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『残価設定ローンでミニワイヴァーンを買った男』


朝5時


ユイと赤ん坊を起こさないように、そっと布団から抜け出す。

キッチンでコーヒーを淹れると眠気の残る頭を覚ましてくれる。


窓の外はまだ暗い。

首都から離れた都市サイトゥーマに俺は一軒家を構えた。

一軒家に家族とドラゴンの居る暮らしなんて遠い世界の話だった。

でも『アレ』があったから俺は相棒と居る。


ガレージのシャッターを開けると漆黒の鱗を持つ巨大な飛竜。

ヘルファイア種アーバイン

艶やかな黒いボディ、フロントマスクの迫力が段違いだ。

「おはよう、アーバイン」

鱗をポンと叩くと金色の瞳(ゴールデンアイ)が2回光る。

乗って良いという合図。

今日も機嫌は良さそうだ。


月々6万ギル

5年の残価設定ローン契約。

5年後に残価350万ギルを払うか、返却するかを選ぶ。


ヘルファイアは貴族院の送迎にも使われるが、残価設定なら庶民の俺にも手が届く。セールスエルフは言っていた――

「これぞ王道ミニヴァン!お子さんがいても広くて快適ですよ」

あれから3年。

アーバインは、すっかり俺たちの家族になっていた。


――


夜明け前の空はすでに混み始めている。

ローンがキツイ俺は高速代を浮かせるために下層空路を使う。

コクドゥー4号線は、今日も大小様々なドラゴンが列をなして飛んでいた。


中でも目立つのは、黄色い認識タグを付けた軽ドラゴン(ケイドラ)たちだ。

小さく飛行速度は遅いが購入費や食費が安い。

配送業や新人冒険者に人気がある。

そんなケイドラたちが、俺のアーバインを見ると進路を譲る……ような気がする。


「見たか!これがヘルファイアの貫禄だ」

誰にでもなく話すと、アーバインが低く唸った。呆れてるようにも聞こえる。

住宅地が遠のき徐々に大きな建物へと変わって行く。

目指すはバベル23区。

家族のため、アーバインのローンのため、俺は今日もバベルへ通勤する。


――


「ねえ、アーバインってエサ代いくらかかってるの?」

夕飯のあと、洗い物をしながらユイが聞いてきた。


「月に2万ギルくらいかな……ゴーン種のエルドラドより食費かからないよ」

食費の悪さを叩かれそうな気がして、少し言い訳をする。

「で、ローンが6万でしょ? それに騎乗保険に2年に1回の飛行検査」

「まあ、子供載せるのに安全性も良いしっ!」

言いながら、目を逸らした。


アーバインは高いだけの価値がある。

背中は大きくて広いからチャイルドシートも積んだままだし、翼下にはベビーカーまで入る。

「でもさ、今日は台風来るから取引先の人を送ったんだけど『さすがヘルファイア』って褒められて、部長も機嫌良くなってさ……」

「そういうの好きよね。男の人って」

ユイは追求を諦めたような言い方だった。


その夜、子供が泣き出した。

熱がある。

時間は23時、救急飛竜を呼ぶにも家から距離がある。

「アーバインで行こう」

「え、でも……」

「アーバインなら台風くらい大丈夫だ」

――あの夜のことは今でもよく覚えている。


アーバインは静かに翼を広げ、強力な障壁シールドを展開する。

何かを察したのかいつもより魔法陣が大きい。

雨も風も、冷たさも、すべてを遮断する障壁に私達は包まれる。

病院の前に降り立ったとき、子供を抱いたユイが初めてアーバインを撫でた。

「……ありがとね」

アーバインは何も言わずに、ただ大きな瞳で見つめていた。


――


休日

ヒーラーエルフが経営する癒音イオンモールへ向かう。

ユイの買い物中、アーバインと2人駐騎場で時間を潰す。

隣に停まっているのはケイドラの「ソプラノ」。長い付き合いに見えるが手入れが良く鱗が輝いている。そばには旦那さんらしき男が同じように家族の帰りを待っていた。

