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イデアルクラウス物語

与えられた幸運は、本当に不運じゃないのかね?

「ここが魔王城かぁ。前評判よりは普通の城って感じだな」


 遠路はるばる訪れた、イデアルクラウスのしみったれた荒野の中、不相応にでかい城はあった。「魔王」が棲むというその城は、特に禍々しいという雰囲気もない。


 俺は神運の(ゴッドラック・)リグレス。魔王グレンゼルムとやらを討伐する使命を与えられた、大幻晶王国(アルステラクリス)の勇者だ。まぁ勇者といっても、伝承の「聖剣の勇者」じゃなく、疑似聖剣(イミテーション)で再現された疑似勇者なんだが、その違いを認識している奴は多くない。どちらにせよ、尋常ならざる異能をもって正義(ぼうぎゃく)をふるう、という点では同じだ。


「さて、忘れないように保存(セーブ)しておかんとな」


 俺の異能は()()()()()。果たすべき目的のために、特定の「時点」にアンカーを張り、あらゆる可能性の試行と、その観測の果て、最も望ましいと思った結果だけを残す力。この異能があれば、俺は負けない。勝ち得る筋が存在する限り、俺にとって不都合な未来は、決して確定しない。故に俺は「神に愛された勇者」と呼ばれている。


 何にせよ、長かった旅もようやく終わる。俺は今日、魔王グレンゼルムの討伐を終えて故郷に帰る。ここら一帯のことごとくを焼き払った、大幻晶王国(アルステラクリス)の大爆撃をも凌いだことで、異常なほどに膨れ上がった魔王の討伐報酬を受け取って、これからは何不自由のない生活を送るんだ。



「来訪者か。何用だろうか」


 魔王は拍子抜けするくらいに敵意も何もなく、俺に語りかけた。魔王というくらいなのだから、もっとこう、全てが憎くて仕方がない、とでもいう感じかと思っていたが。


「とぼけなさんな。俺は勇者で、お前は魔王だ。わざわざ会いに来た理由なんざ、改めて説明する必要もなかろ?」

「……そういうものなのだろうな。理解はできんが、お前より以前に訪れた者も、ほぼ全てがそうだった。殊更語る必要もなく、ただ刃を交えるのが正義であるならば――」


 瞬間、滾る戦意が魔王から感じられた。なるほど、とぼけたようでいて、こいつはやはり恐るべき「魔王」なんだな。


「――こちらも相応の礼で応じよう。我が名はグレンゼルム。武人の誇りを以て葬ってやろう」

「上等だ。こっちには名乗る名前なんてねえがな」


 ……まぁ今回はただの様子見だし、相手が相当の雑魚でない限り、俺は瞬殺されて終わるだろう。そのための保存(セーブ)だからな。


----


 案の定、爆速で死んだ。手も足も出ねえ。やり直しがきく、と考えてしまうと、どうしても気が緩むからな。繰り返すうちに慣れていくしかない。


「だが、アレは正攻法で何とかできる奴じゃねえな。となると、やっぱ不意打ちしかねえか」


 勇者といっても、俺は結局のところ、作り出した「幸運」に頼るしか能がない男だ。自分の限界は良く分かってる。これまでも(こす)い手段で勝ってきた。それを恥じるつもりはない。勝てなければ全て失うのだから、八方手を尽くして勝つのは当たり前だ。


 俺の異能は万能だが、全能じゃない。目的が漠然としているほど、猶予時間が短く、状況に対する試行を重ねることが出来ない。今の保存(セーブ)は「魔王グレンゼルムの様子見」のための試行だから、最低限奴に会いに行かざるを得ない。大方針は既に定めた通りだが、不意打ちを図るなら第一印象を良くしないとな。幸い、奴はこちらを即攻撃してくるような感じではなかった。精々うまく利用させてもらうとしよう。


