1話
放課後の帰り道。
白川玲奈が隣にいる。それだけで、俺の心臓はずっと変なリズムで打ち続けてた。
黒髪ロング、細くて白い首筋、声は透き通ってて。
ただ歩いてるだけで、俺は世界で一番幸せなやつになれる。
(……マジで、なんで俺なんだろ)
すれ違う男子たちの視線が刺さる。
羨ましいって声が、聞こえた気がした。
「今日もありがとうね、智也くん」
玲奈が小さく笑った。
ただそれだけで、胸の奥が熱くなった。
(ああ……奇跡だわ。俺、人生で一番幸せかもしんね)
俺は別にイケメンでもないし、面白いやつでもない。
どっちかっていうと、クラスの空気に紛れてる普通のやつ。
そんな俺が、白川玲奈と並んで歩いてる。
これ、夢じゃないよな。
「玲奈ってさ、なんで俺と……」
口に出しかけて、慌てて飲み込んだ。
バカだ、俺。そんなこと聞いたら、終わるだろ。
玲奈が俺を見る。首を傾けて、優しい目をしてる。
「ん? なに?」
「いや、なんでもない」
笑ってごまかした。
玲奈の横顔が綺麗すぎて、なんか泣きたくなった。
(こわ……俺、めちゃくちゃビビってんじゃん。こんな俺といて、玲奈、本当は退屈してんじゃねーのか)
一緒に歩いてるだけで幸せなのに、同時に、心の奥に小さい不安がずっといた。
「ね、智也くん。ちょっと寄りたいとこあるの」
玲奈が足を止めた。
「あ、うん。わかった」
「じゃ、また明日ね」
手を振る玲奈。
夕日が後ろから差して、髪が金色っぽく光って見えた。
そのまま玲奈は小走りで校舎の方へ消えていった。
(……かわいいな)
俺はその場に立ち尽くしてた。
ただ、なんか、心の奥の不安が大きくなってた。
(……どこ行くんだろ)
帰ろうと足を動かしたけど、止まった。
ダメだ。気になる。
気づいたら、校舎の裏へ足が向かってた。
(俺、なにやってんだ……)
でも、もう止まれなかった。
校舎の裏手。
息を殺して、物陰からそっと覗く。
自分でも、何やってんだろって思った。
でも、見ちまった。
玲奈がいた。
そして、田中先輩がいた。
田中先輩。
三年で、部活のキャプテンで、顔もいいし、話も面白いって評判の人。
俺とは……正反対の人間だ。
玲奈が、田中先輩の腕にそっと手を絡めた。
笑った。あの玲奈が、誰にでも優しいあの笑顔で――いや、俺だけにくれてたはずの笑顔で。
胸がギュッてなった。息が詰まった。
(……嘘だろ)
頭が真っ白になる感覚って、こういうことを言うんだと思った。
目が合った。
一瞬、玲奈の顔が強張った。
けど、すぐにふっと冷めた目になった。
「……あ」
声が出たのか、ただ口が動いただけなのか、自分でもわからない。
田中先輩が、余裕の笑みを浮かべてこっちを見た。
その顔が妙に遠く感じた。
玲奈が俺を見たまま、口を開く。
「……智也くん、見ちゃったんだ」
声が、氷みたいに冷たく聞こえた。
「ごめんね。智也くんといると……退屈だったの」
ガラガラッて、音がした気がした。
頭の中で何かが崩れる音だった。
「……なに、言って……」
声が震えた。
自分でも情けない声だと思った。
「最初はね、ちょっとだけ興味あったの。優しそうだなって。
でもさ、やっぱり……面白くないんだもん。智也くんと一緒にいても」
その言葉が、鋭いナイフみたいに胸に刺さった。
「……そっか」
もう何も言えなかった。
田中先輩が玲奈の肩を引き寄せた。
玲奈が、すっとその腕に収まった。
「じゃあね」
それだけ言って、二人は歩き出した。
夕日の光の中で、その後ろ姿がどんどん小さくなる。
足が動かなかった。
ただ、立ち尽くしてた。
冷たい風が吹いた。
頬が冷たい。
涙が、勝手に流れてた。
(終わった……俺の、全部……)
そんな声が、心の奥で聞こえた。
俯いた視界の端に、地面に落ちた影だけが映ってた。
その影が、なんでかすごくちっぽけに見えた。
気づいたら、家にいた。
どうやって帰ったのか、まったく覚えてない。
布団に潜り込んで、スマホを握りしめてた。
寒くもないのに、体が震えてた。
(……マジで、終わった)
玲奈の声が頭に残ってる。
「退屈だったの」
あの冷たい目。あの表情。
胸の奥がジリジリ焼ける。
悔しくて、悲しくて、でもそれ以上に、ムカついてた。
(なんで……なんで田中先輩なんだよ)
嫉妬がグツグツ煮えたぎる。
あいつのあの余裕の顔。俺を見下してた。絶対。
布団の中で叫びたくなるのを必死で堪えた。
でも、泣き声が勝手に漏れた。
スマホの画面が滲んで見えた。
意味もなくアプリを開いた。指が勝手に動いた。
ボイスレコーダー。
(……歌うか)
無意識だった。
小さく、声を出した。
震えてて、上手く出なかったけど、それでも、歌った。
好きだった曲。
昔、誰にも言えずに口ずさんでた曲。
泣きながら、歌った。
喉が痛くなるまで、声がかすれるまで。
「……クソ……」
歌い終わって、スマホを見た。
アップロードボタンが目に入った。
(……出しちまえよ。もうどうにでもなれ)
深夜のテンション。
誰も見ねぇだろって、勢いで投稿した。
布団に潜り直して、画面を伏せた。
でも心臓だけは、ドクドクうるさくて眠れなかった。
どっかで、誰かに聞いてほしかった。
「俺はここにいる」って。
あの二人に見捨てられた俺が、ここにいるって。
……気づいたら朝だった。
スマホの通知が光ってた。
サイトのページを開く。
コメントが、いいねが、ついてた。
(……マジかよ)
たった1件。けど、その1件が、救いに見えた。
胸の奥の重たい塊が、ほんの少しだけ、溶けた気がした。
(……もう一回、歌おう)
喉の奥で小さく声が出た。
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