話してみよう(1)
「亡くなった妻の物なんです」
「それは大切なものですね」
「えぇ、でも彼女にはきっとこれで束縛させていたかもしれません」
「束縛?」
チラリとこちらを向いた店主へ、俺は話すつもりなんて無かったのに、なぜだか心の中をさらけ出すように、次々言葉を吐き出し続けた。
「俺は妻のため子どものためを口実に、一切家事も育児も参加してないんです。唯一出産に立ち会ったくらい」
「素敵な経験をされたのですね」
笑ってくれた彼の笑顔は、男の俺でもドキッとしてしまうほど穏やかで柔和で、何もかもを受け止めてくれると感じてしまう、優しさのオーラが放たれている。
俺はここへ寒さに耐えきれなくて時間つぶしに来ただけなのに、いつの間にかぽろぽろ涙を落としながら言葉を吐き出し続ける。
「なのに妻は文句のひとつも言わないんですよ? たまに夜勤明けで寝ているところを起こすくらいで、しかもそれって買い物とか彼女一人ではできない事なんです、それだけの事なのに、俺は面倒だと待たせたりしてたんですよね」
そういえば事故を起こす前、彼女はどうしても買い物に行きたいと、珍しく何度も起こしに来たことがあったなぁ。
何故そんなことをしたのかなんてわからないし、今更聞くことさえ叶わない。
あの時ほんの一瞬でも眠気を抑えていれば、こんな事にならなかったかもしないのに。
あれはこれはとまた負のループにはまる。
そんな俺の話をいいタイミングで相槌を打ち、時折『そうなんですか』なんて責めるわけでも擁護する訳でもない、ただ本当に話を聞いてくれているという態度が心地よくて、今まで我慢していた言葉がどんどん溢れ出す。
「最後の日は未だに理由がわからない。まだやっと寝返りを打てるようになった我が子を置いて、買い物に出てたんです。そんなに急ぎなら連絡してくれればいいのに……でもそれをさせない雰囲気でいた俺が一番悪い」
何度目だろうか。
こうやって自分が悪いと言う。果たして俺は本当に反省しているのだろうか。
『あなたは悪くない』そう言われたいだけなのだろうか。そう言われて、納得するのか俺は。
だんだん自分自身に腹が立ってきて、流れ続けていたはずの涙が止まり、肘をついて頭を支えた。
「こんな考えばっかりで、もう聴けるはずのない彼女の気持ちをあーでもないこうでもないと毎晩繰り返して、最近では私生活に支障が出るほどなんです」
冷めてしまったコーヒーに口をつけようとして、新しいのをどうぞと、うっすら湯気が昇る新しいカップが差し出された。
「すみません、ありがとうございます」
「お客さんは、奥様のお話が聞ければお子さんのために笑ってあげられるのですか?」
「え?」
今までずっと穏やかに聞いてくれていた店主が突然、諭してくれるような穏やかな口調で疑問を口にした。




