話してみよう(5)
「時間?」
「 “雪さん” にも体力がありますからね、想いや後悔の強さにもよりますが “彼女” の場合ものすごく頑張って十五分でしょうか」
「え!?」
いつから始めたか、周囲の景色が止まっているので、壁にかけられた時計を見ればいいだけ、でも逆に今どのくらい経ったのか、それを知るすべは俺にはない。
「あと、どのくらいですか!?」
「あと五分かな」
みーちゃんが付けているエプロンのポケットから取り出された懐中時計、俺の腕時計でさえ止まっているというのに、何故かそれだけは時を刻み続けている。
「そろそろ最後のお話にしなきゃ」
「いやっえっでもまだ」
ーーーーアノ日……。
気持ちばかり輝きが失われつつあるのに、そんな中でも雪は変わることの無い聞き取りやすい声を響かせ、言葉を紡ぐ。
ーーーー雪、焦ッテタ。
「焦ってた?」
ーーーーキネンビ、シタイッテ、焦ッテタ。
「……記念日」
慌ててスマホを取り出し、スケジュール帳を起動させる。シフト記入にしか開くことのなかったそれには特に何も記載されていない。
ーーーーソレジャナイ、モウヒトツ。
まるで俺の手元を覗き込んでいるかのような叱責を受けた時、待ち受けを二度ほどスライドさせて現れた共有スケジュール帳を表示させた。
雪とーー目の前のリングではない本物の雪と付き合い始めていくらかたった頃、お互いのシフトや予定を簡単に確認できるように、そう言ってダウンロードした共有スケジュールアプリ、結婚してからもある程度利用はしていた。
お互いの予定を確認しあい、二人の記念日や思い出を記す、日記帳に近いものでもあり、毎日確認するのが楽しかったものだ。
「あっ」
雪が亡くなったあの日。
そこに記されていたのは、俺達が付き合い始めた日。
二人が出会い、認識し合い、初めて言葉を交わしてお互いの片想いを実らせた日だと、赤い文字で書き込まれていた。
結婚してからは誕生日や小雪の記念日、それらに気持ちが移り、仕事が忙しいという言い訳にすっかり頭から抜けてしまっていた。
彼女は記念日をとても大切にする人だった。
どこへ出かけた日、初めて行ったお店、初めてもらったもの、初めてあげたもの、レシートやパンフレットなんかもいちいち置いてあるから “思い出箱” と名のついたダンボールはあっという間にいっぱいになってしまっていた。
ーーーーアナタノ心ヲ離シタクナイ、マタ笑ッテ欲シイ、ダカラ、スーパー行ッタ。
時の止まったままだった喫茶店から突然、視界が雨の降る道の真ん中に放り出された。
賑やかに耳を打つ雨足、傘をさしていても足元が濡れてしまうほど強いのに、俺はどこも濡れない。
「大したものだね」
隣に立っていたのはみーちゃん。
目の前の景色にどこか興奮しているよう。
その出で立ちに似合わない口調に驚きつつも、二人並んで前から走ってくる人物を見つけた。
ーーーー何時二帰ッテクルカ、ワカラナイカラ、雪チャン急イデタ。
前から走ってくるのは間違いなく生きている雪だった。




