3話
夜の静けさが、やけに耳に響く。
スマホの画面だけが、部屋の中で光ってた。
歌のページ。
再生数は40をちょっと越えたくらい。
いいねも、コメントも、そのままだった。
(……だよな。俺の声なんか、誰が聞くんだよ)
布団に潜って、スマホを顔に乗せた。
そのまま目を閉じた。
でも、頭の奥で、ふと咲の声が蘇った。
「無理しないでね」
あのときの咲の顔が、ぼんやり浮かんだ。
茶色がかった髪が肩で軽く揺れて、目元が優しくて。
耳に髪をかける仕草が、なんか妙に可愛く見えた。
制服のリボンがちょっと曲がってたのも、咲らしいなって思った。
(……心配してくれたんだよな)
無理して「平気」って言った自分が、余計に情けなく思えた。
スマホの画面を見た。
小さな「いいね」の数字。
たったそれだけのものに、救われた気がしてたくせに。
(……このまま何もしねぇほうが、よっぽどダサいだろ)
布団を蹴飛ばした。
深夜の冷たい空気が肌に触れて、少しだけ頭が冴えた。
机の上に置いたスマホを取って、ボイスレコーダーを起動した。
息を吸った。
一度吐いて、もう一度吸った。
歌った。
今度は、泣きながらじゃない。
ただ、真っすぐに声を出した。
かすれた声だった。
でも、それでもいいと思った。
録音を止めた。
イヤホンで聞き返した。
「……マシだな」
深夜のテンションじゃなく、ちゃんと自分の耳で確かめた声。
前よりは、少しだけ、ちゃんと歌えてる気がした。
(俺は俺の声で勝負するしかねぇだろ)
投稿ボタンを押した。
すぐ伸びるわけじゃないって、わかってた。
でも、胸の奥の何かが、少しだけ軽くなった。
次の日。
学校の廊下で、咲とすれ違った。
「おはよ、智也くん」
小さく手を振る咲。
「はよー」
咲の背中を見送りながら、ポケットのスマホをギュッと握った。
(……続けるしかねぇだろ、俺は)
帰宅後。
また録音した。
今度はスマホのマイクだけじゃなく、少し調べてアプリで音質をいじってみた。
深夜のテンションじゃなく、真面目に、自分の声と向き合った。
(……もっと、ちゃんと歌おう)
そう思ってから、俺は毎晩スマホと向き合った。
最初は録音しては消しての繰り返しだった。
息が続かなくて声が裏返ったり、音程がズレたり、聞き返すのが恥ずかしいくらい下手くそだった。
だけど、止まれなかった。
部屋にひとり、スマホ片手に、深夜まで声を出した。
「ここ、もっと伸ばせねぇか……」
「高音、キツすぎるな……」
自分の声に何度も文句を言って、何度も録り直した。
それだけじゃなかった。
歌う曲も、自分なりに考えた。
誰でも知ってる流行りの曲じゃ、埋もれる。
だから、昔好きだった曲を選んだ。
あんまり有名じゃないけど、歌詞が胸に刺さる曲。
(俺が初めて勇気出して歌った歌だし……これに賭けてみるか)
歌詞カードを見直して、メロディを何度もなぞった。
その曲が、玲奈と付き合う前の、自分の支えだったことを思い出した。
気づけば、夜が明ける時間まで練習してた日もあった。
喉が枯れて、声がガラガラになっても、それでも歌った。
学校でも、休み時間にスマホで録音を聞き返して、口の動きを小さく確認したりしてた。
不意に咲と目が合って、あわてて目をそらしたこともあった。
(……もっと、うまくならなきゃ。もっと、届けなきゃ)
そして――
数日後。
コメントが増えた。
「前よりうまくなってる!」
「声好きです」
画面のその言葉を見た瞬間、指が小さく震えた。
(……やっぱ、続けて良かった……)
心の奥に、小さいけど確かな光が灯った気がした。
たった数行のコメント。
それが、どれだけ嬉しかったか。
布団に潜り込んで、スマホの画面を見ながら、声を殺して笑った。
(……俺、歌ってていいんだよな)
指が震えた。
(もっと、うまくなりたい)
あのときの玲奈の冷たい目が、また頭に浮かんだ。
田中先輩の余裕の笑み。
(絶対、見返してやる)
スマホを握りしめて、決意した。
それから俺は、歌い手活動にのめり込んでいった。
学校でも、家でも、頭の中でメロディが流れっぱなしだった。
投稿するたびに、少しずつ、少しずつだけど反応が増えていった。
咲の笑顔が、時々支えになった。
廊下で小さく手を振るあの仕草を思い出すだけで、もう少しだけ頑張れた。
そして、夜。
また一曲、録音を終えて、アップロードボタンを押した。
(次は、どんな声が届くんだろ)
心臓がドクドクうるさくて、眠れなかった。
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