第18話「漁夫の利(?)」
第十八話「漁夫の利(?)」
長い湾の出口を抜けると、さらに霧が濃くなった。
寝ぼけ眼が、白く染まった。
視界ゼロの濃霧の中、船はずんずん進んでゆく。
カツミの操舵技術は確かなようだ。
船が上下するのに合わせて鳴る、チャポンチャポンと水がはねる音が、ししおどしのようで眠気を誘った。
「・・・暇じゃのう。」
武蔵はそういって、大きくアクビをする。
目を開いても白。
甲板の上には、武蔵とカツミだけだった。
そんな様子を見てか、カツミが話しかけてきた。
「にしてもォ、変だね…。
アンタ方はおかしな人達だ。
うん…。」
操縦桿から手を離さずに、カツミが続ける。
「あんなおそろしい島に、自分から行きたがるなんてね…。」
「ウォニガ島には、刀があるからのう。」
武蔵は頷いて答える。
「カタナってのはさ…、そんなにいい武器なのかい…?」
「うむ。
某も大抵の武具は使えるがの、アレほど器用な武器は無類だ。」
「そうか… 私には分からんな…」
カツミは、じいっと、真っ白い前方を見つめていた。
「お~い!皆さん!メシにしましょう!」
船室から聞こえた、コベラの威勢の良い声に、武蔵の腹が反応する。
「おお!そうするかの!」
武蔵たちは、船室へ向かった。
♦
船の内部は混沌を極めていた。
何かの道具で溢れた木箱と、ぬちょぬちょした何かが床を這っている。
「あ、やっと来ましたね!ムサシさん!」
ルーナがwktkして言った。
続いて、カガネが口を開く。
「これでメシが食えるな。
しかし、全員揃うまで待つとは、ゴウカイっちも律儀だねェ。」
「おうよ!!海の上じゃあ、メシくれぇしか楽しみがねぇからな!!ガハハハッ」
「さあ!メシですよ!!今日はめでたい日だ!豪華なヤツ、持ってきましたよ!」
コベラがクローシュに隠された食器をテーブルにドンッと置いた。
「それじゃあ、開けますよ~」
そして、今、そのベールが捲られる。
「な、なんじゃこりゃあ!?」
銀色の食器に乗っていたのは、シワシワの魚の干物だった。
一瞬、魚の骨と見間違えるほど、干からびていた。
『うっひょ~~~~~~!』
天晴成員は、武蔵達とは対照的に、目を爛々と輝かせていた。
「あれ、皆さんの反応悪いですね?」
コベラは首を傾げる。
「ハハハハッ!さしずめ、航海食を初めて見て、驚いたってとこか。」
「ああ!そうなんですね!」
コベラは、ポンッと手をうった。
「これはだな、キリモンジャケの素干しだよ。
キリモンジャケは焼いた方が旨いんだけど、干すと長持ちするからよ、航海の時にゃ重宝するんだ。
こいつはそのまま食べても旨いんだが……」
そう言って、コベラは奥から壺を出してきた。
壺の口は、紐できつく縛られていた。
「こいつをかけて食べるともっと旨いぜ!」
コベラは壺の口を解き、中身を皿に出した。
ツンとしたニオイが鼻を刺す。
「むむ、なんと!これは……!!」
「梅干しだよ!!」
コベラは、皿の上の干物を箸でつまみ上げ、梅干しと共に口へ放り込んだ。
「ああ……やっぱりうめえなぁ……」
「お、おい……それ、大丈夫なのかね?腐ってないのかね?」
カガネが、怪訝な顔をする。
ルーナも、同じく顔をしかめていた。
武蔵は毅然とした表情でフォークを梅干しに刺し、豪快にかぶりついた。
カロ…
「んむ……❤️」
武蔵は目を見開いて、壺から梅干しをかっこんだ。
その様子を見たルーナも恐る恐る口にする。
「うん!おいしいです!!」
『えっ』
一同は唖然とした表情で二人を見つめた。
「な?言ったろ?」
コベラがニヤリと笑った。
「ほぅ、どれどれ……しょっぱ。」
カガネも、梅干しを食べてみたが、すぐさま後悔した。
いや、後梅した……。
