7話
「うっま……」
俺は咲と言葉を交わす七海の横顔を見ながら、思わず小さく呟いていた。
いやいやいや、なんだよあれ。
ギャルって、もっとこう、ノリ重視の盛り上げ番長かと思ってたのに。
マジでうますぎる。音程もリズムも完璧。
高音なんか鳥肌立ったし、ロングトーンも聞き惚れてしまった。
七海は軽く照れたふりをしながら、ドリンクをちゅーっと吸っている。
歌い終わった直後とは思えないほど呼吸も乱れてなくて、完全にバケモンだなって思った。
そして次――マイクが咲の前にスライドされる。
「え!? わ、わたし!? 次!?」
「咲の番ー! いつも歌ってるやつでいいよー」
「い、いや……久しぶりすぎて……」
咲はもじもじしながらリモコンを操作して、画面に小さなアニメ系のタイトルが出た。
あ、なんか見たことある……たぶん子供向けアニメのエンディング曲かなんかだ。
イントロが流れ始めると、咲はマイクを両手で持って小さく深呼吸した。
ほんと、猫が新しいクッションに座るときくらい慎重だった。
「~~~~♪」
歌い始めた瞬間、俺は七海を思わず見た。
俺の視線に気がついた七海が悪戯っぽく微笑む。
なんと言えばいいのか、すごいギャップだ。オブラートに包まず一言で言えばそう……幼稚園児?
声が、マジで、たまごボーロ食べてそうなレベルで幼い。
細くて、ふわふわしてて、鼻にかかってて、なんか妙にクセになる。
そして何より、恥ずかしがってるのが伝わってくる。
顔がちょっと赤くて、視線はずっとテーブルの上。
マイクも口元からちょっと離れてるし、肩も縮こまってる。
ただ――不思議と、リズムはちゃんとしてた。
テンポが走ったり、遅れたりすることはなくて、ビートには合ってる。
それが逆にギャップになってて、変な中毒性がある。
(なんか……変なセンスあるな、咲)
歌い終わると、咲は「ふぅ……」と小さく息をついて、そっとマイクを戻した。
「ご、ごめんね、なんか、変な歌で……」
「いや、めっちゃ良かったよ」
七海が素で言ってるのがわかった。
二人は仲いいらしいし、七海は咲の歌声を聞き慣れているだろうことがわかった。
「うんよかった。かわいいしほっこりした」
「あはは……。ありがと」
「じゃあ、次は……」
七海がデンモクを操作しながら、俺の方を見た。
唇の端が、いたずらっぽく持ち上がる。
「朝倉、いこっか」
「……え?」
「今、逃げようとしたでしょ」
完全に見透かされていた。
というか、まだ何もしてないのに逃げようとしたってどういう読心術だよ。
「いや……別に、今日は歌うつもりなかったっていうか……」
「それ、さっきのこの曲、最近よく聴いてるんだよねって言ってたやつでしょ?」
「え、聞いてたの?」
「もちろん」
即答された。
やばい、やっぱこのギャル、観察力の鬼だ。
「いやでも、その……まだ人前で歌うとかそういう感じじゃないっていうか……」
「人前って、あたしと咲だけじゃん。ほぼ一人じゃん」
「なんだそりゃ」
「ほら、歌う歌う。朝倉の歌、聴きたいなー?」
七海がわざとらしく咲のほうを見た。
咲は「うん……聴いてみたいかも」と小さく頷いた。
いや、あの、かわいいんだけど、その……。
マジで逃げ道が、ねえ。
七海はにやっと笑って、俺の目の前にマイクを置いた。
このギャル、ほんとに逃げ場を作る気がない。
咲がちょこんと小さく拍手する。
完全に流れができてた。
(……やるしか……ねぇよな)
ため息まじりに覚悟を決めて、デンモクをスクロールしながら、最近よく練習してた曲を選ぶ。
このために歌ってきたわけじゃない。
でも、ほんのちょっとだけ――誰かに、聴いてほしいと思ってた。
七海がデンモクを受け取って、曲を入れてくれた。
イントロが流れ始める。
緊張で指先が冷たくなる。
喉がカラカラして、うまく声が出るか不安だった。
(落ち着け……声を出すだけだ。いつも通りでいい)
喉を鳴らして、タイミングを見て、声を出した。
……なんとか、震えずに歌い始めることはできた。
視線はテーブルの端。咲も七海も見ない。
ただ、曲のリズムに集中する。
音程を意識して、言葉の強弱を調整して――
(最後まで、ちゃんと歌いきれ……!)
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