待て。俺達は別のヤツを追う。鯛の件は前田達に任せよう。」

何か動きがあったら連絡をくれ、と前田に頼み、俺達は別のヤツを追うことにした。

 「・・・で、誰を追うんですか?」

玩具を取り上げられた子供のように不機嫌になる木田。わかりやすいヤツだ。

 「俺達は田中に接触したと思われる女性を探す。岩崎が昨日サイトからそれらしき女性の情報を掴み、先に立川に向かっている」

 「その女性とは?」

 「さあ。掲示板の噂話だから何とも言えないが、ガイジンのような顔で赤い目をしているらしい」

俺達は岩崎が居る立川へと急いで向かった


◆参拾壱

 「待ってもしょうがないか」

 時刻は十時を回っていた。私は身体を起こし、シャワーを浴びる。相変わらず自分の声が聞こえない。バスタオルでしっかり拭き取り、セーターに着替える。ドライヤーで短く切った髪の毛を乾かし、財布と携帯を鞄に突っ込み、コートとマフラーそして手袋を身につけ、部屋を後にした。お見舞いに来てくれた薫先輩に何かお礼を買いに新宿まで行こうかな。なんてのんきなことを考えながら。

 冬の新宿は暗い。暗い色のコートにつつまれた人々がせわしく移動する。私はマルイメンズ館に向かって歩いていた。愛用していたiPodは事故で壊れてしまい、音楽が無くても生きていけるな、なんて思って新しいPodを買っていない。中に入ると男性ウケしそうな、ブラック系の店内ズラリと広がっていた。帽子やシルバー系のアクセサリー、ジッポ。ひとまずここに来ればメンズ物が手にはいると考えてたけど、何を買えばいいのかは解らなかった。健司を誘えば良かったかな、と少し後悔。何気なく店内をぶらつく。マフラーがいいのか、それともアクセサリーが良いのか。身に付ける物は嫌がられるかな?だったらタオルとかジッポの方が・・・でも薫先輩たばこ吸わないし。あ、このシルバーアクセサリー素敵かも、とショーケースを眺めていた時だった。

 「お悩みですか?」声を掛けられ視線を上げる。と同時に身体が凍り付いた。店員はどうかしましたか?と笑顔でこちらをじっと見つめる。


白いスーツに身を包んだ、夢で会ったあの男性だ。


 「アクセサリーお好きなんですか?」

店員の二度目の問いかけに我に返り、慌てて返事をする。

 「い、いえ。知り合いの男性にプレゼントをしようと思っているんですけど。何をあげればいいのかわからなくて。」

 「そのお方は日頃何を身につけていますか?」

店員の質問に頭を悩ます。薫先輩が日頃身につけている物・・・・

 「眼鏡、ですかねぇ。バイト先の方なので日頃は制服で、あまりわからないんです。」

 「それでしたら。」

白スーツの男性は店内の奥へと消えていった。ふっと夢の光景が目に浮かぶ。“この人の身に何か悪いことが起こるかもしれない”と。

 「お待たせしました。こちらはいかがでしょうか?」

白スーツの男性は目の前にラインストーンで十字架をデザインした、シンプルな眼鏡ケースを置いた。しなやかな手。

 「当店でデザインした眼鏡ケースです。中生地までデザインしてあり、眼鏡ふきにも表のクロスと同様、ラインストーンでワンポイント、クロスが付いてます。」

大人っぽい、洒落た眼鏡ケース。これなら身につける物ではないし、いいかもしれない。

 「いいですね。大人っぽくって。じゃあ、これお願いします。」

 「ありがとうございます。どうぞ奥の方へ。」

レジの前に案内され、1万6500円を現金で支払った。男性は器用な手つきで包装する。ふと、その手元に付いていた指輪が気になった。怪しまれないよう凝視する。ゴツめのシルバー製の指輪の真ん中に“赤いウサギ”がデザインされた。はっと息をのみ男性の顔をみる。綺麗な顔立ちで、黙々と飾り付けをする。