♦
日が暮れた。
辺りは真っ暗だった。
暗澹たる濃霧の中に、月明かりが唯一、おぼろげな光を滴らせていた。
小さな月明かりは、今にも溶けて、深い夜に消え入りそうに思われた。
「夜の海って、こんなに暗いんですね……」
ルーナは、呪嚥の森でのことを思い出して、身震いした。
「よし!!じゃあそろそろ寝ましょうかね」
コベラの号令で、一行は船室へ向かった。
それを、ゴウカイが制止する。
「待てい!!!見張り番を決めなきゃならん。」
「見張り番……ですか?」
ルーナは首を傾げる。
「ああ、クラーケン以外にも魔物はいるのだ。
だから、夜襲に備えてな。
見張り番は二人一組で交代制だ。」
「しかしゴウカイっちよ、どうやって順番を決めるんだ?」
「……じゃんけんだ。」
異様な空気が船中に漲った。
潮騒の音だけが、えらく不気味に聞こえている。
ザバァーン
ザバァーーーーーン
一同は、やおらに拳を構えた。
『最初はグー』
『じゃんけん ポン!!』
♦
「腹減ったのぉ~……」
「そうですね……」
武蔵とルーナの二人は、甲板の上で見張り番をしていた。
「仕方ないですよ。
船の上は食糧が少ないから……」
「ふむ……じゃがのう……。
あの干し魚だけじゃのう……。」
武蔵は不満げな表情で腕を組む。
「まあ、分からないことも無いですけど……。
ああ、私、反対側の見張り番行ってきますね。」
「うむ、気をつけるのじゃぞ。」
ルーナは頷くと、船室を挟んだ反対の側へ向かった。
♦
ルーナは、しばらく海をぼーっと見ていたが、突然立ち上がった。
「なに、あれ……。」
小さな灯が、真っ暗な海からポツンと浮かんでいる。
目を凝らしてみてみると、その灯はゆっくり、動いていた。
ヒッ、と小さな悲鳴を洩らし、ルーナは後退りする。
霧を跨いでゆらゆら揺れる灯。
波音の作り出すノイズ。
船がギシギシ軋む音。
どれをとっても、不気味だった。
「ひ、人魂……?人魂だ……!!」
どうしていつも私だけこんな目に。
ルーナは、そう思わずにはいられなかった。
「だ、誰か……ムサシさん、ムサ……ムサシさん!!!」
慌てて、武蔵を呼びにいく。
「ムサシさん!大変です!ムサシさん!!」
「む、どうした?るうな殿。」
「おばけが!人魂が!人魂が……!」
「何!!真か!!」
武蔵は、ルーナが指差した方向へ駆け出す。
「ムサシさん!!待ってください!」
♦
「むむ……これは……。
何もないではないか。」
「ほ、本当ですよ!私見たんです!!」
ルーナは必死に武蔵に食い下がった。
「見間違いじゃろ」
「そ、そんなはずは……」
「るうな殿。
あまり思い詰めると体に毒じゃぞ? ……さ、見張りへ戻ろうかの。」
「……はい。」
♦
あれから、人魂が現れることは無かった。
日が昇り、海が白んでくる。
いつの間にか、霧はすっかり消えていた。
「おはようございます!」
先ほどまで見張り番をしていたコベラが、船室のドアを開け入ってきた。
「なんじゃ、もう朝か……。」
「ああ、おはよう。」
「おはよう!!!!!」
武蔵、カガネ、ゴウカイが返事をする。
「あ、おはようございます……」
ルーナは元気なく返事をした。
、昨夜のことが尾を引いているのか、眠れなかったためだ。
「さあ、諸君。
そろそろヤツの巣だぞ!!」
カツミが甲板から声をかける。
「血沸く血沸く……」
「ゲソに合う酒持ってきたか~!!!!!?がーはっはっは」
「カタナの前に、腹ごしらえだ!!」
雰囲気は絶好調だった。
「いくかのう……」
武蔵が呟いた直後。
カツミが慌てて叫んだ。
「おい!大変だ!!皆来てくれ!!」
「……"ヤツ"が!!"デカ"が死んでるんだ!!!」
・・・つづく・・・