47話
放課後、駅前のカフェは部活帰りの学生や買い物客でほどよく混んでいた。
俺と咲と七海は、窓際の四人掛けテーブルに向かい合って座っている。
アイスコーヒーのグラスには、氷がゆっくり音を立てていた。
七海はスマホを横向きにして画面を見せながら、配信で使うカメラの角度について話している。
「ほら、この位置なら部屋全体映らないし、背景も生活感出ないでしょ」
「へぇ……」
曖昧な相槌を打った瞬間、七海の指が止まった。
顔を上げると、彼女はまっすぐこっちを見ていた。
「ねえ智也、そんなんで大丈夫なの?」
「……そんなんって?」
「ここ最近、ずーっと上の空じゃん。当てて上げようか? ……玲奈のことでしょ」
思わず視線を逸らす。
「いや……」
声が自分でも驚くほど歯切れ悪くなる。
「前も言ったけどさ、今の智也には何の関係もないんだよ。玲奈のこと気にしながら初めての配信がうまくいくと思う? 器用じゃないんだし無理でしょ」
七海の声は低いまま、淀みなく刺さってくる。
「……そんな言い方、なくないか」
向かいの咲が慌てて手を上げる。
「ななちゃん、言い過ぎだよ」
けれど七海は引かない。
「言い過ぎ? 私は事実を言ってるだけ。本番近いのに、頭の半分どころか八割そっちに行ってるじゃん」
「そんなこと──」
「あるでしょ。顔に書いてあるよ」
その言葉に反論の言葉が喉で詰まった。
カフェのBGMや隣の席の笑い声までがやけに遠く感じる。
七海はスマホをテーブルに置き、俺の目をまっすぐ見た。
「私は智也の初配信を成功させたいだけ。でもさ、中途半端な気持ちで配信なんてやったら絶対失敗するよ?」
「……失敗って、なんだよ」
「そんな状態で歌っても、声に全部出るし、リスナーにはバレバレ。初めての配信って一回しかないんだよ」
「だからって」
「そっちのことで頭がいっぱいなら無理してやるより、そっちを優先したら? 中途半端に両方やって両方失うのが一番バカらしいでしょ」
わざと挑発するような一言だった。
「ななちゃん、それは言い過ぎだよ……智也くんだってちゃんと考えてるんだから」
咲が慌てて口を挟む。視線は俺と七海の間を何度も行き来している。
「考えてるだけじゃ意味ないでしょ」
七海は表情を崩さず、さらに言葉を重ねた。
「でも、そんなふうに突き放す言い方しなくても」
「……勝手に言ってろよ」
自分でもわかる。語尾が硬くなっていた。
七海はストローをグラスに落とし、椅子を引く音を立てる。
「今日はバイト。お先」
席を立ち、迷いなく出口へ歩いていく背中を咲と一緒に見送る。
扉が閉まったあと、わずかな沈黙が落ちた。
咲が、ため息混じりに口を開く。
「ああ見えて、ななちゃんは智也くんのことすごく気にしてるんだよ」
「……気にしてるやつの言い方かよ」
「まあ、優しくはなかったね」
「……」
「でも、本気で心配してるのは本当だと思う」
俺は何も言わず、ただグラスの氷をストローで突いた。
視界の端で、窓の外を行き交う人の影が揺れている。胸の奥には、さっきの言葉の棘がまだ刺さったままだった。
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