話してみよう(3)
か細くて柔らかくて、けれど聞き取りやすい女性の声。
雪の声にも似ているような気がするけれど、彼女の声はもっとこう人を包み込み引き寄せるような温かいものだったはず。
「初めまして、突然見ず知らずの人間が話しかけてごめんなさい」
ーーーーダイジョウブ、ハナシタカッタ。
腹話術でもしているのかと店主の口元を見つめてみるが、どこぞの話術士よりも精巧で一ミリたりとも動いていない。
ーーーーハナシタカッタ。
その言葉が誰に向けられているのか、それは俺にもわからない。
流石におかしいと隣に座るみーちゃんへ助け舟を求め視線を送ると、俺の視線に気づいていないようにただじっと指輪へ視線を送っていた。
「何なんだよ、子どもみたいな芝居で俺を励まそうとするならそんな気遣いいらない」
「私にそんな事をする義理はありませんよ」
どうぞと差し出されたそれはまたキラリと輝き、もう一度脳内に直接響くように話し声が聞こえた。
ーーーーハナシタカッタ。ユキチャンマイニチ泣イタ、マイニチアナタノ名前ヨンデタ。
その声は少しばかり怒りがこもっているようにも感じ、俺は思わず姿勢を正してしまった。
「えっとあの指輪さん……?」
何度も同じ話を繰り返していた目の前で光る指輪。けれど俺がそう声をかけた途端、何も話さなくなり、少しずつ光が消えているように見える。
「ちゃんと名前で呼ばなきゃ」
「え? 名前?」
「待って」
光を失いつつある指輪の乗った小さな座布団へ、店主はもう一度手をかざすとゆっくりと光を取り戻し、今度はどこからともなく泣き声が聞こえてきた。
「ちょっと混乱してるみたいですね、落ち着くまで待ちましょう」
「混乱?」
「感情が溢れてきます。きっとあなたに伝えたいことが沢山あるのでしょう」
脳内に響く泣き声が次第に弱くなる。
子どものような大人のような、しくしくと泣き続ける声はだんだん近づいて来ているようにも感じる。
「みーちゃん、聞ける?」
「ーーーーユキでいいって」
「だそうですよ」
示し合わせたかのような店主とみーちゃんの視線の送り合いに、少しばかり疑惑の念を感じてしまった。
その瞬間また脳内に響いていた泣き声が強くなり、光が小さくなる。
「もう、人を疑う気持ちは伝わるんだから少しくらい信じなよ」
ぷくりと頬を膨らませたみーちゃんに腕を小突かれ、ごめんと改めて頭を少しだけ下げると、またゆっくり光が強みを増した。
ーーーーハナシタカッタ。
まるで子どもが訴えるようなか細い声、泣き声とともに響くその声は、やはりハッキリとしていてよく聞き取れた。
「あなたは……雪?」
ーーーー違ウケド、ソウ。
しくしくとすすり泣きながら答える指輪は、少し鈍く光ると眩い光を放った。
視界一面が真っ白になり、イスに座っていたはずなのに空気イスにでも座っているように浮いている。
砂嵐のような耳鳴りがしたかと思えば、急激に引き戻されるように周囲が色を取り戻していく。正確には360度の映画館に放り込まれたようだった。
『大丈夫、だいじょうぶ』
頭上から声が降ってきた。
優しくて柔らかくて、愛に溢れているはずのその声は、不安そうに同じ言葉を呟き続ける。
『きっとだいじょうぶ』
暖かくて柔らかいものが触れ、眩い光が視界を覆った。
人工的な光だと気づくのに少しだけ時間がかかったのは、その視界が少し遠く感じたからだろう。
『やったじゃないかーーーー!』
飛び上がらんばかりの男の声に、彼女は安心したように息を吐いた。
これは、あの日のーーーーあの時の。
「雪……雪! まっ待ってくれ!」
手を伸ばした途端、早送りボタンが押されてしまったようにたくさんの思い出が流れて、お腹の大きくなった雪が懸命に家事をこなしている場面が映り出した。




