20話
昼休みの教室。
日差しがやわらかく差し込んで、今日は少しだけ暖かい。
なのに、俺のテンションはどん底だった。
机に突っ伏してパンの袋を開けながら、ぼんやりと窓の外を見つめる。
ノートも開かない。スマホにも手が伸びない。
「朝倉、目の下ヤバくない? ゾンビかよ」
七海の声が、斜め前から飛んできた。
「……まじで?」
「まじで。てか、血ぃ吸われた後みたいになってんじゃん」
「それは吸血鬼」
咲がクスッと笑ったけど、俺はあんまり笑えなかった。
咲が小さなおにぎりをちまちま食べながら、心配そうにこっちを見る。
「大丈夫……?」
「……スランプかも」
ぽつりと漏らした言葉に、七海の手が止まった。
「録れないの?」
「うん。何度やっても声乗らなくて……夜になると疲れて、頭もまわんないし」
「そっかー……」
七海はちょっとだけ考えるそぶりを見せたあと、口を開いた。
「じゃあ、ちょっと休めば?」
「……いや、でも止まるのは……」
咲が、少しだけ顔を上げて言った。
「でも……やめないで。朝倉くんの歌、わたし、好きだから」
その一言に、七海がストローをくわえたまま顔を上げる。
「そうそう。やめんなよ」
七海の目も、ふと真剣になった。
「一回ペース落ちるのはアリ。でも、やめるのはナシ。続けてるのけっこうすごいことだし」
「……」
「サボれって言ってんじゃないよ? サボると戻ってこれなくなるから。でも、息切れするまで走るのはバカのやることじゃん?」
一見いつも通りの調子で話してるけど、その言葉は芯に届いた。
咲が、手をそっと膝の上で組んで、静かに口を開いた。
「がんばりすぎなくても、大丈夫だよ。……がんばってるの、ちゃんと分かるから」
その声は、本当に静かで優しかった。
押しつけがましくないのに、まっすぐ伝わる。
「機材も、もうすぐ届くんでしょ? それきたら、またクオリティ上がるし」
「そっか……」
「だから、今ちょっと調子悪くても、大丈夫だと思う」
咲の言葉は、ふわっと包み込むようなやわらかさがあった。
俺は二人の顔を交互に見て、ちょっとだけ、口元を緩める。
「……ありがとう」
「おっ、素直」
「めずらし~」
「うるさい」
いつの間にか、パンの袋は空になっていた。
少しだけ、息がしやすくなった気がした。
俺の隣で、七海がストローをくるくる回しながら笑っていた。
咲は、そんな七海の様子を見て、やわらかく笑っていた。
夜、自分の部屋。
机の前に座って、マイクのカバーをそっと外す。
昼間の会話が、まだ胸の中でふわふわと残っていた。
七海の「やめんなよ」という軽くて重い言葉。
咲の「好きだから」という、やさしい肯定。
誰かが聞いてくれてる。
誰かが、待ってくれてる。
それだけで、どうしてこんなに背中を押されるんだろう。
録音ソフトを起動して、マイクに向かって深呼吸する。
「……とりあえず、声だけでも出してみるか」
ささやくような独り言。
それでも、言葉にすることで、何かが少しだけ軽くなった気がした。
スタンドの角度を直して、椅子の背もたれにぐっと体を預ける。
部屋の中には、自分の呼吸音しか聞こえない。
よし、と小さく呟いて、再びマイクに向き直る。
今度こそ、最後まで歌いきるつもりで。
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