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帰り道

 純が飛んでいったボールを拾いにゴール裏の空き地に行くと、副キャプテンの中川と肥後たち数人が、いつものようにそこで車座になってタバコを吸っていた。

「・・・」

 純の姿を認めると、全員が無言でぎろりと鋭い目で純を睨むように見つめた。純は慌てて頭を下げ、ボールを探した。その間中、先輩たちは純を無言で睨みつけている。

 やっとボールを見つけると、純は睨みつける先輩たちに頭を下げ下げ、慌てて練習場に戻った。


「今日は一緒に帰ろうぜ」

 部活帰り、日明が珍しく隆史に声をかけた。

「ああ」

 二人の通う東岡第三高校は田舎の山の中にあり、駅までは三キロほどあった。二人は駅までのその道のりを、のんびりと並んで歩き出した。

「この前、担任にお前と付き合うなって言われたよ」

 途中にある市民運動公園脇の森を横手に見ながら、隆史は笑いながら言った。

「なんでだよ」

「悪い影響があるんだと」

「なんだよそれ」

「君までダメになってしまうと言われた」

「なんで俺がダメなんだよ。その前提がおかしい」

「はははっ」

「俺の素晴らしい人格が分からないんなんて、もぐりだなお前の担任」

「はははっ、そうかもな」

「ところでよ。今度の日曜、お前んち行っていいか」

「あっ、その日俺いないわ」

「なんでだよ。どこ行くんだよ」

「トレセン」

「ああ、選ばれたのか」

「ああ」

「よくあんなのまじめに出れるな」

「まあ、選ばれるのはうれしいしな。お前だってまじめにやってれば確実に選ばれてんのにな」

「いいよ。俺はあんなの」

 日明も隆史も、中学の時から県の選抜や、地方選抜に選ばれていた。しかし、日明は、実力がありながらも遅刻やわがままが多く、指導者たちは匙を投げ、中学三年の時から全く選ばれなくなっていた。

「お前なら、年代別の日本代表だって選ばれただろうに」

「いいよ。そんなの。日本自体が弱えのに、そんなのに選ばれたってしょうがねぇだろ。やっぱ、海外だよ。海外。ヨーロッパかブラジルだ」

「お前の夢はデカいな」

「当たり前だろ。夢はでっかくなきゃ夢じゃねぇよ」

「はははっ、確かにな」

「お前、高校出たらどうすんだよ」

「俺は働くよ」

「なんでだよ」

 日明が隆史を見る。

「うちは、金ねぇし。おふくろに負担掛けたくねぇんだ」

 隆史の家は母一人子一人の母子家庭だった。

「それに、無理言って私立の高校に行かしてもらってるしな」

「・・・」

「俺は全国高校選手権に、お前と出れたらそれでいいんだ。それが俺の夢さ」

「ちっせぇ夢だな」

「はははっ、そうか。でも、うちのサッカー部、まだ一度も全国行ってないんだぜ」

「ああ、まったく、私立の癖にしょぼいよな」

「でも、お前がいれば行ける気がするんだ」

「当ったり前だろ。俺が行かなくて誰が行くんだよ」

「はははっ、頼もしいな」

「それにお前もいるしな。他はクズばっかだけど、俺とお前がいれば絶対いけるさ」

 二人は小学生の時、全国高校選手権をテレビで食い入るように見ていた。二人にとってそこは憧れの場所だった。

「最後は国立でさ。俺がハットトリックだよ」

「はははっ、お前の夢はやっぱデカいな」

「そして全国制覇さ」

「ははは、ほんと行ける気がしてきたよ」

「おっ、着いたな」

 二人が話し込んでいるうちに、いつの間にか駅に着いていた。

「おっ、電車来たぜ」

 ホームに立つと、運よくすぐに電車は来た。田舎の電車は一度逃すとなかなか来ない。二人は並んで電車に乗り込んだ。

「お前と二人で電車に乗んのも久しぶりだな」

 日明が電車に揺られながら言った。

「ああ、そういえばそうだな。お前はいつも女と帰るからな」

 隆史が少し嫌味っぽく、笑顔で日明を見た。

「そう、妬くな妬くな」

「別に妬いてねぇよ」

 隆史は笑った。

「でも、俺の友だちはお前だけだ。これはマジだぜ」

 日明は真剣な目で隆史を見た。

「・・・、そうか」

 隆史はそんな日明に笑顔で返す。

 確かに日明は、誰とでも付き合えるよう性格の人間ではない。それは隆史が一番よく知っていた。

「おっ、あの子かわいいな。東高の制服だな」

 その時、日明が同じ車両に乗っていた女子高生に目をとめた。

「そうだな。あの紺色のセーラー服は東だな」

「おれ、ちょっと行ってくらぁ」

「おい」

 隆史が止める間もなく日明は行ってしまった。

「まったく、これだから」

 見るとすでに何か、楽し気に話をしている。

「ああいう才能もすごいな」

 隆史は感心した。

 しばらくすると、向こうから日明が隆史を見て、親指と人差し指で丸を作ると、ニカッと笑った。どうも今回もナンパに成功したらしい。

「じゃあ、悪い、そういうことだから」

 次の駅に着くと、日明は隆史に片手をあげ、電車を降りて行った。

「いつもあれだよ。かわいい子見ると見境ないからな」

 隆史は、ふぅっと軽く息をつくと、動き始める電車の壁に体を持たせかけ、完全に暗くなった車窓の外を一人見つめた。

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