天然の青色を求めて
探し物はすぐ近くのじめっとした藪にあるらしい。
それは日当たりの悪い藪によく生えるという。だから近所の日当たりの悪いところを重点的にあるいてみる。近所の河原や持ち主が長い間手入れしていない草むら、思い当たるところを手当たり次第に探してみた。
この辺りは幼いころによく遊んだところで、自分のうちの庭のようによく知っているのだが、目当てのものはまだ見つからない。幼いころの記憶をたどっても、探し物があった記憶もない。
そう思って今日は近所の神社の参道を探してみることにした。
近所の神社は、それなりに由緒正しい古い神社なのだけれど、昔と違って子供が減ったせいなのか、常駐の宮司はいない。手入れも悪くなっていて、足元は枯葉や木の根草の根でいっぱいだ。転ばないよう、慎重に歩いていく。柵の内側は参道のすぐ近くよりずっと日当たりが悪く、うっそうとしているけれど、背の高い木が多く、やはり探し物はなさそうに思えてきた。
日が暮れてきたので、やっぱりもう戻ろうと、もとの参道のほうに足を向けたとき、黄色と黒の縞模様をした奇妙な生き物が近くを飛んで行った。蜂のようでいて、それよりも一回り大きく胴が太い生き物だ。そして太いわりに飛ぶのが速い。
「スズメガ……?」
スズメガがよく飛んでいるのはクチナシやトマトだけれど、探し物の木にもよく飛んでくると聞いたことを思い出した。
そしてスズメガの飛んで行ったほうに向かってみると、そこには探していたものがあった。
その葉は大きく、長い葉柄を含めて30cmにもなるだろうか。柔らかくて薄く、柔らかな毛を密生する。葉を触ると、一種異様な、カメムシのような臭いがするのが名前の由来である。枝を折っても同じような臭いがする。だからうっかり踏みつけてしまったりすればすぐ見つかるらしい。がくが赤く、大きくて花が咲いているようだが、花は落ちた後で、真ん中には青い実が生っている。これが今日の探し物、臭木の実である。
「すみません、少しいただいていきます」
許可をいただく相手がわからないので、なんとなく神社の本堂に向かって声をかけてみた。……多分意識して植えているわけではなく、雑草のように生えているだけと思われるので、いただいても大丈夫だろう。……でも何となく気が引けるので、全部はとらずに半分くらい残して臭木の実を採取した。
草木染で青い色を出すには藍染めをするか、この臭木の実で染めをするのが一般的な方法だ。藍染めはアルカリ反応で得られる色なので、シルクやコットンなどにはいいのだけれど、ウールは向いていない。ウールはアルカリに弱く、フェルト化してしまうのだ。私はウールの毛糸を青に染めたいので、臭木の実がどうしても欲しかったのだ。
臭木の実は最初はつぶさず、三十分くらい煮だし、さらにもう一回つぶしてから煮だす。煮だした液はすでにきれいな青色をしていた。
ウールの毛糸は急激な温度変化にも弱い。しかし高い温度でないと染まらない。だから最初はぬるま湯にしばらくつけて置き、煮だした後の染め液も冷ましてから毛糸を投入し、少しずつ温度を上げて染めるのだ。さらに厄介なのことに臭木の実は完全に煮沸させてしまうときれいな青が得られない。だから煮沸する直前に火を弱めて、煮沸しない程度に温めながら一時間ほど毛糸を染めていく。媒染はあってもなくても良いのだが、あったほうが退色しにくい。媒染材によっては少々緑色が濃くなるので、媒染材には注意が必要だ。
こうして得られた青は淡く美しいブルーグリーンだった。透き通るような絹布がまるで水の色そのものを映しとったようだ。こうして私はようやく探し求めていた天然の青色を手に入れた。
……神社の神様ありがとうございました。