 「あの、」

男性はこちらに目を向ける。笑顔が素敵だ。

 「あの、その指輪、どちらで手に入れました?」

今度は視線を指輪に落とす。

 「これですか?これは自分で作ったんです。一時期シルバー系のアクセサリーにハマってまして。」

ニコリと笑って私に見せる。

 「ウサギ、好きなんですか?」 

 「そうですね。まあ好きですよ」

 「変なこと、言ってもいいですか?」

男性は相変わらず笑顔で答える。何でも言って下さい、と。

 「誰かから・・・“赤いウサギのキーホルダー”を貰いませんでしたか?」

一瞬、男性の笑顔が曇った。しかし直ぐに笑顔に戻る。

 「いいえ。どうしてそんなことを聞くんですか?」

出口までお持ちします、と綺麗に包装され、袋に入れられた商品を持って出口まで付いてきてくれた。私は商品を受け取る。

 「いえ。少し気になって。あの、変なこと言ってすいません。でも、でももし今後赤いウサギのキーホルダーを手にすることがあれば、気をつけて下さい。」

私はペコリと一礼し、逃げるようにしてその場を立ち去った。



 「店長、新作の棚だしおわりました。」

 「ああ。ちょっと出かけてくる。店番宜しく。」

急いで階段を駆け下り、出口に向かう。辺りを見回し、先ほどの女がいないか目をこらす。平日でわりかし人通りが少ないとはいえ、皆似たようなコートを着ていて見つからない。手持ちの奴隷は丁度切らしていた。チッと舌打ちをしてDに電話をかける。ツーコールでDがでる。

 『どうかしたか?お前から電話をするなんて珍しい』

 「なあ、前お前がヤった時赤いキーホルダー使わなかったか?」

女を捜しながら、電話をする。すれ違いざまにいろんな女がこっちを見る。

 『ああ。赤いウサギと、青い亀と黄色いゾウを使った』

 「それって今どこにある?」 

 「警察の元にあるだろう。どうして?」 

「いや、今店に来た女がさ、赤いウサギのキーホルダーに気をつけろ的な事を言ってきたんだよね、突然。」

Dが黙る。俺は引き返し、走って反対側の道を探す。

 『・・・赤いウサギなんてどこにでもあるだろう。気にするな。盗聴されている可能性があるから切るぞ』 

 「ああ。」

結局、女は見つからなかった。



 息を切らしながら電車に乗り込む。もうあの店には行けない。ふう、と一息つき、私は黒い紙袋の中をのぞき込む。薫先輩は喜んでくれるだろうか。長くバイトを休んでいるので少し、制服姿の薫先輩に会えるのが楽しみだ。と、ふと大事なことを思い出す。先輩、今日仕事入っているのかな・・・。



 バイト先には店長と奥さんがいた。久しぶりねぇ、身体の方は大丈夫なの?と私を見るなり声を掛けてくれた。店内は混んでいない。ええお陰様で大丈夫です。もう少ししたらお仕事の方、入らせていただきますと言うと、焦らなくて良いのよ、と奥さんは答えてくれた。店長は嫌いだが奥さんの方は好きだ。

 「あの、薫先輩は今日仕事入っていますか?」

 「竹田君かい?ちょっと待っててね。」

奥さんが裏に回ってタイムテーブルを持ってきてくれた。竹田薫を指でなぞり、スケジュールを確認する。

 「あら、今晩入っていたハズなんだけど、木村さんに変わっているわね。次来るのは・・・まだスケジュールが出ていないからちょっとわからないわ。竹田君に何か用?」

 「そうですか。いえ、入院中薫先輩がお見舞いに来てくれたのでこれ、お礼を渡そうと思っていたんですけど。」

奥さんに紙袋を見せる。何かを察したのか、ふふっと笑顔になる。

 「あらそう、残念ねぇ。こっちから電話して聞いてみましょうか?」

 「いえ、大丈夫です。また日を改めて来ます。」

では、とお辞儀をして自宅に帰ることにした。残念。




◆参拾弐

 あたしは今、立川にあるエクセルシオールカフェで一人の女とお茶をしている。赤い目をした、モデル級の容姿を兼ねそろえた女。昨日マスターに言われたことが耳に残って、離れない。

