11話
昼休み、日当たりのいい教室の隅。
俺はスマホを開いて、いつもの歌投稿サイトの画面を見ていた。
再生数――じわじわ伸びてる。
通知も前より少し多い。いいねがついて、コメントもいくつか。
「これ、昨日投稿したやつ?」
斜め前から七海の声。
気づけばすぐ隣に椅子を持ってきて座っていた。
「……ああ。まあ、一応」
「見た見た。再生数けっこういってるじゃん」
七海はスマホをのぞき込むようにして、さらっと言った。
いつも通りのテンション。でも、ちゃんと聞いてくれてたことがわかって、少しだけ胸の奥があったかくなった。
「うまくなったよね、前より。なんかこう、安定してるっていうか」
「……そうか?」
「うん。ちゃんと続けてんだなーって感じ」
そう言って、七海は俺の腹のあたりをチラッと見る。
まさかまたつつく気じゃないだろうなと身構えたけど、今回はただの視線だけだった。
「うん、すごいと思うよ~」
今度は咲の声。
教室の窓側に座っていた咲が、笑顔でこっちを向いていた。
お弁当のふたを閉じながら、のんびりした口調で続ける。
「なんか、頑張ってるのって、見てていいなって思うから」
「……いや、別にそんな大げさなもんじゃないし」
そう言いながら、俺はスマホの画面を閉じた。
でも、咲の言葉がちょっとだけ喉の奥に引っかかってる。
悪い意味じゃなく、むずがゆいというか。照れくさいというか。
ここ最近、放課後に七海と咲とカラオケに行くようになって、自然と話す機会も増えた。
最初は誰にも言ってなかった投稿のチャンネルも、今ではふたりに教えてある。
「へぇ、こんな感じなんだ」って軽く聞かれて、それっきりだったけど。
それが心地よかった。
「この感じでいけば、次の投稿もいい感じに伸びるかもね」
七海がストローをくわえながら言った。
「投稿で伸びる」とか、軽く言ってるように見えて、たぶんちゃんと中身を見てくれてる。
「……ま、地道にやるわ」
「うん、そのほうが似合うかもね」
七海はにやっと笑って、肘をついたまま椅子を揺らした。
咲は「がんばれ~」とだけ言って、小さな拍手を一度だけしてくれる。
俺は二人の間で、なんとなく目を伏せた。
(……悪くないな、こういうの)
心の中で、そっと思った。
昼休みのチャイムが鳴る。
咲が空のお弁当箱をバッグにしまって、七海が椅子を後ろに引く。
日常が、また動き出す音がする。
「午後の授業、マジで眠くなりそう」
七海が伸びをしながらぼやく。
その横で咲が「がんばろ~」と微笑んだ。
俺はそれを見て、思わず小さく息を吐いた。
なんか、いい。こういう空気。
気取ってなくて、肩の力が抜けてて――今の自分が、ここにいていいんだって思える。
そんな気分のまま、一日は過ぎていった。
そして放課後。
教室を出たところで、七海が当然のように俺の肩を軽く叩く。
「よし、今日も行くか。カラオケ」
「え、マジでまた行くの?」
「えー、昨日行ったばっかなのに~」
そう言ってるけど、七海の目には迷いなんて微塵もなかった。
咲もくすっと笑って「……ちょっとだけ、歌いたいかも」と小声で乗っかってくる。
もう断れる空気じゃなかった。
「……はいはい。行けばいいんだろ」
俺が観念したように言うと、七海は「さすが朝倉、わかってるぅ」と笑った。
そのまま、三人で昇降口を出る。
日はすっかり傾いていて、オレンジ色の光が校庭を照らしていた。
校門を抜けるとき、不意に声がした。
「あれ……智也?」
懐かしくて、少しだけざらついた声。
振り返らなくても分かった。
そこにいたのは、白川玲奈だった。……俺の、元カノ。
制服の襟を整えながら、まっすぐこちらを見ていた。
その視線は一瞬俺に向いて、すぐに咲と七海のほうへと流れていく。
「その子……」
玲奈の口元がわずかに動く。
言いかけた言葉は、最後まで出なかった。
「……なんか、久しぶりだね」
懐かしいというには、少し距離がありすぎるトーンだった。
七海は無言で様子をうかがってる。咲は気まずそうに、でも丁寧に小さく会釈した。
「……ああ」
俺の返事は短かった。
特別な感情も、余計な意味も込めなかった。
沈黙が落ちる。
玲奈は一瞬だけ笑った――でも、それは前に見ていたあの完璧な笑みとは、少し違っていた。
「……楽しそうだね」
ぽつりと落とされたその一言に、咲が小さく笑った。困ったような、でも否定しない笑み。
七海はニヤッと口角だけで笑っていた。まるで、わざとだと言わんばかりに。
「……まあね」
俺はそれだけ言って、玲奈の視線を受け流した。
「行こっか」
そう言って歩き出すと、咲が「うん」と頷いて隣に並んでくる。
七海は最後に一度だけ玲奈を見て、片手を軽く上げてからくるりと向きを変えた。
玲奈はそれ以上、何も言わなかった。
俺たちの背中を見送っていたかもしれないけど、もう確認する必要はなかった。
振り返るつもりも、なかったから。
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