占い師
丸い天窓から月の光が差し込む。
ちょうど月の光が当たる位置に小さな円卓があり、その中央には両手で持てるほどのサイズの水晶玉が一つ、月の光を浴びていかにもという雰囲気を醸し出す。
私も準備を手早く済まさないといけない。
もうじき今日予約している、ご婦人が此処にやってくるのだから。
まず、珍しいスミレ色の髪を隠すために、夜の色をまとった薄いレースのベールをかぶり、顔を隠すために、口元もフェイスベールで覆う。
どちらのベールも認識阻害魔法がかけられたすぐれものだ。
髪と同じ色のスミレ色の瞳は隠せないけれど、雰囲気を少しでも変えるために、あえてメイクで異国風を意識する。
エキゾチックな異国の衣装に身を包めば準備完了というわけだ。
私の名前は、ティア・マクミラン。
公爵家マクミランの跡取り娘である。
といっても、私が将来跡取りとして未来の夫と治めることになる領地は、王都から程遠い、僻地も僻地。
そのため、絶賛婿様募集中。来月で16歳になるというのに婿候補は未だに決まらず。
私の婚約がちーっとも決まらないことを、裏でごちゃごちゃ言われてることは当然知っている。
そんな私の唯一の趣味とストレス発散を兼ねたのが、公爵家という情報収集に事欠かないバックボーンを使った。
『占い師』ごっこなのだ。
そう、私は人様の下世話なゴシップが大好きなのだ。
「ティア様、お部屋の準備が整いました」
「ありがとうセバス。売上金でアレコレそろえたけれど、なかなか様になる雰囲気の部屋になってきたわね。この天窓から差し込む月明かりが水晶玉にパワーを与えているようで――私本物の占い師っぽいわね」
「『本物の占い師っぽいわね』じゃございません。お嬢様のお力は本物なんですから、いいですか、危険なお遊びは今日が最後でございますよ。全く結婚相手を探すための仮装パーティーまで抜け出して何をしているんだか。本末転倒ですよ」
「予約があったんだもの仕方ないじゃない。それじゃぁ、今日も護衛よろしくねセバス」
楽しい占い師ごっこは今日で辞める気はサラサラないけれどね。
私の考えは口に出さなくてもセバスはお見通しの用で、セバスは大きなため息を一つつくと。
大柄な身体が煙に包まれ1匹の黒猫になった。
もう齢50すぎで、護衛としては曲がり角を過ぎたセバスが、直系跡取りである私の護衛を現役でできるのは、彼がこんな風に変身術を使える貴重な使い手だからだ。
人から人への変身術を使える人物はごくまれにいるが、こんな風に、人から人ではない生き物に変身できる人物となるとそうそういない。
優秀でモフモフも兼ね備えた私の護衛、最近胃がシクシクと痛む男セバスなのである。
どんなお嬢さまも、所詮俗世にまみれた人の子、噂話や面白いことは社交界やお茶会ですぐに話題に上る。
私の場合は、社交界だけでは飽き足らず、庶民の悩みや秘密にまで手を伸ばしてるってだけ。
占いも悪いことだけではない、上手くいけば貴族の情報も入ってくるし、他の領の情勢も知れる。
貴族の間では話題とならない噂話を直接きけるのだから、趣味と実益も兼ねたお遊びなのだ。
だから、ときどきこうやって、ストレスも発散を兼ねて街の一室で完全紹介制、かつ予約制の占い師として占いをして遊んでいるわけ。
人の心の隙間産業だけれど、これが結構金にもなる。
あえて薄暗くした部屋、使いもしないけれど巷で占い師がよく使うと聞いて購入した水晶玉。
水晶玉の置かれたテーブルの傍の椅子に陣取ればお遊びの始まりである。
「ティアお嬢様、おわかりですね。お嬢様の加護はとても珍しく、それゆえに危険に巻き込まれやすいのです。占い師ごっこは今日でおしまいにしてくださいますと、このセバスと約束してくださいませ」
「はいはい、それはさっきも聞いたわ」
ペロリと舌を出す私は全然懲りてない。
「お嬢様!!! 」
「ほら、セバスもう時間ですよ。黒猫は普通は言葉を話さず占い師の主人の膝の上でおとなしくしているものです」
私がそういうと、万が一、人がきては大変と判断したセバスが口をつぐんだ。
今日も楽しい占い師ごっこだったわ。