「おっ!すごいミニヴァン乗ってますね」

「まあ、ちょっと頑張りました」

「うちはケイドラが精一杯ですよ。月々2万ギル」

苦笑いし合って会釈すると会話が終わる。


ふとアーバインを見る。

漆黒の鱗。広い背中。ギラついた目。

俺の見栄と誇りとローンの塊。


昔、アーバインがうちに来たばかりの頃はユイとよくケンカした。

「でかすぎる」「近所迷惑だ」「高い」

俺も感情的になって「俺だって家族のこと考えて選んだ」と言ったが……

本音を言えば――ただ乗りたかった。カッコよかったから惚れた。


「このドラゴンに乗った自分」を夢見て、それを叶えたかった。

アーバインの尾が『俺の事を考えてるのか?』とぴくりと動いた。

「なあ、お前は俺でよかったか?」

返事はない。

少しだけ光沢が違う尾が目に入る。


――覚えてるぞ。初めて擦った日。

アーバインの機嫌が悪く、フェンスに尻尾をぶつけウロコの光沢が剥げた。

呆然として帰って風呂で泣いた。ユイには言ってない。

ドラゴントリマー代は俺の小遣いから出した。

「でもさ、お前がいなかったら俺は頑張れ無かった」

ウロコをさする。


動物園に行った日。

子供が寝ちゃって起こさずに、みんなで駐騎場でぼーっとしてた。

あの時間が1番幸せな時間だったかもしれない。


アーバインが少しだけ顔を動かして俺を見る。

目が合ったような気がした。

大丈夫。返却なんて、まだ先の話だ。

伝わったのか「グワァン」と普段は鳴かない声で返される。


――


会社の駐騎場に着陸すると、隣にいた同僚がぽんと肩を叩いてきた。

「おまえ、課長昇進らしいな」

「マジで?」

「マジ。ヘルファイア好きな部長推薦らしいぞ」

そう言いながら同僚は俺の相棒を眺める。

「おまえのドラゴン、だいぶ落ち着いてきたな」

「まあ4年経つしな」


「お前のおかげだな」

と、アーバインの頭を軽く叩いてから会議室へ向かう。


その日から家のリビングには新しい額縁が掛かっている。

『課長昇進通知』

辞令書は思っていたよりずっと地味だった。

なのに、はしゃいだユイが「額に入れよう」って言って聞かなかった。


――


ある日

家族旅行へ意気揚々と出発するとアーバインの翼が揺れた。

「今、音したよな?」

ガレージから離陸する瞬間。

いつもより一拍、重かった。

風切り音に混じって「グワァン」という声がした気がする。


「えっなんか言った?」

ユイが後ろから声をかける。隣の子供は魔導テレビに夢中だ。

「いや……なんでもない。気のせいかも」

アーバインも何も言わずに飛び続ける。

魔導手綱も警告灯は光って無い。

だが、操縦席に伝わる鼓動が前と違う気がした。


久々の外泊。

広いアーバイン専用駐騎場がある宿を選んだのは俺のわがままだった。

「高いけど……まあ、課長昇進記念に良いでしょう」

と珍しく我が家の大蔵大臣許可も出た。


子供が寝てユイと2人きりになった時、ぽつりと呟かれた。

「アーバイン、前よりちょっと遅くなった?」

「気のせいだろ?風とかで変わるし」

自分でも苦しい言い訳だと思った。


ユイが寝るのを確認すると1人で外に出た。

アーバインは専用の場所で静かに目を閉じている。

「なあ……調子どうだ?」

返事をしない。

まぶたがわずかに動いた。聞こえてはいるだろう。

「土日にディーラーで見てもらおう。どうせ、魔法石交換の時期だしな」

そう言ってウロコを叩く。

尾をブンッと揺らして返事される。


――


次の土曜

俺たちはディーラーに向かった。

空を飛ぶアーバインの背に家族3人。

「じゃあお預かりしますねー。明日またご来店下さい」

アーバインが奥の検査台へと歩いていく。

俺の顔を一瞬だけ振り返った。