女は余裕を見せつけるかのように、優雅にお茶を楽しんでいる。あたしは焦る気持ちを抑えつつ、女が口を開くのをただひたすら待った。


 「私から言うことは何もありませんわよ。」

カチャン、とコーヒーの入ったカップを皿に置く。両手を組み、ニコニコとこちらを見てくる。

 「じゃああたしから。あのメロディーは何処で聴いたんですか?」

 「夢の中よ。」

 「嘘ばっかり。」

 「あら、どうして嘘だと言いきれるのかしら?」

ああ言えば、こう言う。むっと顔をふくらまし、強い口調で言いのける。

 「あのメロディーは“あたしのもの”だからよ!」

 「ふふっ。お嬢さん、面白いことを言うのね。」

口元に手をあてクスっと笑う。まるで小さな子供を相手にしているかのように。いけ好かない女。

 「嘘だと思うんだったら、聞かせてあげる。」

あたしは立ち上がり、女の手を引っ張る。

 「どちらへ?」

 「だまって付いてきてよ。」

 「まぁ、強引ね。」



駅から少し離れたところにあるカラオケ館。二名、三時間でと伝え、301号室に入る。あたしと女の分のウーロン茶を頼んで。

 「ここで、歌って見せてよ。」

あたしはマイクを手渡す。

 「あなたが本当に夢で見たというなら、歌えるはずよ。」

女はマイクを受け取ろうとはしない。相変わらずニコニコとこちらを見る。

 「歌えないわ。」

きっぱりと断る。

 「だって私、音痴なんですもの。」

 「そんな言い訳。ききたくない。」

 「では、あなたが歌って見せて?もしかしたら夢の中で聴いた歌はあなたの声だったかもしれないもの。」

マイクを握ったまま、黙った。人前で歌った事なんて一度もない。あたしの正体がバレるかもしれない。いや、バレたってあたしはこの世に“存在していない“んだから、身元がバレる事なんて無いんだけれども。失礼します、と店員さんがウーロン茶を持ってきた。ただならぬ雰囲気を察したのか、店員はそそくさと部屋を出る。

