2話
気づけば、布団の中でスマホを握りしめたまま朝を迎えていた。
カーテンの隙間から漏れる光が、やけにまぶしくて、目を細めた。
昨日投稿した歌。
あれから何度もページを開いた。何回も、何回も。
再生数――26。
いいね――ひとつ。
コメント――「頑張れ」って、たった一言。
(……そりゃそうだよな)
これが現実だった。
あんなの、深夜テンションで勢いで歌っただけだ。
声は震えてるし、音程も不安定だし。
冷静になって聞き返した自分の声は、ひどいものだった。
布団をかぶった。
頭の奥がジンジン痛む。寝不足のせいだ。
それでもスマホを手放せなかった。
何度見たって、数は増えてないのに。
それでも、もしかしたらって思って見てしまう自分がいた。
(何やってんだよ……俺)
画面を伏せて、天井を見た。
そこには、ただ白い天井が広がってるだけだった。
学校。
もうそろそろ行かなきゃいけない時間だった。
けど、体が布団から出ようとしなかった。
(……今日はサボろうか)
そんな弱い声が、心の中で響く。
けど、無理やり布団を蹴飛ばした。
「……はぁ」
鏡に映る自分の顔。
目の下にクマができて、髪もボサボサだった。
制服に袖を通すだけで、体が重かった。
学校では、ほとんど誰とも話さなかった。
玲奈の姿は見ないようにした。
いや、見たくなかった。
クラスの空気が、いつもより冷たく感じた。
周りがヒソヒソしてる気がして、居場所がないって思った。
チャイムの音だけが無駄に響いて、心臓に突き刺さる。
放課後、寄り道もせずに家に帰った。
玄関のドアを閉めた瞬間、どっと疲れが押し寄せた。
靴も脱ぎっぱなしで、そのまま部屋に倒れ込んだ。
時間がわからなくなるくらい、布団の中にいた。
飯? どうでもよかった。
腹が減っても、コンビニのパンを一口かじって終わり。
スマホだけは、ずっと手の中にあった。
歌のページを開いては閉じて、SNSを開いては閉じて。
(……誰も、俺の声なんか求めてねぇよな)
つい昨日まで、玲奈と歩いてるだけで「勝ち組だ」なんて舞い上がってた自分が、心底バカみたいだった。
(俺の何がダメだったんだ)
(あいつのどこがそんなに良かったんだ)
そんな答えのない問いが、ぐるぐる頭の中を回った。
寝取られた悔しさ。
田中先輩への嫉妬。
玲奈の冷たい目。
それが何度もフラッシュバックして、胸の奥がずっと痛かった。
深夜、またページを開く。
再生数――30。
いいね――ひとつのまま。
コメント――「頑張れ」だけ。
目を閉じた。
(……俺、何してんだよ)
無理やり寝ようとした。
でも、眠れなかった。
数日、そんな生活が続いた。
学校に行っても、周りの笑い声が遠く聞こえるだけだった。
玲奈と田中先輩が話してるのを見かけないように、必要以上にうつむいて歩いた。
昼休み。机に突っ伏して、ぼんやりしてた。
「……智也くん、大丈夫?」
優しい声が聞こえた。
顔を上げると、藤崎 咲が立ってた。
同じクラスの女子。
中学のときからの知り合いで、時々話すくらいの子だった。
髪を耳にかけて、心配そうな目でこっちを見ていた。
「え、あ……別に、大丈夫だし」
無理に笑ったつもりだった。けど、たぶん引きつってた。
咲は椅子を引いて、俺の隣に腰を下ろした。
「最近、元気ないよ。何かあった?」
その言葉が、妙に胸に刺さった。
優しい声で、そっと触れられると、逆に心がえぐられるみたいだった。
(……バレてるよな、そりゃ)
「ほんと、何もないって。気のせいだよ」
「……そっか」
咲は少しだけ困ったように笑った。
でも、それ以上は何も聞いてこなかった。
「無理しないでね」
それだけ言って、立ち上がり、友達のところへ戻っていった。
教室のざわめきが戻った。
でも、咲の言葉だけが、ずっと耳の奥に残ってた。
(……俺、何やってんだよ)
自己嫌悪がさらに重くのしかかってきた。
でも、それでも体は動かなかった。
夜、布団の中でスマホを見つめてた。
ページを開く。
再生数は30のまま。
いいねも、コメントも増えてない。
(……こんな俺の声なんか、誰も聞かねーよな)
スマホを伏せて、天井を見た。
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