壊れた定年退官
定年退官をして、何かを失った人をふと思い浮かべて書かせてもらいました。
「Aさんお疲れ様でした!」
Aさんは〇〇官としての定年退官の日を迎えることになった。
高校卒業後に拝命しこの方定年まで勤め上げた。
正義感が強く真面目だった。
だが、楽をしたい上司に嫌われ能天気な幹部に足蹴にされ部下からは煙たがられ続けた。
それでも、この仕事が好きで階級は上がらなかったが勤め上げた。
途中に色々な事があった、
体と心を壊し現場に出れなくなったり、家に帰れば酒に飲まれ家庭は崩壊して、
ついに最近になって妻と子供は雲隠れするかのごとく消え去っていった。
人を守る仕事に殉じた。全てをかけて真面目に取り組んできた。公務員は全ての奉仕者として任務に当たってきた。それが誇りだった。
作り笑顔を向ける後輩たちを見て私は涙を流しはしていた。
しかし、どちらかといえば、今着ている制服を脱ぎたくないと駄々をこねて泣いているような気持ちだ。
家に帰って気がついた事がある。この日を持って今まで積み上げてきた自分という存在が一気に丸裸にされてしまい、残ったのは空っぽの自分だけだったと言うところだ。
友達もいない。家族もいない。
さてどうしよう。旧友のツテで再就職先もどうにかなっているそこに自分自身をまた新たに作らないといけないのだろうか?
嫌だ!俺は〇〇官だそんな仕事なんてごめんだ!と言う妙なプライドが出てきてしまう...
とりあえず、今日は疲れたのか靴を脱いだ瞬間にふっと全身の力が抜け落ちてAは倒れ込んだ。
身体が全く動かない。
ずっしりと重く何も感覚のない状態が続いた。
闇の中に吸い込まれているようだった。
ーーーーー
「なるほどそうなんですね。わかりました...とりあえず、近くの病院から当たらせてもらいますね」
「は、はい。すいません」
せっせと色々こなしている救急隊員の姿が見えてふとAは我に帰る事ができた。どうやら、動けなくなったので自分で救急車を呼んでいたようだ。
病院に運ばれながらAなにかを考えていた。
制服を着た彼らには肩書きがある。
A自身にはもうそれを名乗る肩書きもなければ、着る制服もない。
それは全て過去のものになってしまったのだ。
人生の全てを捧げてきて手元にある残ったのは今この時だけで、過去としての思い出しかないように感じた。
病院に着いて、Aはふと過去を振り返った。
そこででしか自分がないと感じているからだ。
しかし、
Aはもうすでに過去しか語ることのできない幻の制服を着た〇〇官でしかなかった。
でも、彼自身はその幻を脱ぎたいとは思っていなかった。過去に生き続ける....
だが、心と身体は時と共に朽ちていった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。