プロローグ
◆壱
「今日は五人、ヤった。お前は?」
「六人。あたしの勝ち。Dは?」
「んー。今日は2社ほど。」
「少ないじゃん。」
「まぁね。」
東京の、あるマンション。高層ビルっていうヤツ。景色は最高。あたし達はいつも、ここに集まる。と言うよりここしか“居場所”がない。
「そいやさ、A。今日あの社長ヤったでしょ?」
ワインを嗜むA。遊び人だけど面は良い。あたしは断然ビール派。しかもモルツ。あたしの面?まぁまぁじゃない?
「んー?何で?」
ふわふわ、革ソファーに、洒落た家具。旨いつまみ。サイコーと言わざるをえない。
「あたし、ヤったんだよね。その社長を」
「うわーマジかよ?また依頼来んじゃん。」
「そしたらあたしがまたヤる。よくない?稼げるし。」
「もうその社長の会社はヤったから、稼げないよ。」
ウィスキーを嗜むのはD。眼鏡の似合う美男子。
「えー。じゃあ稼げないじゃん、あたし。」
「大丈夫。Aの依頼主の会社もヤったから。」
「おー怖い怖い。Dはいつも俺らの後ろに居ると思ったら先回り。」
「お互い様。」
ははっと笑い合う。私達は東京タワーを見つめた。本名は、知らない。と、いうか、“無い”あたしたちは“存在していない”この世界では。
私達は、神の子。
君達人間には持っていない能力を持っている。
信じられないでしょ?
仕方ないよね、だって自分にないモノは認めないのが人間だもの。
まぁ、せいぜい楽しんで?
あたし達がこの世界を滅ぼすまで。
◆弐
今日も張り込み。足下に置いた灰皿代わりの缶コーヒーにどんどんたばこが溜まる。
「どうだ、動きは?」
ROOTSのブラックを差しだしてくれたもっさいオッサン。正確に言えば私の上司。
「どもっす。」
貰ったROOTSの蓋を開ける。パリっと言う音がたまらなく好き。
「お前、たばこ吸いすぎだろ。」
「たばこなきゃやってらんないですよ、この仕事は。」
たばこに火を付けようとしたその時、遂にターゲットが現れた。一気に緊張感が上がる。今回のターゲットは薬の売人、場所は住宅街で、普通の主婦だ。前に小さな子供を乗せ、後ろにはスーパーの袋を積んでいた。女性は公園に入り自転車を止めて子供を下ろす。近くのベンチに腰掛ける。するとさっきまで子供と遊んでいた女性が、ベンチの方へと近づく。お互い話しかけることなく、ベンチに女性が座り、すぐに立ち上がった。
「みえたか?」
「バッチリ」
「いくぞ」この瞬間がたまらない。
片方の女性が私達に気づいたのか、急に走り出す。私は全速力で彼女を追う。もう一人は上司が。
「奥さん、どうして逃げるのですか?」
子持ちの女性を捕まえるのは容易い。すぐに腕をつかみ、彼女も観念したのか、
「すいません」と一言。ああ、これだから辞められないのよね、悪人に悪だと認めさせる。刺激的で、優越感に浸れるこの仕事は。
“現場”以外興味がない私は容疑者をさっさと上司に預けて帰宅した。久々の帰宅。張り込んで三日、身体に異臭がする。気にしないけどね。カードキーでドアを開け、久々の自宅に入る。むわっとした熱気と共に異臭が顔を覆う。ああ、やっちゃった。急いでリビングに駆け込み、カーテンを開け、全ての窓を開ける。今日は風が吹いて良い。熱気と共に異臭が外へと流れ出す。一息つく間もなく区指定のビニール袋を片手に戦場に向かった。のしっと重い空気。運良く虫はいなかった。曲がるような異臭のする、汚れた食器や生ゴミケースをビニール袋にぶち込んだ。ぎゅっと口を縛り、ベランダへと出す。そろそろベランダにあるゴミも捨てなきゃな、と思いつつ、ここの窓だけしっかり閉める。やっと一息、一人がけのソファーに身を任せ、テレビを付け、買ってきたスーパードライを片手で開けてイッキ飲み。おつかれさまーっす、自分。また明日から頑張りましょ。食器、買わなきゃな、と考えつつアイツのことがふと蘇る。ずっと昔の旦那のことを思い出すなんて、女々しいな。でもアイツがいてくれたらこの家をもっと綺麗に有効に使えるのに。なんて考えているうちに深い眠りについてしまった。
◆参
携帯電話の着信で目が覚める。寝ぼけながらも、電話に出る。「ごめん、出席お願い」そういって電話を切る。また寝過ごしたという罪悪感よりもまだ寝られるんだという喜びをかみしめながら、布団にくるまった。
次に目が覚めた頃には、既に太陽は一番高いところに。クーラーをガンガンにかけながら、冬の羽毛布団で寝る幸せ。シャワーを浴びて、歯ブラシを口にくわえながらテレビを付けて携帯を開く。「依頼」というタイトルが20件も溜まっていた。面倒だけど、年に二回の稼ぎ時。私はノートパソコンを開き、ワードを立ち上げる。ふう、と一息つくと同時に夢中になって指を動かした。何も考えずに、ただひたすらに指を動かす。難しい言葉の羅列があっという間にページを埋め尽くす。文章が出来上がると早速五十枚ほど印刷する。しばらくすると携帯電話が鳴る。シカト、また鳴ったので仕方なく出る。
「もしもし。」
『あ、憂?あのさ、例の件なんだけどー』
「今作ってる。」
『マジ?助かるーそれでさ、それいつ出来上がるかな?』
「今日の夜には。」
電話を肩で押さえながら、指を動かす。
『じゃあさ、いつ取りに行けばいいかな?』
「今日来られる?大学の近くにあるジョナサンに。」
『行く行く。何時に行けばいい?』
「んー、七時。」
『わかった。みんなにも知らせとくね。額はいつもと同じでいい?』
「お願い。」
電話を切るとそこら辺へ放り投げる。
時間通りにジョナサンに付く。こっちこっちと真優が手招きする。
「ごめんねー、せかしちゃって。」
店員がお冷やとおしぼりを出す。
「全然。」
真優が若鶏のみぞれ煮を注文した。私は分厚いA四サイズの茶封筒が入ったバックを渡した。真優は中を確かめ、代わりに銀行の袋を私に差し出した。
「いつもありがとうございます。」
「お互い様。」
「じゃあ、冬も宜しくね?あ、私この後バイトあるから。また今度遊ぼう?じゃね。」
そういって真優は風のように立ち去った。私は十分後に来た若鶏のみぞれ煮を夕食代わりに平らげ、ジョナサンを後にした。
袋には帯が付いた札束が二つ。
私にしかできない、ビジネス。
物心ついたときから、“読める”のだ。相手の脳の中が。そして読み込んだ情報は“決して忘れない”目と目を合わせるだけでまるで自分が情報の一部となったかのように、脳内を駆け巡り、必要な情報を抜き取る。もちろん相手は気づいていない。そうやって私は教授達の脳に進入し、テスト内容を頂く。皆、「テストそのものみたいだ」と私がまとめあげた情報を欲しがる。一講義三千円。もちろん、自分の大学ではやらない。
真優は高校からの友達で、二流大学に通っている。
神から与えられた能力に感謝しながら、部屋で札の枚数を数えるのが私の生き甲斐。