 「・・・いいわ。その代わり、あたしの唄を聴いたら、ひとつあたしの言うことを聞いてもらうから。」

 「・・・いいわよ。」

目をつぶり、マイクを置いて深呼吸。

あたしは懐かしい詞で唄を唄った。心が安らぐ、あの唄を。

川の足音、囂々と呻く海、風のささやき、森の呼吸。

この世の言葉では表せない、彼らのコトバをあたしは唄で表す。


目を開ける。女性は目から涙を流してじっとあたしを見つめ、歌い終わると拍手をした。

 「すばらしいわね。あなたの歌声は。」

 「さあ、約束よ。」

あたしはバックからタガーナイフを取りだした。

 「あなたは今から死んでもらうから。」という台詞と同時に女の左胸を突き刺した。が、感触がない。女はあたしの頬に手を触れる。

 「まあ。血の気の多いお嬢さんね。焦らなくても、あたしは既に死んでいるわ。」

 「・・・・は?」

女はあたしの手を触れ、ゆっくりと突き刺したタガーナイフを抜き取る。血は一滴も出ない。

 「驚くのも無理は無いわね。Iさん。」

カランと乾いた音をたててタガーナイフが地面に落ちる。どうしてあたしの“名前”を?女はパッパと汚れを落とすかのように服を払いのける。

 「そんなに驚かないで。私達“仲間でしょう?”」

 「あたしはあんたなんか知らない。」

女はストローを使って、ウーロン茶を飲み出す。これから説明するから、まあ座ってと女に言われ、座る。地面に落ちたタガーナイフを拾い、女に向けながら。

 「私の名前は“U”よ。宜しく。」

手をさしのべられたがそっぽをむく。誰があんたなんかと握手するもんですか。

 「あたしの能力はね、知りたい?」

 「・・・ええ。」

 「ならその物騒な物を仕舞ってちょうだいな。」

しぶしぶバックにタガーナイフをしまう。

 「私の能力は・・・そうねえ、一言で言えば不老不死かしら。」

 「不老不死?」

 「そうよ。どんなものかは説明しなくても聞いたことくらいはあるでしょう?」

 「・・・何歳なんですか?」

 「あら、女性に年齢を聞くなんて失礼ね。歳?数えていないからわからないわ。でもそれくらい長生きしたの。」

Uは腕時計に目をやる。

 「このあと仕事が入っているのよ。もし良かったら日曜夜7時、上野公園で会いましょう。渡したい物があるの。待ち合わせ場所は・・・わかりやすく西郷隆盛の像でいいかしら?」

 「あたしは行かない。」

Uはコートを手に取り、立ち上がった。

 「マスターに捨てられたくなければ、いらっしゃい。」

ガチャン、とドアが閉まった。あたしは目の前にあるウーロン茶を投げつける。悔しい。Uという女はあたしが昨日マスターに言われたことすら知っている。きっとあたしの唄を漏らしたのはあの女に間違いない。あたしは残りの時間、歌ってストレスを発散させた。


 I、お前はもう用済みだ。人々は長生きすることを望んでいないのだよ。わかるね?


知るか知るか知るか!

長生きしようとしまいとソイツ等の勝手じゃん。

あたしは、あたしは何のために“生きている”のよ・・・。

人を生き返らせるためだけに生きているワケじゃないのに!

流れる涙を拭き取りながら、Uが作った『excuses』を歌ってやった。あたしの方が、何倍も上手く歌えるんだから。



 カラオケ館を出る。と、背中から視線を感じる。――警察がつけている。後ろに二人、50代近くの男性と三十代の女性かしら。男性の方は“この前のおじさん”ね。もう一人の方は知らないけど。私は歩くペースを変えることなく、立川駅へと向かった。人混みをすり抜け、上手く警察から逃げるように。電車に乗り込み、彼らが乗り込む前にドアが閉まった。残念ね、また挑戦してちょうだい。携帯電話を開き、Uにメールをする。


 『U、賭けましょう? IとA、どちらがウサギを追うか』

すぐさまメールが帰ってくる。

 『いいよ。俺はAに賭ける。日曜の、満月の夜に決行ね』

 『了解。楽しみにしているわ』


それにしても、Iって子。純粋ね。不老不死なんて言葉、信じちゃって。重ね着と防弾チョッキで有る程度の刃物くらい、防げるのに。




◆参拾参

 「誠さん、鯛ひろしって人が会いたいそうです」

ラジオ週力後、マネージャーがひょこっと顔を出す。またアイツか。

 「いいけど。この後の仕事は?」

 「今夜はこの後フリーです。明日から三日間、大阪でライブがありあます。出発は朝七時東京駅発、新幹線で向かいます。」

 「わかった。じゃあこのまま鯛ってヤツと食事して帰るわ。今から行くから外で待たせておいて。」

 「わかりました。」

俺は荷物をまとめ、ラジオ番組にまでわざわざ足を運んでくれたファン達にサービスをしてから、裏口から出る。ビシッとしたスーツに黒縁眼鏡。相変わらずの身なりだ。立ち話もなんだし、夕食をしながら話さないか、と提案したところ、それなら良い店があると鯛にいわれるままついていった。ファン達が取り囲む。鯛は俺のマネージャーかのように、ファン達から俺を守りながらタクシーに乗り込む。

 「代官山まで。」



 鯛が案内した店はモダンで落ち着いた店で、“隠れ家”的な雰囲気があった。奥の個室に案内され、俺は生を、鯛はウィスキーといきなりかよと突っ込みを入れたくなるような物を注文した。飲み物とつまみ、頼んでも居ないが食事がどんどん運ばれてくる。

 「じゃ、ひとまずお疲れ様ということで。」

乾杯をし、一気に生を飲み干す。仕事終わりのビールはたまらない。肴とサラダ、飯ものをつまみながらお互いの自己紹介をした。本題に入ったのは俺がだいぶデキ上がった頃だ。

