朝の登校風景
サッカー部を辞めて初めての登校日の朝。純はいつもの通いなれた通学路を歩いていた。校舎の南にあるその道は、少し草いきれのする木々が生い茂る田舎道だった。並木道を抜け、急こう配の坂を上り、そして、さらに木々の間を抜けると、その右手にちょうど、サッカーグラウンドがあった。その真横を純は歩いていく。純がいつもそこでサッカーボールを蹴っていたそのグラウンドに、朝練をしている何人かの部員が見える。純は、そこにどうしても目が行ってしまう。
「・・・」
自分がサッカーを辞めるなんて想像もしていなかった。小学生の時は、少年野球チームしかなく兄がやっていたこともあり、仕方なく野球をやったが、中学からサッカーを始め、それからは今までずっと、サッカーのことしか考えてこなかった。部活が終わっても毎日毎日近くの公園や小学校の校庭に行き、外灯や月明かりの薄明りの下、ボールを蹴っていた。毎日一生懸命サッカーをうまくなろうと練習し、部活仲間とサッカーの話をし、遥か遠い、海外のプロ選手を夢見た。
だが、それがなくなった・・。
辛い練習をしなくてもいいという、解放感と共に、目の前が真っ白になるほどの、愕然とする人生の虚しさが純の目の前に広がった。
「俺・・」
高ぶる感情で辞めてしまったが、しかし、辞めたその現実に、純は立ち尽くした。
「おおっ?」
隆史はふと北側の校門の方を見て驚く。
日明が、そこに、学年一の美人と噂の小森美緒と一緒に並んで登校して来る。
「・・・」
隆史はそんな二人を驚きの眼差しで見つめる。
「じゃあ」
校舎前まで来ると小森は、日明に軽く手を上げ、女友だちの方に行ってしまった。一人になった日明に隆史はすぐに近づいて行く。
「お前がなんで小森と歩いてんだよ」
小森は隆史と同じクラスだった。
「おう、お前か」
日明が少し驚いたように隆史に気づく。
「それにお前がなんで駅と反対の方から来るんだ?」
「それはみなまで聞くな。なっ、そこは、まあ、そういうことだよ」
日明は隆史の肩をポンポンと叩く。
「マジかよ」
隆史は驚く。小森は学年中の、いや、全校中の男子の憧れの女子生徒だった。
「マジだ。俺はいま絶好調なんだ。サッカーも私生活も両方絶好調なんだ」
自分で納得するようにうなずきながら日明は言う。
「マジかぁ・・」
小森には隆史もさすがに驚いた。
「いや~、もう入れ食い、入れ食い。参っちゃうよ。もう寝る暇がないよ僕ちゃん」
驚く隆史をしり目に日明は一人おどける。
「でも、お前あんまり調子に乗るなよ」
隆史がいつもの、マジメモードで言う。
「お前の言いたいことは分かる。決勝も近い、今は大切な時だ。うん」
「分かってんじゃねぇか」
「だがな、しかしだ」
そこで、日明が隆史の顔を覗き込むように見た。
「もう、向こうの方から股開いて来るんだもの。これは男として、やっぱり、応えないわけにはいかないでしょ?ん?」
日明はそう言って、さらに隆史の顔を覗き込む。
「すえ善食わぬは男の恥じ。俺はちゃんと残さず食う男になりたいわけよ」
「でも、お前、最近また練習来てねぇだろ」
最近またさぼり病が出て、日明は練習に出なくなっていた。
「大丈夫、大丈夫、まだ時間はあるから」
決勝は来月とはいえ、二週間もない。
「決勝前だってのに緊張感ゼロだな」
「緊張ばっかしてても、能がねぇだろ。息抜きだよ息抜き。大一番に備えての息抜きだよ」
「息抜きしかしてねぇじゃねぇかよ。お前は」
「まあ、そう言うな。結果は出すから。なっ。俺が今まで結果を出さなかったことがあるか?」
日明は、隆史の肩を抱きながら隆史を見る。
「う~ん」
確かになかった。結果だけはいつも出す。それだけは確かだった。
「でもなぁ・・」
まだ何か言いたげな隆史だったが、それを言われると何も言えなかった。
「じゃあな」
そして、お互いの教室の別れ際に来ると、日明はそう言って手を上げ、さっさと自分の教室の方へと行ってしまった。




