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てがみ

作者: 澄谷

童謡にインスピレーションを受けて書きました。

『別れよう。今までずっと、ありがとう』


 短い手紙だった。私と彼の関係を終わらせるには、あまりにも短過ぎて味気ない手紙だ。

 慌てて彼の携帯に電話を掛けてみるが、全く繋がらない。メッセージもすべて遮断されているようだ。


「どうして……どうして……?」

 震える声で何度も呟いた。答えてくれる人はもうここにいない。

 彼の荷物がなくなった広い部屋で、私はずっとその手紙を握りしめ、すすり泣くことしかできなかった。



 〜3年後〜



「はーい、じゃあみんな、元気に歌おうねー!」


 私の呼び掛けに応じて、子供達の元気な声が聞こえる。


「せーの」


〈白ヤギさんから お手紙ついた 黒ヤギさんたら 読まずにたべた♪〉


 私のピアノに合わせて子供達が踊り、歌う。曲はヤギさんゆうびんだ。


〈しかたがないので お手紙かいた さっきの手紙の ご用事なぁに?〉


 ……手紙かぁ。

 つい嫌なことを思いだしてしまう。三年前、唐突に別れを告げたあの手紙……。結婚の約束までした彼がどうして去ってしまったのか、それは未だに分からないままだ。


 お歌の時間が終わってすぐの時だった。園児の一人であるケンジ君が私の元へ駆け寄ってくる。

「ねえせんせー、ヤギさんはなんで手紙を食べたの?」

 来たな、と私は思った。ケンジ君は人一倍好奇心が強く、よくこういう厄介な質問をしてくる。

「うーん、よっぽどお腹が減ってて、その辺の紙と間違えて食べちゃったんじゃないかなぁ」

 私は無難な答えを返す。だがやはり、ケンジ君は納得いかないらしい。

「そんなにお腹が空いてる時に、手紙が都合良く目の前にあるものかな? それに、白ヤギさんにお返事を書いたってことは、ちゃんと手紙の送り主まで確認しているんだよ! 手紙と分からず食べたなんて言い訳は通らないんじゃないかな!」

「た、確かに」

 ……ケンジ君の言うとおりである。

「大人はみんな想像力が足りないんだよなあ」

得意げなケンジ君に、私は何も言い返せない。いつものパターンだ。ケンジ君は園児のくせにそこらの大人より弁が立ち、彼の質問に私はいつもタジタジになってしまう。

「まぁ百歩ゆずって、先生の言う通りうっかり食べちゃったとするでしょ。誰でもたまには間違いをすることはあるからね。でも、白ヤギさんも全く同じ間違いを繰り返してるんだよね?」

「そうだね、ちょっとうっかりが多過ぎるかもね……」

「うん、だからね、ヤギさんの行動が必然と仮定した場合の僕の見解はね……」

 ケンジ君がもったいぶりながら話そうとした時である。

「ケンジくーん!」「あそんでよー!」

 女の子からのお誘いに、話は遮られてしまった。やれやれ、といった風にケンジ君は肩をすくめる。

「ごめんね先生。女の子が呼んでるからあっち行かなきゃ。また話そうね」

 一礼して、ケンジ君は女の子たちの方に走っていった。園児のくせに、すっかりプレイボーイの風格が漂っている。

 ケンジ君の理屈攻めから解放されて、私は少しホッとした。そしてちょっと考える。確かにケンジ君の言う通り、あれは不思議な歌かもしれない。童謡だから深い意味はない、って言っちゃったらそれまでだけど。ケンジ君の見解は一体どんな内容だったんだろう。ちょっと気になるなぁ。



   * * * * *


 その日、仕事を終えて家に着いたときのことである。私はポストの中に衝撃的なものを見つけた。


『洋子へ』


 封筒に書かれた字を見た瞬間、電流が走った。差し出し人を確認するまでもない。彼の字だった。

 鼓動が速まる。私の中で、彼の存在はまだ色あせていない。別の人と結婚し、家庭を築いた今でも……。


 ひとまず家に入り、落ち着くことにした。


 手紙を持つ手が震える。一体何が書いてあるのか、三年も経って、彼は何を私に伝えようとしているのか。まったく想像が付かない。

「大人はみんな想像力が足りないんだよなあ」

 ケンジ君から言われた言葉がフラッシュバックする。あの大人びた園児なら、こんな手紙の内容も見事に推理してみせるのだろうか。


 想像上のケンジ君のおかげで私は少し落ち着きを取り戻したものの、それでも私は手紙を開けることが出来ない。この手紙を開けたら、過去も未来も何もかもが変わってしまうような、そんな予感がするのだ。まるでパンドラの箱だ。


 私は珍しく必死で想像を働かせてみる。

 もしかしたら、この手紙は病院から送られてきたのかもしれない。彼は三年前、不治の病に侵されたことを知った。そして私を悲しませないよう、別れを告げひっそりと姿を消したのだ。しかし、いざ死の間際となって思った。最後にもう一度、わがままを……愛した人に、会いたいと!

 ……いやいや、さすがにそんなドラマみたいな話はないか。

 封筒を裏返してみる。どうやらこの手紙は彼の実家から送られたようだ。病院ではない。彼は今帰省しているのだろうか。


 私はさらに想像する。

もしかしたら、彼は突然莫大な借金を負ったのかもしれない。優しい彼のことだから、友人の保証人にでもなってしまったのだ。そして、私に迷惑をかけないよう別れを告げ、ひっそりと姿を消した。彼はその後、三年かけて借金を完済! しがらみがなくなったところで、私に再会を求めてきたのだ!

 ……うーん、これもなんだかドラマチック過ぎてピンと来ないな。身を隠すほどの借金が三年程度で返せるとは思えないし。

 というか、そもそも彼はどうやって私の今の住所を知ったのだろう。誰か友達から聞いたのだろうか。しかし、それにしてもなぜ手紙? 昔からちょっと変わったところはある人だったけど……。


 ああでもない、こうでもないと私が思考に夢中になっているとーー

 背後から、ガチャリとドアの音がした。ああっ、夫が帰ってきた!

 私は慌てた。まだ読んでいないけどこの手紙は、見られてはいけないと直感した。隠さなければいけない! でも、どこに……?

 私が思案している間にも、背後に夫の足音が迫ってくる。どうしよう、どうしよう……。

 そのとき。混乱する私の頭の中に、ある歌が響いた。

 そして、私は――


「ただいま、洋子」

「……おはぁえいあはい、ああふぁ」

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