「来訪者か。何用だろうか」


 魔王グレンゼルムは、先程と特に変わらない様子で俺に語りかけた。さて、どう答えたものか。やり直す可能性も高いし、敢えて素直に名乗ってみるか。


大幻晶王国(アルステラクリス)の勇者だ」

「ふむ、大幻晶(アルステラクリス)王国の。やはりここには名誉なりを求めに来たのか?」


 素性を明かしてすら、魔王と勇者って間柄とは到底思えないやり取りだな。こちらから敵意さえ見せなければ、そのまま見過ごされそうな感じがする。非常に好都合だ。


「名目上は、な。だがお前さん、無益な戦いは好まないタイプと見た。俺たち、本当に戦わなきゃならんのかね?」

「……ふむ。無益な戦いを好まない、か。戦いに有益や無益など、今まで考えた事もなかったが、一理あるな。戦う必要があるかどうかについて言えば、私としては挑まれない限り、特に戦う必要はないと言えるだろう」


 ……なんか妙に理屈っぽいな。変な奴だ。まぁいい。


「殺さないでくれるなら助かる。もう戦いはうんざりだよ」

 うんざりだ、ってのは偽りなく本音だ。こんな血なまぐさい生活は、さっさと終わりにしたい。


「そうか。ご苦労だった。それで、これからはどうするつもりだ? よく知らんが、勇者というものは、目的を果たして凱旋するまでが仕事だ、という認識ではあるが」


 腹の中を探ろうとしてるのか? いや、こいつは単に疑問に思っているだけかもしれんな。こいつはそういうタイプの馬鹿だ。疑うことも知らんのだろう。


「そうだなぁ……。これからゆっくり考えてみるとするよ。差し支えなければ、ここらでゆっくりさせてもらえると助かる」

「そうか。では気が済むまでゆっくりしていくが良い」


 心配になるほど無警戒だな。ネタのつもりだったが、案外これが一番警戒されない初対面なのかもしれん。ならば時点(アンカー)はここへ、目的は「魔王グレンゼルムの殺害」で、保存(セーブ)


「ありがとよ」

 ここからは試行するしかない。取り敢えず、立ち去る背中に剣を振り下ろしてみる。特に警戒されていた雰囲気もないが、当たり前のように打ち払われた。


「稚拙な不意打ちだな。あるいは、急に気が狂いでもしたか?」

「……そのようだ。安心しろ、次はもっと上手くやるさ」


----


「何やら気分が良くなさそうに見えるが、大丈夫か?」

「……敵の心配か。舐めやがって……」


 もう何度繰り返したかも分からんが、お陰で表情を取り繕うことも出来なくなりつつある。何度もやり直せるからといって、精神的苦痛が伴わない訳じゃない。身体が傷付けられる苦痛は誤魔化せるが、終わりの見えない試行を繰り返し続けるのは嫌になる。完全に寝ているこいつの首を落とそうとして、剣が届く前にこっちの首が飛んでいた気持ちなんて、誰にもわかってたまるか。


「敵、か。分かってはいたが、やはりお前も私を討ち倒すのが目的ではあるのだな。どうしてそこまでして私を倒したいのかが理解できんが」


 癇に障る野郎だ。魔王(てめえ)自身の立場を弁えていないことも、俺が既に引くに引けない事情を抱えてるのを見透かしていそうなことも、何もかも気に食わねえ。


「こっちにも事情があるんでね」

 疑似聖剣の異能に共通する制約は、一度決めたことを完遂する義務が伴うことだ。故に、俺はこいつを殺さなくちゃいけない。接する内に情がわくとかそういうのは、こいつ相手だとマジでどうでもいい。単純に、何をしてもこいつに勝てる気がしない。


「なぁ。お前はどうやったら死ぬんだよ?」

「随分と不躾な質問だな。私が死ぬ条件は、一般的な人のそれと特に変わらんはずだが」


 嘘つけ。普通の人は寝てるときは無防備なんだよ。


「そういう意味じゃねえ。無防備なはずのお前に攻撃しても、全く通じねえのはどういうことなんだよ」

「成程、不意打ちか。された記憶がないので、実際のところはどうか知らんが、私が反応出来ていたということは、単に殺気が抑えられていないのではないか?」


 ()()。格上の連中は感覚的な事をよく言うが、俺には全くわからん。


「不可解そうな顔をしているな。何というか、相手の意志の力に対する知覚だ。無意識では普通制限されていないので、これを感知できるものにとっては、相手の動向はある程度筒抜けになっている。簡単に表すなら、()()のもっと繊細な知覚だな」