 「鯛さん、先日も聞きましたが――あなたはいったい何者なんです?」

 「だから、俺は俺だから。」

 「あなた、死んでいますでしょう?皮を剥がれて、“十日前”に。」

俺は質問には答えず、芋焼酎の村尾をちびちび飲みながら話を聞く。

 「目的は何ですか・・・・Uさん。」

くるくると回していたおちょこがピタリと止める。ゆっくりと鯛の顔をみる。

 「へぇ。あんたただ者じゃあないね。」

俺は一気に村尾を飲み干す。

 「目的?さあ俺にはわからないね。ただマスターに言われたことをやってのけているだけさ。」

 「その唄はどこで?」

 「さあ?知らない。」

 「あんたこそ、誰さ?Iってヤツと一緒にいたから・・・“仲間”なのか?」

 「I?さあ知らない。俺が知っているのはお前がUだと言うことだ。」

 「へぇ。じゃあ何でこの前三人で俺の所に来たわけ?・・・まぁいいや。今回巷で噂されているだろう?皮剥事件のこと。あれは俺がやったのさ。勿論大塚誠もね。あんたもニュースに取り上げられたくなかったらこれ以上つきまとわないことだね。」

鯛はそれ以上何も言わず、席を立ち上がった。Iからのメールだ。


『U、賭けましょう? IとA、どちらがウサギを追うか』

『いいよ。俺はAに賭ける。日曜の、満月の夜に決行ね』

すぐさま返事がくる。

『了解。楽しみにしているわ』


鯛、いやD。今回はあんたをターゲットにはしないよ。楽しみは最後に取っておきたいからね。

外が騒がしくなってきたので俺はトイレに駆け込んだ。“元の姿”に戻り、タイミングを見計らって店の外に出る。外では警察に取り囲まれ、車に乗る鯛の姿があった。窓からチラとこちらを見てきたのでアッカンベーとしてやった。さあて、Aとコンタクトをとるかな。




◆参拾肆

『あり得ないしぃ』

美紀からの電話だ。何故か泣いている。土曜日、昼過ぎ。

 「どうしたの?」

 『大塚誠が皮剥事件に巻き込まれたって』

 「は?」

『テレビつけてみ。朝目。』

嗚咽と鼻をかみながら美紀は話す。慌てて私はテレビを付けた。そこには確かに『大塚誠(19)皮を剥がれて冷凍庫で発見』という題名でどこかの倉庫前に多くの報道陣が詰めかけ、女性リポーターが一生懸命事情を説明している。

 『なんか、冷凍食品の冷凍庫?みたいな所で皮を剥がれてみつかったんだってぇ。マジ犯人許せないしぃ。どぉして誠を狙うわけぇ?』

 「わかんないけど、落ち着いてよ、美紀。」

 『落ち着いてらんないしぃ!つか、なんで憂は落ち着いてるの?』

なんで、と言われても。確かにショッキングな話だがあまり大塚誠に興味がなかったので。キャッチが入った。

 「美紀、ごめん。キャッチが入ったから電話切るね。またかけ直す。」

キャッチボタンを押し、電話に出る。

 「はい。」

 『あ、憂瑠々?木田だけど』

 「お久しぶりです。」

 『ごめね、メール返さなくて』

 「いえいえ。」

 『それでさ、テレビ観てる?』

 「はい、大塚誠の件ですよね?」 

 『そうそう。で、憂瑠々さ、メールで大塚誠がどうのこうのって言ってたじゃん?あれ詳しく聞かせてくれないかな』

 「はい。えっと夢なんですけど、大塚誠と一人の男性が夜、会ってて。で、大塚さんが男性に赤いウサギのキーホルダーを手渡していました。」

 『そのもう一人の男性の顔とかわかるかな?』 

 「それが昨日たまたまなんですけど、マルイメンズ館で買い物をしていたら、そこの店員さんがその男性でした。」

 『うそ!その店名わかる?』

ちょっと待って下さい、と棚に置いてあった紙袋の元に行く。

 「えっと、donvelsって店です。その人は白いスーツを着ていて、指にウサギを描いたシルバー製の指輪をはめています。」

 『donvels・・・ね。ありがとう!助かった。もしかしたらまた電話するかも』 

 「はい。」

 『じゃあ』と言うか言わないかで電話を切られてしまった。きっと事件で追われているのだろう。・・・それにしても、事件が起きるのは満月の夜だと思っていたのに。タイミング良くまた美紀から電話がかかってきたので、仕方なく彼女の愚痴の相手をしてやることになった――。



