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今からしっかり始めよう

「店主!」

「はい?」


 白い小さな座布団の上に置かれていた指輪を無理くり小指にはめ、いくらか分からないコーヒー代を1枚の紙にしてテーブルに置いた。


「この辺で今すぐケーキを……誕生日ケーキを買える店、知らないですか?」

「……それが……」


 慌てて店を出ようと身支度をする俺の前に、真っ白な箱が差し出され、申し訳なさそうな顔の店主が俺を覗き込む。


「ついうっかり作り過ぎてしまったケーキがあるんですよね、どこも今日はクリスマス一色だと思うので、よければどうぞ」


 箱の上にある窓になった透明な部分、そこから覗くのはフルーツが沢山乗ったホールケーキにチョコプレートがちょこんと乗ったシンプルなもの。


「今日は雪が降るみたいですよ、足元に気をつけてお帰りくださいね」

「ケーキ代」


 もう一度財布からお金を取り出そうとして、店主の手がそれを止める。


「コーヒー代と一緒に頂いてますから、ほら早くお家へ」

「ありがとっ!」


 俺は深々と頭を下げると急いで店を出た。


 店主の言う通り、曇天の雲から白い粒がひらひらと舞い落ち始めていた。

 頬や手に触れ冷たいと感じる前に消える。それを繰り返し徐々に粒が大きくなっていく。


 何よりも重く感じる白い箱を、揺れないように慎重に丁寧に家の前まで運んだ。

 三人で住んでいたはずの家は大きくて寂しく感じていたはずなのに、今はなぜだか心が熱く緊張しているのか鼓動がとても早い。


 鍵穴に鍵を差し込み扉を開く。


 音に気づいた母親が、腕の中で眠る小雪を抱いて出迎えてくれた。

 一瞬雪に見えて飛び上がりそうになったけれど、直ぐに現実に戻され慌てて靴を脱いだ。


「パパは落ち着いてくれたかなー?」


 そんな冗談も右から左に流れ、上着を脱ぐこともせず雪の写真の前へ白い箱とともに腰を下ろした。


「雪、聞こえるかな」


 写真の中にいる彼女は相変わらず笑顔だ。

 なんの不平不満も無いと言ってくれそうな笑顔なのに言葉は返ってこない。


「雪、本当に迷惑かけた、何もかも遅いのはわかってる。心配もかけたし、気も使わせてしまった。記念日のひとつも大切にしなくなった俺をずっとずっと大切に想い続けてくれて、その……ありがとう」


 持っていた白い箱の蓋を開く。

 生クリームで飾り付けされ、たくさんのイチゴがキラキラと輝き、その間には色鮮やかなメロンまで乗った丸いケーキが姿を見せた。



 そうだ。雪はイチゴとメロンが大好きだった。


 初めて二人で食べに行ったパフェに、大きなイチゴとメロンが乗っていて、今まで見たことないほど喜んでいた姿が脳裏をよぎる。


「粋なことができるじゃないか」


 その上に乗っていたチョコプレート、そこには文字が書いてあり、やっぱり店主は魔法使いなんじゃないかと思ってしまう。



“今までありがとう、おめでとう、これからもよろしく”



「ぱぁぱ……?」


 幼く小さく柔らかな声が俺を呼んだ気がした。


「え? 小雪、喋れるのか?」

「初耳だよ」


 母親も驚いたように腕の中にいる小雪を見下ろす。

 夢現のようで、それっきりまた眠りについてしまったので、もしかすると夢でも見ていて、偶然発せられただけなのかもしれない。


「雪、俺はもう大丈夫。これからは雪が叶えられなかったこと全て俺が叶えていく。だから安心してくれ」


 改めて彼女の写真へ向き直り、姿勢をただし、頭を下げた。



 もう取り返しのつかない過去の過ちを繰り返さないために、これからも未来が彼女にとって安心出来るものにするために、そして、雪も、小雪も、ずっとずっとずーっと笑顔でいてもらうために。


「お誕生日おめでとう」


 目の前の写真が輝いた気がした。

 小指に付けた小さな指輪もまた、小さく輝いた気がした。





※※※※※※※※※※




「小雪ちゃんは何が好き?」

「動物戦隊ピッグピンク!」

「よしっ! 任せて!」


 授業参観の後、ちょっと寄り道して二人で喫茶ホットケーキへやってきた。

 みーちゃんはやたらに小雪に興味を示し、小雪もまたテンションの高いみーちゃんを気に入ったらしく、運ばれてきたホットケーキに絵を書いてあげると盛り上がっている。


「うるさくしてすみません」

「大丈夫ですよ、子どもの声があるとみなさん喜びます」


 前回と同じ席にいるお年寄り夫婦は、嬉しそうに小雪たちを眺め、ゆったりとコーヒーを嗜んでいた。


「みーちゃん違うよー! 左耳は折れてるんだよ」

「あ! こっち右だった」


 えらく盛り上がる二人は三枚目のホットケーキでやっと完成したと目をキラキラさせている。

 失敗した二枚のホットケーキは俺と店主の前に運ばれて来た。


「間違っちゃったから食べてね!」

「次は一発で書いてくださいよ」

「任せて!」


 店主のお願いに胸を張るみーちゃんは、小雪と大切そうに上手く描けたホットケーキをつつき始めた。


「笑顔が増えましたね」

「そうですか?」


 いつと比べてるのかなんて聞かなくてもわかるけれど、どうにも照れて素直に感謝が伝えられない。


「最近、小雪がとても雪に似てきて」

「似てきたのですか」

「えぇ、ただ少し小言が多いのが時々辛いですが、あのままの優しい性格で」

「これはもしや、将来結婚なんて話が出れば」

「渡しませんよ」



 いつか向けてくれた雪の笑顔が、みーちゃんと盛り上がる小雪に重なり、今にも笑いかけてくれているようで心が熱くなる。

 けれどいつかの将来、彼女も俺の手から離れてしまうと思うとやっぱり悲しい。

 嬉しくなったり悲しくなったり忙しいやつだ。

 そう自分自身に笑いかけ、店主からも俺の返答に笑われてしまった。


「そう言えばあのケーキ」

「ケーキですか?」

「また注文できますか?」


 もうすぐ小雪の誕生日が来る、そして雪とのーーーー。





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