4.朝が来た
「朝だよ、朝。……夜が明け太陽が東の地平線から姿を現しました。人はこの時、目を覚まします。よって起きなさい、起きろ、動作開始っ! 起動っ!」
優しい彼女の声で彼は目を覚ます、それが本日の『夢物語』である。夢の中での覚醒は矛盾を孕みそうで意外の事ではない。なぜなら彼にとって夢は現実であり、夢の無い時間帯は一切の反応を見せない。よって『無』の状態からの夢は意識活動の始まり、起床と同様と考えられる。
早朝、彼の自室を訪れた彼女はまだ寝ている彼を起こし、その後、約束の場所へと移動するため彼女は部屋のカーテンを『これでもか』という具合に解放し陽の光という洗礼を彼に集中砲火。これにより彼の身体機能は再起動し彼女の指示に従うようになるだろう。
これらの状況を私は映像として認識・記録している。彼の見る夢は脳からの微細な情報を感知した観測機器が増幅、私とはまた別のAIが情報を解析し、くっきりハッキリした映像として私に届けられる。——と、あれば良いのだが実際は私たちが用意した『夢物語』を基本に情景を構築、そこに彼が居るものとして映像化したものであり、本来のデータは理解不能なノイズ、凡そ理解不能なものである。それが鮮明な映像となっているのはAIが作り出した、謂わば想像の産物である。だが私たちの手法には大きな利点があり、しかも彼の夢を利用していることにも関係してくる。仮に彼が彼女の声を夢の中ではなく現実に耳で聴き、それを理解した場合、その時点で彼女の声は彼女ではなく見知らぬ他人の声と認識されてしまうだろう。それでは最初から私たちの計画が成立せず、彼の意識を探るということの難易度が上昇してしまう。そこで私たちは彼の見る『夢』に注目、『夢』というフィルターを通すことで偽りが真実になる。つまりAIである彼女の声が彼の夢(想像力)で本来の彼女と認識(誤認)され、ノイズだらけの不鮮明な世界が彼自身の夢によって具現化された現実へと昇華される。そう信じて疑わぬ今日この頃である。
物語は朝を迎えた。ここで意外に思われるかもしれないが自室のベッドで睡眠中の彼、その彼を目覚めさせようとしている彼女の姿を彼はまるでテレビを観ているかのように傍観しているようである。それは私が見ている立ち位置と同類のように思われるが(但し、映像自体はかなり異なっているはずである)、自身が夢を見ている状態であるとは認識していない。矛盾がありそうだが夢とはそういうものであり、全ての事柄に理由が存在していないのも夢の夢たる所以であろう。しかし、夢であることの利点が最大限に発揮している場面でもある。彼の認識する自室は一寸違わず実際の部屋そのものであり、彼女の存在も実在する人物と同一である。それらは私が見ている映像とは異なるものであるが、彼の認識が重要であるので問題は無い。それは全ての相違は彼自身の夢によって補正が行われているため、彼の言動が確認できる程度の情報があればそれで十分な私たちであるからだ。
睡眠中の彼の行動を注視すると(彼も第三者的に現状を見ているので、こちらの『彼』が本来の意識である可能性が高い)目覚める様子は伺えない。それらをただ見つめる彼、「起きろ」と同じ言葉を繰り返す彼女。これは、一瞬を凍り付かせたような、まさしくシュールという言葉が適切な状況である。なので私は次の展開の予測を行うこととした。勿論それは記録されることはないが、観察者として事前に計算しておけば、処理時間の短縮に繋がるからである。
私の未来予測では、彼の本体ともいうべき意識はやがて本来の位置(ベッドで寝ている彼)に戻り、何事もなく目を覚ます。そして夢は次の段階へと物語を進めるのではないか、というものである。私たちが用意した『夢物語』は朝、彼が目を覚すところまでであり、その続きは彼に任されている。よって彼には朝という状況から目覚めることを期待してのこともあるが、自分自身を見つめる彼には必ず変化若しくは反応があると想定していたからだ。
彼の視線(ベッドで寝ている彼ではなく、自身を見つめる彼)が動いた。——が、それは何かしらの行為の前兆ではなく、微かに動いただけである。その後は微動だにせず(動かした眼球もそのままを維持)、その他の動作は認められない。そうしてまた、このままの状態が続くのかと思われた時、彼の口元が少し動いていたようだ。『ようだ』というのは記録を遡ってもその瞬間の記録が欠落しており確認することは出来なかったものの、以前とは異なっていることは確かである。すると……(計算中)、何かを思考している可能性がある。しかし残念ながら私たちの現在の技術では彼の思考を探ることまではできない。彼がそれを発声し具体化した状態でなければならないのだ。よって私たちはその瞬間を待たねばならない。