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旅する少年(2)

「ほ、本当に来た……」


 荷台に積まれた荷物の山に身を隠すようにしながら、グレッグが驚きの声を上げた。


 目の前に現れたのは、人相の悪い五人の男たち。各々が馬にまたがったまま、鋭い眼光でこちらを見据えている。


「……一体、何の用だ?」


 グレッグとベルの乗った牛車を守るように、アークが男たちの前に立ちはだかった。


「おめえこそ何だあ?」


 リーダーとおぼしき眼帯の男が一段と睨みをきかせる。


「俺たちはなあ、たまたま前をお宝積んだ牛車が走ってたから、ちょっくらいただこうかと思って来たわけよ」

「……ふん」


 眼帯男の言葉を聞き、アークは鼻で笑う。


「やはりそうか。都でも、このようなのどかな場所でも、ならず者のやることは皆一緒だな」

「ああ? 何だって?」

「どこにでも、人様の物を力ずくで奪う愚か者がいると言ったのだが、聞こえなかったか?」


 手下らしき男たちがどよめき立つ。


「何だと、このガキ!」

「よっぽど痛い目に遭いたいみてえだな」


 今にも馬から降りアークに飛びかかっていきそうな手下たちを、眼帯男が片手で制した。


「まあ待て。なあ小僧、俺たちも鬼じゃねえ。もらうもんさえもらえれば、命までとったりしねえからよ」


 それを聞いたグレッグが、荷物の間から恐る恐る顔を出す。


「本当か? この荷物さえ渡せば、わしらに手を出したりはしないんだな?」

「ああ、本当さ」


 眼帯男が口端を上げながら、大きくうなずいた。


「アーク、この荷物を渡そう。そうすればみんな助かる」


 グレッグの申し出に、アークが無言でわずかに片眉を上げる。


「本当は、わしはお前みたいな子供を危険な目に遭わせたくないんだ。わしにも一人息子がいたんだが、ベルぐらいの年に病気で亡くしちまった。生きていたら、ちょうどお前ぐらいの年頃になっていたはずだ……」


 言い終えたグレッグの表情には、苦渋の色が浮かんでいた。その様子を見た眼帯男が哀れむような顔をアークに向ける。


「おっさんも、ああ言ってるんだ。言うとおりにしな小僧、悪いようにはしねえからよ」


 アークは少しの間グレッグを見つめると、眼帯男に向き直った。


「……そうだな、オレもこのようなところで死にたくなどない」


 眼帯男が背後の手下たちと意味ありげにうなずき合う。


「じゃあ、大人しくそこからどいて……」

「何を言っているのだ?」


 眼帯男の「どけ」という手振りを目にし、アークが不思議そうに小首を傾げた。


「オレは死にたくないとは言ったが、ここから退くとは一言も言ってはいないぞ」


 この場にいた全員が呆然となる。


「アーク、わしの話を聞いていなかったのか? 荷物なんかどうでもいいんだ、そんなもんより命の方が大事に決まっているだろう!」


 グレッグは荷台から身を乗り出し、アークを説得する。だが、彼は大きく首を横に振った。


「悪いが、あんたの言うとおりにすることはできない」

「アーク……」


 呆れたような、哀れんだような目でグレッグはアークの背中を見つめた。


「命はもちろん大事だ。だが、その荷物の中の小麦も、あんたが苦労して育てて収穫してきた大事なものだろう。それを何の苦労もしない愚か者どもに渡してしまって、本当にいいのか?」


 グレッグはハッとする。そして次の瞬間、こちらを見るアークと目が合った。


「心配するなと言っただろう。あんたの命も荷物も、全部オレが守ってやる」


 アークの目は自信に満ち溢れた強い光を宿している。それは彼の放った言葉が決して大言壮語ではないことを表しているようだ。


「こらあ! 俺たちを無視してんじゃねえよ!」


 突如、怒号が周囲に響き渡る。グレッグは「ひいっ」と情けない声を上げ、再び荷物の陰へ引っ込んだ。


「こっちが下手に出てやりゃあ、いい気になりやがって……。素直に荷物を渡さねえなら、実力行使に出るまでだぞ?」


 眼帯男が馬から降り、ゆっくりとアークに歩み寄る。


「馬鹿な奴だなあ? こっちの言うこと素直に聞いてりゃあ、死なずに済んだのによ」

「……やはり同じだな」


 アークは顔色一つ変えることなく、その場に留まっている。そうしている間にも、彼と眼帯男の距離は縮まっていった。


「ああん? 何が同じだって?」

「都のならず者どもと同じことを言うと思ってな。連中も最初は命だけは助けてやると言う。最終的には、口封じのために命を奪うつもりであっても、だ」


 アークは目の前に迫る眼帯男を鋭いまなざしで見据える。


「ふはははははははははっ!」


 不意に眼帯男が笑い出した。


「よーくわかってんじゃねえか、小僧。そうだ、最初っからお前ら全員殺すつもりだったんだよ。荷物を素直に引き渡す、引き渡さねえに限らずなあ!」


 そう言いながら、腰に下げていたベルトから長刀を引き抜き、その切っ先をアークへと向けた。だが、それでもなお彼はその場から一歩も動こうとしない。


「……それで、騙しているつもりだったのか?」


 不意にアークの口元から笑みがこぼれた。


「何を笑ってやがる?」


 命の危機に晒されながら怯える様子も見せず、命乞いしようともしない目の前の少年を怪訝そうに眼帯男が見下ろす。


「とんだ猿芝居だったからな、笑いを堪えるのに苦労したぞ。もっと上手にやりたいのなら、まずはその殺気を消す努力をすべきだ」


 アークはさもおかしそうにククッと笑った。


「このガキいいいいいいっ!」


 これ以上ないほど蔑みを込めた口調で言われ、眼帯男の額に青筋が浮かんだ。


「お前ら全員皆殺しだ! クソガキ、まずはてめえからだ!」


 長刀がアークの頭上に振り下ろされる。間合いは十分で、その場から一歩も動かずにいる彼が凶刃から逃れる暇はまったくない。


「ひいっ……!」


 一連の様子を見ていたグレッグは、反射的に顔を両手で覆った。だが、そんな彼とは対照的に、アークは顔色一つ変えず、目前に迫った刃をまっすぐ見据えている。


「……仕方ないな」


 アークは小さく呟き、一呼吸する。そして、逃げるべく足を動かすかわりに、ゆっくりと口を開いた。


『地上を照らす日の光よ、輝く盾となりて我が肉体を守れ!』


 言い終わるのとほぼ同時に、不意に周囲が眩しい光に包まれる。


「な、なんだあっ!?」


 眼帯男、その手下の男たちがあまりの眩しさに目を瞑った。光が弱まるのを見計らい、男たちは目を開ける。


「バ、バカな……!」


 眼帯男の驚きを帯びた声が耳に入ってくる。それを不思議に思ったグレッグは、恐る恐る顔を覆う両手を外した。


 グレッグが、その場にいた全員が、一様に驚愕の表情を浮かべる。アークの頭上に振り下ろされたはずの長刀が、真っ二つに折れている。彼と眼帯男の間には、白く光る障壁のようなものが出現していた。


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