6話
部屋のスピーカーから流れるサビが終わると、マイクを持っていた女子がひと呼吸ついた。
曲が終わった瞬間、静まり返る。いや、俺の頭の中だけが。
(う、うますぎんだろ……)
俺は絶句していた。ガチで。
この女の子、ギャルっぽい見た目してるのに、今の歌――まじでプロじゃねえの?ってレベル。
高音の伸びもすげぇし、リズムも外してねぇ。声も艶がある。何あれ。
彼女――名前はたしか七海って言ったっけ――はマイクをテーブルに戻すと、こちらを見てにこっと笑った。
自信満々で、挑発的な表情。
「どう?」
声も可愛い。やばい。なんだこの人。
「……」
返事ができなかった。口が開いたままだった。頭が処理追いついてない。
その横で、咲が拍手しながらのほほんとした声を上げる。
「ななちゃん、ほんと上手~。なんかライブ行った気分になったかも」
「えへ、ありがと~。でもちょっとだけ緊張したかもー」
なんだこの空間。俺が入ってていいのかこれ。
ていうか、どうして俺は女子二人とカラオケボックスにいるんだって話だ。
状況を整理しよう。
──きっかけは、あの一言だった。
(……次の歌、もっとちゃんと歌わねぇと)
あの日、誰もいない廊下の踊り場で俺が漏らした独り言。
まさか、あんなところで聞かれてたとは思ってなかった。
「ねえ、それ、どういう意味?」
振り返ったらそこにいたのが、七海だった。
明るい金髪に近い茶髪。制服のスカートは短くて、ネイルもばっちり。
だけど目つきは鋭い。というか、観察力あるタイプだって、会ってすぐわかった。
「いや、なんでもねぇよ」
「嘘。歌のことだよね? 次の歌って言ったよね? 誰かとデュエットするとか? カラオケ大会とか?」
「違うって、そういうんじゃなくて――」
「スマホ見てたよね?」
「え?」
「投稿サイトとか、開いてなかった?」
うっ。
心臓がドクッて跳ねた。顔が引きつるのが自分でもわかった。
「なんで、それ――」
「だって、歩きながらスマホ見てて、明らかに更新ボタンみたいなの押してたし、ページが白地でちょっとだけ見えた。上の方に再生って字あったもん」
(なにその観察力)
「しかも、ひとりでもっとちゃんと歌わねぇととか言う? やってる人じゃん、絶対」
俺は完全に詰んでた。
心臓の音がうるさくて、声なんか出せる状態じゃなかった。
そんな俺の反応を見て、七海はニヤッと笑う。
その笑みが、完全に「図星だね」って言ってる。
「てかさ、咲と最近、仲いいよね?」
唐突に話題を変えられて、思わずまばたきした。
「……いや、別に。そんなでもないけど」
「ふーん。でもよく話してるじゃん。廊下とか、昇降口とか」
(見られてたのか……)
「いや、なんかたまたま、そういうタイミングが多かったってだけで」
「へー? たまたま、ねぇ」
七海の目が細くなる。
からかってるような、探ってるような、でもどこか楽しそうでもある。
「でも、咲が他の男子と話してんの、あんま見たことないけど?」
「……そうなん?」
「うん。あの子、わりと人見知りだからさ。男子とは特に」
「……まあ、たまたま」
七海はその返事に「ふーん」とだけ返して、スマホを操作しながら歩き出した。
俺はなんとなく並んで歩いてしまって、流れで一緒に昇降口まで来ていた。
「でさ」
靴箱の前で、七海が振り返る。
軽く髪をかき上げながら、いたずらっぽい目を向けてきた。
「今日、咲とカラオケ行こうと思ってたんだよね。よかったら、一緒に来ない?」
「は?」
「ほら、ちょっと気になってるんだよ。歌、どんな感じか」
「……」
「別に、歌えとか言わないし。聴き専でもいいからさ。ね?」
そのタイミングで咲が昇降口に現れた。
俺に気づいて、小さく会釈する。
七海がちらっと視線を向けて、にっと笑う。
「咲もいいってさ。行こ?」
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