「これが代竜か……」

ケイドラは確かにアーバインとは大違いの軽やかさだった。

ユイが少し笑いながら言った。

「私も久しぶりに操縦したけど、コレなら私も大丈夫そう」

子供は後ろの座席から言う。

「パパ、ケイドラってちょっと変わった感じだね」

俺は苦笑いしながら頷いた。

「まあ、アーバインが帰って来るまでこいつが相棒だ」


ケイドラは小回りが利くし、狭い空路も難なく走り抜ける。

しかし、俺の身体にはアーバインの重みが染み付いている。

「今日は買い物、何時に終わる?」と俺が聞くと、ユイは「1時間くらい」と答えた。

その間、俺は駐騎場でケイドラの背に手を置いて過ごした。

家族の時間はいつも通りだが、俺の心はそわそわしている。

これから先、どうなるのか。

アーバインとの、これからの時間を思いながら。


――


ディーラーの応接室。

アーバインは窓から見える駐騎場で優雅に翼を休めている。

担当エルフが資料を広げながら言った。

「まずは安心してください。心臓に問題があるものの、返却保証により治療可能です。入院により返却が1年早くなりますが、1年は代竜も出しますし追加料金はかかりません」

俺はホッとしつつも、疑問を口にした。


「もし乗り続けたい場合は?」

エルフは軽く笑って答えた。

「病気なのに乗り続ける人なんて居ないですけどね。返却保証は効きませんので、治療費100万ギル程度ローンに追加でかかるかと思います」

ユイがそっと俺の手を握った。

「どうするの?」

俺は外にいるアーバインの黒い背中を思わず見た。

「ちょっと考えよう」

担当者は笑顔でうなずいた。

「では、決まりましたら連絡を」




――





冬の澄んだ朝

サイトゥーマ上空もスッキリとした空気が満ちていた。

白髪が増えた俺は、いつも通り黒い鱗をしたアーバインの手綱を握る。

隣には、もう子供ではなくなった成人が座っている。


チャイルドシートに座っていたあの日も、病院も高校も一緒に飛んできた。

やがて成人式会場に到着する。

子供は静かに立ち上がると振り返り、俺を見つめて言った。

「成人まで育ててくれてありがとう、お父さん」

そして続けた。


「免許取ったら私もアーバインおじちゃんを操縦する」

そう言うと、勢いよく背から飛び降りる。

俺は大きくなった背中を見送った。





姿が見えなくなると視線をアーバインに向け、冗談めかして言う。

「ガキだったあいつがお前を手懐けるってよ、どうする?相棒」

するとアーバインは、ゆっくりと首を傾げ「ゴツン」と俺にウロコを当てた。





新たに移植された心臓が「ドクン」と力強い鼓動を伝える。

課長昇進の小遣いUPも全てアーバインに取られてしまった。

でも良いんだ――俺には相棒のコイツが居れば。




そして、アーバインは空へ向けて祝福代わりに元気な雄叫びをあげた。

心臓が6個ありそうな大きな声だ。





その声は

これからもずっと俺たち家族と共に歩んでいく証のように

――冬の空に響き渡った









保育園送迎や近所付き合いなども書いたのですが

→読みやすいように本筋だけに絞りました。


この流れで『峠ドラグーン』―異世界最速飛竜伝説―という

異世界ドラゴン峠というアホ物を書きたいと考えてます。


大型四枚翼のランスエボルダとか

設定考えただけでお腹いっぱいです。




無数の光の点が瞬く都市上空を一頭の小型飛竜が滑空していた。

背にはひとりの若者

手に魔導手綱はない

MT――Manual Taming


すべてを身体の感覚だけで読み取りながら、彼はドラゴンとひとつになっていた。

「――行こうぜ、ハチロウス」

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