16話
七海がちょっとテンションの高い話題をふって、それに咲が笑いながら応じている。
俺はそれを聞きながら、パンをちぎっていた。
楽しい。普通に。
……なのに、なぜか少しだけ意識がそれていた。
理由は簡単だった。
教室の反対側。女子たちの集まるグループの声が、ふと耳に入った。
「白川さんさ、今日の髪型またちょっと違くない?」
「え、マジ? あのゆる巻きっぽいやつ? 前より上手くない?」
大きな声じゃない。
でも、名前が出た瞬間、自然とそっちに注意が向いていた。
「なんか最近さらに可愛くなったって思わない? 化粧も変わった気がする」
「うんうん、目のまわりの感じとか、ちょっと大人っぽい」
七海が「ってかさ、咲って意外とそういうの得意だよね」って言ってたけど、
そのとき俺は、別の会話に集中していた。
「絶対、彼氏の影響だよね」
「わかる。自分好みに仕上げてる感ある」
「でも、あれ似合うのすごくない? ちゃんと似合ってる感になってるの、ほんと強い」
クスクスと笑い声が混ざる。
俺はパンの包装紙を丸めながら、そっちを見ないように視線を落とした。
彼氏の影響で、髪も、化粧も、雰囲気まで変わっていく白川玲奈。
もう別れた。
それは間違いない。あいつがそれを願ったのだし、俺は受け入れることにした。
なのに、あいつが他の誰かに染まって変わっていく姿を見るのは、思ってたよりも、ずっと気持ちがざわついた。
別に、羨ましいとかじゃない。
ただ、変わったなって思っただけで。
ああやって人に合わせて、雰囲気まで変えられるのって、すごいのかもしれないけど。
でも、それが本当にあいつ自身の望んだ変化なのかなんて、俺には分からない。
気になるのは、そこだけだ。
……多分。
「彼氏ってすごいよね。付き合ってちょっとで、あんなに変わるとか」
「しかも田中先輩って先輩の中でもレベチじゃん。背高いし、顔整ってるし、話し方も落ち着いてるし」
「白川さん、人生の勝ち組かもねー」
その言葉は、誰に向けたものでもない。
ただの雑談の延長。
でも俺には、やけに耳に残った。
「……朝倉? 話聞いてる?」
七海の声が、すぐ横から飛んできた。
視線を戻すと、咲がこっちを見ていた。
心配、というよりは、なにかを確かめるような目だった。
でも、目が合った瞬間、ふわっと笑って視線を逸らす。
「……あ、ああ。ごめん、ちょっとぼーっとしてた」
ストローをくるくる回していた七海が、じとっとした目でこっちを見ている。
「なに? パンにでも語りかけてた?」
「してねぇよ」
そう返しながら、無意識に握りしめていた手を緩める。
意識してなかった。でも、あいつの名前が聞こえた瞬間から、頭の中が妙に騒がしかったのは間違いない。
「まあいいけどさ。てか、さっきの話の続きね。バイトの件だけど──」
七海の声に引っ張られるように、気持ちを切り替える。
目の前には、いつものふたりがいて、
俺はもう別の場所に進もうとしているんだって、あらためて思った。
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