今日来たご婦人は夫の浮気についての相談だったけれど、公爵家の力ですぐに別の女がいることがわかっていたので、調査記録を覚えておき相手に告げるだけの簡単なお仕事で、銀貨80枚を手に入れた。
「記憶力にすぐれていることを、こーんな無駄なことにお使いになるだなんて信じられません」
プリプリとセバスは私の膝の上で猫の姿のまま怒るけれど、その姿のままじゃいまいち説得力に欠ける。
ご夫人が帰ってしばらくしてからのことだった。
占いの館に招かれざる客がやってきたのだ。
今日の予約は先ほどのご婦人だけだったというのに、扉がノックされたのだ。
認識阻害魔法をかけているのは、私の身につけるものだけではない。
この建物一棟丸ごとだ、景色に埋もれるから、意識してこの建物に入ろうと思わない限り入れないのだ。
だから、今訪問してきた人物は迷って入ってきたのではない。自分の意思でこの建物にやってきたのだ。
不安げな顔で猫の姿のままセバスは私を見上げる。
返事をしないでいると、扉の向こうから声がした。
私は慌てて、目を閉じ意識する。
私が今まで結婚できないのは、領地が僻地にあるからだけではない。
セバスが何度も注意するこの加護のせいである。
占い師には2種類の人間がいる。
コールドリーディングといった会話術や事前調査で知りえたことで当てる偽物。
種も仕掛けもなく、的中させることができる本物。
「少し前、ここに上等な服をきたご婦人が来ていたと思うが、彼女の紹介なんだ」
彼の言葉がぼんやりと宙に浮かび上がる。
『彼女の紹介なんだ』の部分に赤色で浮かび上がるウソ、ウソ、ウソという文字。
私の瞳は、彼は先ほどのご婦人の紹介など受けていない、言っていることはウソであることを見抜く。
こんな風に、加護を使うと話している言葉が浮かびあがり、それが嘘か真実かわかる。
それが私の婚約者を決めることができない厄介な加護である。
私の占いの大半は、公爵家というバックボーンをつかった種も仕掛けもある偽物で。
一部だけは私の加護を利用した本物なのだ。
それゆえに私は人気占い師なのだ。
「紹介状がない場合は即金で金貨10枚」
絶対に払えない額を吹っ掛けた。
本物のお客様なら後日紹介状を持ってくるからそれで終わりのはずだった。
少しの間。
「約束も招待状もないのだから、しょうがないね。持ち合わせが足りてよかったよ。金貨10枚、即金で払おう」
扉の向こうから再び彼の言葉がぼんやり浮かび上がる。
問題は、それらすべてにホント、ホント、ホントと出たのだ。
この扉の向こうの人物は本気で、私が吹っ掛けた金貨10枚を払うつもりなのだ。
私と彼の契約が成立したと判断した魔道具の扉は、私の返答よりも先に鍵を解錠してしまったのだった。
私は慌てて、部屋に入ってくるよりも先に奥の部屋に逃げ込む。
猫の姿になったセバスを待つが、やってこない。
彼は齢50を過ぎているが直系の私の護衛だ、直系の私が危機に直面する可能性があるのだ。私と一緒に逃げるはずもなかったのだ。
ニャーとセバスの鳴く声が聞こえる。お嬢様逃げろの合図だ。
私が始めたお遊びなのだ。セバスを一人おいておけるわけもない。
でも、再びセバスがニャーっと猫らしくないた。
私が逃げずにいるのをお見通しかのように逃げろと。
私の手元には転移魔法のスクロールが一枚ある。
スクロールとは、特定の魔法が使えない人でも、魔法の力を練り込んだスクロールと呼ばれるはがきサイズの紙を破ることで、1回使いきりでスクロールに書かれている魔法を使えるというとても高価な魔具である。
私の手元にあるのは、公爵家ヴィスコンティ家の魔道具屋から購入した正真正銘の本物、本当は今回の仮面パーティーが終わった際に僻地にある領地までひとっ飛びで帰るために購入したのだ。
うちの領地が座標となっているのが一枚ある。
ただ転移魔法はスクロールを破いてから、魔法で私を転移するまでラグが30秒ほどある。
セバスは今必死にその時間を稼いでるのだ。
逃げるならセバスも一緒に連れていかないといけない。
私はたまらず、飛び出した。
「迷える子羊よ、どうぞおかけなさい」
セバスが睨むがそんなことを言っている場合ではない。