 「大塚誠?会ったことないですね。」

今日届いたばかりの品を一つ一つ袋から出してはハンガーに掛けながら、女警官の質問に答える。

 「そう。じゃあこれから会う予定とかは?」

 「全く。てか面識無いですよ、大塚誠なんて。テレビでは見たことあるけど。ほら、最近歌流行ってるじゃないですか。」・・・嘘だ。確かに俺は東尚人という偽名を使ってヤツに会った。だが俺は殺してはいない。

 「そうですか。では、最近なにか変わった事はありませんでしたか?」

ビニール袋をゴミ箱に押し込み、段ボールをたたむ。

 「変わったこと?んー。そういえば昨日お客さんに変なこと言われましたよ。」

 「変なこと?」

 「赤いウサギのキーホルダーに気をつけろ。とか。」

チラと女刑事の顔をみる。表情を変えないようにしているようだが、“目はかくせない”

 「それは面白いことを言われましたね。その後赤いウサギのキーホルダーを手にしましたか?」

 「いや。」

 「そうですか。もし何かありましたらこちらに連絡して下さい。」

女警官から名刺を受け取り、一応店の外までついて行き、お辞儀をしておいた。木田真紀子―か。まあ場合によっては使えるかもな。DやIに連絡を取りたいが、どうやら本格的に警察が動き回っているらしい、ここは大人しくしておくか。サングラスをかけ、黒いコートを身につけた男性がやってきた。いらっしゃいませ、と部下が接客をする。俺は控え室に戻って新作の品分けの続きをした。

 「店長、あの、お客さんが店長を呼んでいるのですが。」

クレームか?先ほどの黒コートの男だろう。面倒くせぇな。スーツを正して控え室から出る。代わりに部下に品分けをやらせて。

 「お待たせいたしました。何かございましたか?」

男はサングラスを取る。その顔は紛れもなく、“大塚誠”だった。

 「明日の夜七時お台場海浜公園に来い。お前に渡す物がある。」

そう言って、またサングラスを掛けて立ち去ろうとした。

 「ちょっと待てよ。」と肩を掴もうとしたが、別の客に呼ばれてしまい、仕方なく見逃してやった。


テメーは一体何者だ?ニュースじゃ死んだハズじゃなかったのかよ。




◆参拾伍

 ふぅーっとたばこをはき出す。今日は疲れた。獲物を目の前で取り逃がしたのが悔しくて仕方がない。よぉと田中が入ってきた。片手を上げて挨拶をする。コイツに構っている気分はない。

 「どうした?らしくないじゃん。」

ん、と差し出したBOSSをども、と受け取る。私はあまりBOSSが好きではない。田中は午後の紅茶、しかもミルクティーと決まっている。よくそんな甘いもの飲めるなといつも感心する。灰ばかりになったたばこの火を消し、BOSSを口にする。やっぱりBOSSは好きではない。

