終わりの始まり(2)
背伸びしたくていつも素敵ディナーやランチに誘い出していたけれど、彼女のバースデーに要望を聞いたら、大衆酒場に行ってみたいとか言い出して。
「嬉しそうだったなぁ」
男ばかりいるそこに真っ白な肌をした美しい彼女が飲食をしているわけで、そりゃ浮いて浮いて仕方なかったけれど、何だか嬉しくなって、俺の彼女だと言いふらしたい気分だったっけ。
『また来ようね』
そう言って笑ってくれた彼女の笑顔。
雪の柔らかくて朗らかな笑顔。
最近いつ見たかな……。
「帰るっ!」
「わ!? 波多野さん急にどうしたんすか」
突然立ち上がったものだから、両隣と向いに座っていた仲間が飛び上がるようにして驚き、後輩くんに至っては持っていたグラスを盛大にひっくり返させてしまった。
「すまん、ちょっと妻が心配なので帰ります」
「お熱いねぇ! おーおー気をつけてな!」
上司に挨拶とお礼を述べ、今なら日本一になれるのではないか、そう思うほどに走り抜け、けれど運動不足の体がそんなことをいつまでも続けさせてくれる訳もなく、今度は酸素がこの世から無くなってしまったのではないか、そつ思うほどに苦しくてスピードを落とす羽目になってしまった。
そんな俺を叱責するように突然雨が降り出し、もう一度走りに走って辿り着いた家の前、なぜだか中は真っ暗で、もしかするとまた眠ってしまっているのかとそっと鍵を開け、そのまま部屋の電気をつけた。
「ただいま」
けれどそこには雪の姿はなく、グズグズしている小雪が、ベビーベッドの中からこちらを見つめているだけ。
「あれ……? 小雪、お前寝返りできるようになったのか」
「ふぇっふひゃぁ」
たくさん泣いていたと言わんばかりの鼻水と涙が布団に染み込んでいるけれど、一生懸命頭を持ち上げ笑っているのか泣いているのか、とても不思議な表情でこちらを見てくれた。
「ママはどこ?」
そっと抱き上げると、いつか初めて抱きしめた時とは全然違い、ずっしり重くなっていた。
まん丸の瞳がこちらを見つめ、抱かれたことで安心したのかニコニコ笑顔を浮かべ、一生懸命何かを話してくれる。
「雪ー? どこにいるんだ?」
妙な胸騒ぎがして、寝室やトイレ、風呂場からクローゼットまで開けてみたけれど、何処にもその姿を見つけることが出来ない。
「雪?」
とその時、突然ポケットに入れていたスマホが電話を知らせる着信音を響かせ、驚いた小雪の瞳が潤んだ。
「よしよし、ちょっと待ってな」
その画面に表示されたのは知らない番号。
何か忘れ物でもしたかな?
そう思ってスマホを耳に当て、その言葉で俺の思考が全て止まった。
『西明警察の者です。波多野雪さんのご家族ですか?』




