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終わりの始まり(1)

 あっという間に半年が経って、相変わらず家では夜泣きに昼間はグズグズの小雪に振り回され、職場ではまぁ平和であれどなかなか増えない従業員のおかげで連勤が続く。


 雪は以前に比べ家事もこなし、温かい食事も用意してくれるようになった。


 それでもやはり時折、小雪を放っておいて眠りについていることがあり、その度に溜め息をつきながら起こすことがあり、何とかならないかという悶々とした気持ちも抱いていた。


 そんな中、職場の経営が大きく黒字になり、激励会と称した飲み会が開催されることになった。


 もちろん家ではなかなかアルコールなんて飲む気分になれないので、ここぞとばかりに張り切って参加の意思を示す。


「波多野さん、参加するの?」


 そう尋ねてきたのは、相変わらず恰幅が優しさに比例したような事務員のおばさん。

 出産の日に送り出してもらって以来、会えば小雪の様子を聞いてくる不思議な人。


「え?」

「帰ってあげなくていいのかい?」


 普段大きな声で喋っていたりするような人なのに、珍しく小声で尋ねてくるから、その真意が読み取れず、何故? と首を傾げて見せる。


「まだ半年だろ? 大変じゃないのかい?」

「大変? 一日中家に居るんだから、大変なことないでしょ?」


 そうして笑って見せ、彼女からもそうやって返ってくるかと思っていた。


 長い間彼女とも同じ職場で働いて来て、知らないことは無いだろうなんて思っていたのに、目の前にある表情は初めて見せられたものだった。


「あんた本気で言ってるの?」

「え?」

「育児って、そんな甘っちょろいもんじゃあないよ? 人を殺してしまえるほど大変なんだよ?」

「は? 何をそんな馬鹿なことを」

「波多野さーん」


 可笑しなことを言う人だ。


 トラブルがあったと後輩に呼ばれて会話はそれっきりになってしまった。


 なのに何故だか妙に彼女の表情と言葉が頭に残り、飲み会までの時間、どこか落ち着かなくて、淡々と仕事をこなし続けた。



「カンパーイ!」


 賑やかな大衆酒場。

 アルコールの匂いと肉の焼ける匂いが漂うそこで、結果的に主婦と呼ばれる人たちを除いた男ばかりが集まった。


「ぷっはぁっ、久しぶりのアルコール、美味すぎる」


 次々にテーブルに並べられる肴や焼き鳥の盛り合わせ、キラキラ輝く刺身も真っ白なツマの上で優雅に並んでいる。


「波多野さん、お子さんどうですか? 可愛い盛りじゃないですかー?」


 それなりにみんなアルコールが回り、無礼講だと賑やかにあれこれ話している中、隣に座っていた後輩がビールをついでくれながら尋ねる。


「んまぁなぁ、グズグズと夜泣きが酷くてたまんないなー」

「夜泣きっすかー、そりゃ大変っすけどなんで夜泣きするか知ってますかー?」

「考えたことも無いなぁ」


 彼は俺よりパパ歴が3つ上で、噂ではかなりのイクメンらしい。


 自分のグラスにもビールをなみなみと注ぎ、軟骨の唐揚げを頬張りながら、どこか遠くを見つめて話を続けてくれた。


「赤ちゃんって突然世の中に放り出されるじゃないっすかー? 世の中とお腹の中の区別をつけたり、現実を認識するのに泣くらしいっすよぉ。上手く折り合いつけられずに泣くんすねー、面白いっすよね」

「へぇ」


 次々軟骨を頬張っていく彼のビールの泡がどんどん減っていく。


「最初の数ヶ月ってイライラするんすよねぇ、でもあっと言う間におっきくなるんで、泣き顔見るの今っすよー」

「そうなのかねぇ……」

「あ! 吉山先輩!」


 泡が数ミリになってやっと一気に飲み干した後輩くんは、話すだけ話すと他のやつにビールを注ぎに行ってしまった。


 現実の認識ねぇ。


 賑やかな話し声や喋り声、アルコールの匂いとタバコの匂いが鼻につき、不意にいつか雪ともこんなお店に来たなぁと懐かしく、淡い記憶が脳裏を横切った。


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