22話
投稿画面を開く。
タイトルをどうするか、ちょっとだけ悩んだ。
今までなら適当に曲名だけを入れて終わりにしていたけど、今回は少し違った。
この音で、この歌で、ちゃんと届けたいと思えたから。
何度も見返した録音データ。
音量バランス、ブレスの位置、語尾の抜き方。
少しでも違和感があれば録り直してきた。
その積み重ねの上で、やっと「これでいこう」と思えたテイク。
「いいのが録れたときほど、怖いな……」
ぽつりと呟いて、背筋を伸ばす。
期待してる。正直、かなり。
でも、その期待が外れたときのダメージを想像すると、胃の奥がきゅっとなる。
マウスを握る指先が、少しだけ汗ばんでいた。
タグも一つ多く入れる。
一つひとつ、いつもよりも丁寧に選ぶ。
今回は、少しでも多くの人に届いてほしいと思った。
見栄を張ったわけじゃない。
ただ、自分の声を聴いてもらいたいという気持ちが、今は素直にそこにあった。
投稿ページの確認を終え、指を乗せる。
カチ。
クリック音が、やけに大きく響いた。
読み込みのバーが進み、「投稿完了」の文字が表示される。
その瞬間、体の中の力がふっと抜けた。
「……よし」
椅子にもたれて、深く息を吐いた。
部屋の明かりを落として、ほんのり光るモニターだけが、静かな空間を照らしていた。
目を閉じると、自分の声がまだ耳に残っていた。
いつもより、少しだけ輪郭のはっきりした、それでいてやわらかい音。
それがどこかへ向かって飛んでいくのを、今はただ願うだけだった。
数時間後。
布団に入ったはいいものの、目は冴えたままだった。
さっき投稿した動画の再生数が気になって、ついスマホに手を伸ばす。
開いた通知欄に、LINEのメッセージがふたつ並んでいた。
まずは七海から。
『お、なんか今回すごくね!?てか声めっちゃクリア』
続けて、ノリノリのダンスしてるスタンプと、拍手してるスタンプ。
七海らしい、勢いのある感想。
でも、それが妙にリアルで、心にすとんと落ちてきた。
(ちゃんと聴いてくれてんだな)
無意識に口角がゆるむ。
次に、咲。
『今聴いてたよ』
短くて、でもいつも通りやさしい文章。
少しの間が空いて、もう一通届く。
『……なんだか、心にじんわり染みてきて、ちょっと泣きそうだった』
画面を見つめたまま、指が止まる。
感想としてはシンプルなのに、やけに胸に響いた。
自分の声が、誰かの心に触れているんだって、はじめて実感した気がする。
自分のために歌っていたはずなのに。
誰かが、それをいいと言ってくれる。
それだけで、救われることがあるんだな。
俺はスマホを胸元に置いて、ゆっくりと目を閉じた。
(……届いてるんだな、ちゃんと)
まぶたの裏に、ぼんやりと浮かぶ再生画面のイメージ。
そして、あたたかい言葉の余韻。
今日は、少しだけ、いい日だった。
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