 瞬間、おぞましい感覚が体を走り抜けた。背骨を冷たい刃が撫で付けるような、直感的な死が感じられる。感覚はすぐに消えたが、これが魔王の言う「意志の力」か。


「鍛錬すれば、意志の力だけでも幾らかは相手を害することも出来るらしいが、有効打にはならんからな。直接斬りかかる方が手っ取り早いので、私は限界まで増幅してもこの程度だ。……何にせよ、これを知覚出来る相手への不意打ちは、意識的に殺気を抑えなければ、不意打ち自体が成立しないのだ」

「……理屈はわかった」


 しかし、聞けば何でも教えてくれるな。攻略に役立ちそうな他の情報はないかね。


「何か弱点とかはねえの?」

「ふむ。把握はしていないな」


 肝心なところは教えてくれねえ。いや、マジで把握してれば教えてくれるのかもしれんが。そんな気がしてきた。頭が痛い。


「だが、流石に不意打ちを狙っていることを面と向かって表明されてしまうと、私とて警戒はする。その点は問題ないのか?」

「ああ、ねえよ。どうせお前は覚えてられないから、教えといてやる。俺は過去に戻って、最良の結果を得るまで繰り返せるんだ。今回は貴重な情報ありがとよ。後悔しやがれクソッタレ」


 殺される前に捨て台詞を吐いておく。だが、奴は。


「成程、合点がいった。それでは、良き闘争を期待しているぞ」


 そう言って去っていった。どこまでも舐められているらしい。殺されなかったのは、それが無意味だと察したからなのか、単に俺に興味がないのか。


----


 もう何度、あと何度。擦り切れそうな意志を繋いで、次を試す。殺気とやらを抑えるのは、だんだん慣れてきた。これならきっと、次は通る。


 幽鬼の如く気配を殺し、眠るその首貰い受ける。殺った。


「まるで気配を感じなかったな。素晴らしい研鑽である」

「……化け物が」


 (かわ)された訳じゃない。しっかり食らわせたのに、こいつは平然と起き上がり、既に臨戦態勢を取っている。


 察した。こいつは俺が殺せる相手じゃない。命の全てを賭けるような研鑽の果て、ただ初撃が通せるかどうかしか変わらない。殺しきれない分は真っ当に切り結ぶしかなく、そこには可能性が存在しない。既に詰みだ。


「やるのであれば、全身全霊で立ち向かおう。我が名はグレンゼルム」

「……神運の(ゴッドラック・)リグレス。だが、降参だ。さっさと殺してくれ」

「……まだこれからではないか?」

「もう終わりだ。これ以上はねえよ」


 いくら繰り返したと思ってやがる。お前にとっては一夜も明けない程度の時間でも、俺はもう順当に寿命を迎えるくらいの時間を過ごしてんだよ。勘弁してくれ。


「何なら仕切り直しでも構わんが」

「無理だな」


 猶予が出来たところで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()以上、それを受け入れることはできない。受け入れれば疑似聖剣の餌になるだけだ。


「そうか。残念だ」

「精々覚えておいてくれ。命を賭けて、お前にただ一撃をくれてやった、馬鹿な勇者のことをよ」


 せめて「こいつを殺すこと」を目的にさえしてなければ、まだ何かは出来たのかもしれんが。


「良くは分からんが、了承した。神運の(ゴッドラック・)リグレス、意志を隠す覚悟の刃の持ち主よ。貴様の一撃は得難い経験だった」


 ……畜生。最期の言葉が存外嬉しいじゃねえか。こんなはずじゃなかったのに、一気に報われた気がしやがる。努力の果てに結果が残るのは、こんなにも心地良いことだったんだな。


 ああ、次は上手くやれるといいな。異能の力なんてなくてもさ。

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