 「らしくないって?」

 「お前らしくないじゃん。落ち込んだりして。」

 「落ち込んではない。ただ悔しいだけ」

ふーん、と午後の紅茶を飲み干す。胸ポケットからマイルドセブンを取り出し、おぼつかない手つきで火を付ける。

 「田中ってたばこ吸ってたっけ?」

 「いや。最近吸い始めた。」

 「なんで?」

 「なんか格好良くない?」

ニカっと笑い、私は口にくわえたたばこをひったくって消す。

 「格好いいとかバカじゃねぇの?ガキか。」

 「うるせぇ。じゃあ何でお前は吸ってるわけ?」

それは、と言いかけて止めた。わざわざ自分の過去をさらけ出せるような相手ではない。

 「お前には関係ねーよ。それより鯛ってヤツから何か聞き出せたのか?」

話を切り替える。

 「あのサイトを作った理由は興味本位だってよ。実際に書き込んだりするのはユーザーだから皮剥事件とは関係ないし、石倉に会ったこともないそうだ。」

 「じゃああの名刺がどうして落ちてあったの?」

 「詳しく調べたら石倉があの場所を使う一時間前に鯛が使ったらしい。掃除のし忘れで名刺が残ったとか。」

 「鯛ってやつはあそこの常連なの?」

 「いや、その時が初めて利用したらしい。」

 「・・・なんか都合が良いわね。引っかかる。」

 「まぁな。アリバイもあるし、これ以上ヤツを拘束する理由がないからさっき帰したよ。でも、」

よっこいしょ、とジジくさい。田中は立ち上がり、喫煙ブースを出て行った。“でも、俺はアイツをにらんでいるから今後も後をつける”でしょ?血の気の多いところは昔っから変わっていない。携帯が鳴る。憂瑠々からだ。

 「もしもし。」

 『あ、憂瑠々です。今忙しいですか?』

 「いや、大丈夫だよ。どうした?」

二本目のたばこに火を付ける。

 『ふと、夢のことで思い出したことがあって。・・・大塚誠さんって本当に死んでいます?』

 「ん?死んでるよ。今司法解剖しているとこ。」

 『・・・ですよね。夢で大塚誠さんが“いくら調べても俺は死んでいることになっている。でもちゃんと俺は生きている。”って言っていたんです。でもそんな事ってあり得ないですよね?』

 「まあ。あり得ないね。・・・ちょっと待って。」

私は何か大事なことを見落としていないか考えた。記憶を辿り一つずつ確認する

 『そもそも、どうして皮を剥ぎ取っているのに大塚誠さんだってわかったんでしょうか?』

それだ!確かにそうかもしれない。免許証から大塚誠本人だと決めつけていた。だが本当に大塚誠だという証拠は何処にもない。

 「確かに。ごめん、ありがとう!ちょっと切るね。」

私は喫煙所を飛び出し、上田の所へ行く。

 「上田先輩、司法解剖で何かわかりました?」

前田と立ち話している上田を捕まえる。

 「いや。どうした?」

 「あの死体って本当に“大塚誠”のものですかね?」

前田と上田は顔を見合わせる。私が言いたいことを察したようだ。ちょっと聞いてくるよと前田は駆け足で出て行く。嫌な予感がする。




◆参拾陸

 満月の夜。木枯らしが身体を締め付ける。西郷隆盛の銅像に赤いコートを着たUが立っていた。あたしはゆっくりと近づく。Uもあたしに気がつき、近寄ってくる。

「コレを、どうぞ。」

Uがあたしに赤いウサギのキーホルダー”を手渡した。見覚えのあるキーホルダー。Dが作ったものだ。

 「なに、これ。いらない。」

突き返そうとする。しかしUは両手で私の手に握らせた。

 「あなたは今悩んでいますね?それを持っていると幸運の赤いウサギが現れます。それを追ってごらんなさい。きっと、あなたが求めている答えがそこにありますから。」

 「意味わからない。コレあんた何だか知ってるの?」

ニコリと微笑む。

 「ええ。知ってますよ。コレは“ボタン”でしょう?押してご覧なさい。するとあなたに次々と仕事が舞い込むわ。勿論、マスター直々に。」

つまり、マスターに依頼できるほどのお偉い様達が死ぬ、と言うことか。ふっと鼻で笑う。こんなもの無くたってあたしは生きていける。

 「本当かしら?」

 「え?」

 「本当にあなたは生きていけるかしら?振り返ってご覧なさい。あなたは何のために生きてきたの?あなたは今まで何をして“存在してきたの”?」

冷たい風が吹き抜ける。あたしが存在してきた意味。記憶を遡っても、両親はおろか、自分の名前すら知らない。気がつけばそこに居て、生きていた。いや、生きる目的なんてなかったから死んでいたのかもしれない。マスターに拾われるまでは。Uはぎゅっとあたしにキーホルダーを握らせ、立ち去った。


 あたしは、あたしは。

 自分の能力なしで生きていけるだろうか?

