話してみよう(2)
相変わらず店内は穏やかな空気が流れ、奥では女の子たちが話に華を咲かせていて、入り口近くの席では老夫婦が穏やかに笑い合っている。
「あれこれ悩むくらいなら、きっと聞いた方が早いと思います。協力しますので、良ければこちらへ奥さまの指輪、置いてください」
「え?」
目の前に置かれたのは、手のひらサイズの白いモノ。座布団をそのサイズまで小さくしたようなそれは、見た目からして柔らかそうで、大きければ寛ぐにはすごく気持ちのいいモノかもしれない。
だからなんだと言われると俺にはさっぱり分からないし、この指輪はそんな高級品でもない。優しさを繕った貴金属を狙う強盗だろうか……なんて考えてみたりもしたけれど、彼の纏うオーラがそんなわけないだろうとバカバカしい気持ちを抑えてくれた。
「まさかここに置けば雪と話ができる、なんて夢みたいな……マジックみたいな……それではないですよね?」
「そうですね……ちょっと違います」
「まさか盗むつもりじゃ」
「大切なものを盗む気持ちは持ち合わせておりません」
嫌味っぽく言ったつもりだったのに、彼は動じることなくにこりと笑ってみせる。
『無理にとは言いませんが、お力にはなれますよ』と、満足そうに空のお皿を持って来たみーちゃんの頭を撫でた。
「私はお客さんが満足するまで、いくらでもお話し相手になります。でもそれは一時の発散、一過性でしかないので、きっとまた苦しむことでしょう。それなら根本的に解決できる、前向きに進める道を見つけなきゃ苦しいままです」
「そうですね……」
解決できる方法があるのなら、しっかり彼女と話して沢山のことを謝罪できたなら、満足とまではいかないまでも、このモヤモヤした気持ちを落ち着かせることはできるかもしれない。
そして何より、自分が自分がというこの期に及んでまだ自分を正当化しようとする、いけない気持ちを払拭できる……かもしれない。
結局そんな自分本位になる気持ちが抑えられず、なにか自分を変えられるのならと、小指にくい込んでいた指輪を外し、小さな座布団の上へ置いた。
「みーちゃん、良いかな?」
「お腹いっぱい!」
「じゃあ始めよう」
噛み合わない二人の会話、なのに突然みーちゃんが柏手を打ったとたん、キーンと耳鳴りがして店内のBGMが聞こえなくなり、穏やかな笑い声や楽しそうな話し声も聞こえなくなった。
店内を見回してみるとまるで時が止まったかのように、近くに座る老夫婦はカップを持ち上げた状態で固まっていて、奥にいる女性達はスマホを耳に当てていたり飲み物を口にしようとしていたりするところで固まっている。
「どういう事だ?」
「シー!」
自身の唇に人差し指を当ててみせるみーちゃんと、その横で指輪の乗ったそれを両手で大切そうに持ち上げ、目を閉じなにか呟き始める店主。
よくよく耳を凝らして聞いてみると、おかしな事に彼は指輪へ話しかけているようだった。
『初めましてホットケーキ店長です。よければ少しお話しませんか』
何事かと彼らを交互に見てみるも、彼はそうやってずっと話しかけているので、危険な人に出会ってしまったのではと後悔と恐怖を感じてくる。
「あの」
「静かにするの!」
指輪を返してもらい早くこの店から出よう、そう思って声をかけるはずが、いつの間にか俺の横に座っていたみーちゃんが、俺の袖を引きながら少しだけ怒っているようだった。
「何をおかしな事を」
ーーーーハジメマシテ。
「は?」
店主の手の上に乗せられた白い小さな座布団。その上に乗る指輪がキラリと輝いたかと思うと、どこからともなく声が聞こえてきた。