 生きる意味があるのだろうか?




 満月の夜。海風が身体を締め付ける。お台場海浜公園のベンチに大塚誠が座っていた。俺ははゆっくりと近づく。大塚も俺に気がつき、立ち上がって近寄ってくる。



 「あなたは今悩んでいますね?いくら調べても俺は死んでいることになっている。でもちゃんと俺は生きている。不思議で仕方がない。そんなあなたにプレゼントです。そのウサギのキーホルダーを手にしていると赤いウサギがあなたの目の前に現れます。そのウサギを追って下さい。その先に、あなたが求めている答えがきっとあるはずです。」

突然大塚が口を開いたと思ったら、赤いウサギのキーホルダーを差し出してきた。店に着た女の台詞が脳裏によぎる。“気をつけて”と。

 「いらねぇな。そんなもん。」

ニタニタと笑う。

 「本当にいらない?これが何だか知ってて言ってるのかな?」

 「“ボタン”だろ?だいたい何でお前が持ってるんだよ」

 「そう、ボタン。なんで持ってるかって?さあ。でもこのボタンを押せば“俺を殺せる”よ。」

風が吹き、キーホルダーがゆらゆらと揺れる。小さな鈴がチリンと音を立てる。

 「へぇそれはそれは。わざわざ自分の弱点を敵に与えるなんてえらく気前がいいですね。」

 「敵?違うよ。僕らは“仲間”だよ。」

 「は?」

 「申し遅れました、Aさん。僕の名前はU。君達と同じ、神の子さ。」

ビュウっと強い風が吹く。ウサギがジタバタと駆けめぐる。

 「・・・神の子?俺達の他に仲間なんているわけ?」

血の気のない顔が、奇妙な顔つきになる

 「ええ。そうです。そんなこと、身をもって解っているでしょう?“認められていないだけで存在している者は確かに存在している”と。自分たちが特別なんかじゃないんですよ。おっと、おしゃべりしている時間はありません。いいですか?この“ボタン”をIさんより早く押すんです。そしてIさんより早くウサギを追って下さい。でないとIさんは死にます。」

 「は?どういう事だよ?」

 「Iさんのも同じ物を渡しています。つまり、ゲームです。君がIさんよりも早くウサギを捕まえることが出来れば僕らの負け。僕らは死にます。でもIさんが先にウサギを捕まえたら、あなたとIさんは死にます。」

大塚誠は手に持ったキーホルダーを話す。チリンと音を立てて地面に落ちる。

 「ゲームスタートです。さぁ、早く押して下さいね。そして早くウサギを捕まえて下さい」

追い風が強く吹き、目を背けた一瞬のうちに、大塚誠は姿を消した。地面には、赤いウサギのキーホルダーがぽつんと置かれている。

 「ゲームね。面白いじゃん。」

俺はキーホルダーを握り潰した。

女の忠告を忘れて。





 「今回はとても興味深い」

それはどこかのホテルで、ただならぬ雰囲気を醸し出した人たちが。

 「私は、Dに百」

 「俺はDに三百」

 「みなさんDですか。じゃああえてここはAIに五百」

 「無駄金だよ、俺は断然Dに六百」

貴族の遊び、命を賭けられてコマ達。

 「でもAIが死んだら、一気に手駒が減ってしまいますね」

チェスのコマが二つ、ピンと飛ばされ、倒れる。

 「おいおい、まだ死んでいないぞ。俺はAIに900だ」

薄笑い、大きな手が倒れたコマを立て直す

 「代わりなど、いくらでもいるさ」


 貴族の遊び、大人の遊び。

 彼らは知らない、自分たちが

 チェスのコマに過ぎないことを。


 「さあ、ゲームの始まりだ」

誰かがかけ声、誰かがカードを一枚めくる


止まらない、貴族の遊び。


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