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最終話 ネタバラシとこれから

風に流されるように遥はゆっくりと地面に着地する。

 着地と同時に清らかな風で満たされた世界が元のショッピングモールへと様変わりした。

 魔力を使い果たしたのだ。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 息を切らしながら、バタンと遥は地面に腰を落とす。それと同時に猛烈な痛みが遥を襲う。

「いってぇ」

 一時的に傷が治ってたとはいえ、魔力を使い切ってしまえば遥は元の人間に戻るだけだ。当然のようにラティスにつけられた傷は残る。

「やったね、ハルカ」

 そこへ遥を笑顔で見下ろしながらリリアがやって来て手を貸す。

「いや、まだ仕上げが残ってるよ」

「……?」

 リリアは首をかしげながらも遥を持ち上げ立たせた。

「ラティスをあっちの世界に返さないといけねえ、そうだろセリア」

 二人の様子を後方から眺めている女神に向かって遥はそう呟いた。


 二人がかりでラティスを拘束すると、女神に差し出す。

「ほらよ、もう二度とこっちの世界に来させるなよ」

「……」

 いつもなら「わかってますー」とか言いそうなアホ女神がやけに静かだ。一体どういう風の吹きまわしかは知らないが、それよりもリリアとのお別れの方に遥は胸がいっぱいになっていた。

 世界の危機は救われた。当然、リリアは元の世界に帰る事になる。別れはつらいがいつかは訪れるものだ。

 遥は唇を噛みしめリリアを見る。

「リリア!」

「えっ、何、いきなりどうしたの、ハルカ」

 戸惑うリリアに遥は最後の言葉を告げる。

「本当にありがとう。短い時間だったけどお前といられて良かった」

「何、言ってるの……それじゃあ、二度と会えないみたいじゃない」

 うるんだ瞳になるリリア。心の奥底では感じていた、ラティスを倒してしまえば自分はもうこの世界にいる理由がなくなると。

「女神、リリアをちゃんとあっちの世界に」

「いやっ!」

 ダムの貯水が開けられたみたいにリリアの目から涙が溢れ出す。

「リリア……」

「私、ハルカとまだ居たい。ハルカと学校行ったりデートしたり、もっとやりたいこといっぱいしたい」

 リリアからの心からの叫びだった。

 そのリリアからの叫びに遥は胸を撃たれて、涙が出てくる。

「俺だって、居たよ。だけど、世界の危機を救ったからには、俺が戻った時みたいにリリアも帰らなくちゃいけない」

「そんなのいいじゃん。女神様が何とかしてくれる。このわからずや」

 わからずやは自分の方だと感じながらもリリアは言わずにはいられない。

 遥は覚悟を決めて、


 パンッ、と女神の方へリリアを押し出した。


「ありがとう、リリア。みんなによろしくな。さぁ、女神、行ってくれ」

 きっと女神はしっかりと別れを告げさせるために空気を読んで黙っていたのだろう。アホなりの気づかいというやつだ。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

 リリアは泣きわめき散らした。そんな感動の別れを演出した時だった。

「感動の別れはいいけど、それはまだ早いんじゃないかな」

 どこからともなく、別の第三者の声が聞えた。

「えっ?」

「へっ?」

 遥とリリアは同時に声を発し辺りを見渡す。泣いていた顔が一瞬にして干上がった。

「ここだよ、ここここ」

 耳で感じ取り二人は声のした上空を見上げる。

 するとそこには少年が宙に浮いていた。

 銀色の短髪にエメラルドの瞳、短パンに派手目のアロハシャツ? を着たどこかの誰かを感じさせる少年だった。

「お前誰だ? 近所の小学生には見えないが……」

 警戒心を抱きながら、遥は少年に率直に尋ねる。

「そう言えば、自己紹介がまだだったね。僕の名前はゼト、愉悦を探求するものとでも言っておこうか」

「は……」

 予想の斜め上をいく少年の自己紹介に遥は唖然とした。

(こいつ、中二……)

 遥もリリアも少年が何者か、見当がつかなかった。ゼトと呼ばれる少年はその様子を見て分かりやすく答えてくれた。

「ごめん、難しかったかな。簡単に言うとね、僕がラティスさんをこの世界に連れてきた黒幕さ」

 少年がそう言った瞬間、全身に電気ショック受けたような感覚に遥もリリアも襲われる。

(そうだ)

 ラティスがどうやってこの世界に来たのかそれだけが気がかりだった。遥は突如その事を思いだす。

 そして、目の前にその答えが現れている。

 遥はいつでも動けるようにリリアを抱き寄せる。

「お前がラティスのゲス野郎をこの世界に送ったのか」

 ゲートを使える以上、目の前の少年は後ろにいるセリアと同等かそれ以上の神クラスという事になる。

 魔王よりも強敵だ。今の遥では到底かなわない敵、警戒心をより一層強めて少年と相対する。

「そんな警戒しなくてもいいよ。今日はただ、宣戦布告しに来ただけだからさ」

「宣戦布告だと」

 敵意は感じられない。ゼトの言っていることは本当だろう。だからといって警戒を緩める遥ではない。

 あっちの世界で、嫌というほど痛感している。敵がいつ攻撃してくるか分からない以上常に戦えるようにしておけ、と。


「僕はこの世界を壊すことにしたよ」


 少年は空を斬り裂いたように澄んだ声で目的を告げた。

「ッツ!」

「驚くほどの事でもないと思うけど……ああそうか、君たちはまだ姉さんから聞いていないんだね」

(姉、だと。何を言っている)

 先ほどからいろいろな情報が詰め込みで入ってきて、遥の頭はパニック寸前だ。

「姉さんから教えてやったら、この人たちに、僕が何者かをねっ」

 ゼトは遥の後方を見てウインクする。

 遥の後方には、一人しか人はいない。

「セリア」

 遥は名前を呼んで後ろを見る。

 セリアは後ろめたい雰囲気を出しながら、二人とゼトを見ていた。言わなくても、セリアとゼトが姉弟ということは伝わる。

 再び遥はゼトを見上げる。

「で、世界を破壊するってのは、どういう事なんだ。穏やかな話じゃあないが」

「簡単に言うと、これはゲームなんだ。僕と姉さんの」

 さっぱり分からなかった。

「僕はこれからこの世界を破壊するために君たちに様々な悪多様な刺客を送り込む、君たちはそれを食い止める、簡単なゲームだろ」

 こいつは危険だ、と遥の直感が告げてきた。

「それよりもどうたったかな? 前哨戦は。僕は大いに楽しめたけど、君の感想を聞きたいな」

 どこまでもゲームを楽しむ少年の目をしながらゼトは遥に聞いてくる。

「ラティスとの戦闘を前哨戦だと、お前、世界を何だと思っていやがる」

 遥が勝つだろうと予想していたような言い方に遥は眉間にしわを寄せる。

「……おもちゃ、かな」

 自分が世界を掌握しているという風に、何も感じずにただ純粋にゼトは答えた。

「ふざけんな! お前にこの世界を壊させてたまるか。絶対にくい止めてやる」

「その意気だよ。やる気に満ちてくれて僕はうれしい。それでこそ、僕もやる気が出るというものだ。勝ち逃げは許さないよ」

 最後の言葉を、ぼそりとゼトは呟く。

「それじゃあ僕はこの辺で、詳しい事は姉さんに聞いてね。さようなら、ああ姉さん風に言うならこうか、バイバイ、グッバイ、さようなら」

 そう言い残しゼトは消えていった。

 そこでようやく遥の緊張の糸がほぐれる。

「抜き足、差し足、忍び足っと」

 ゼトが消えるとセリアはそーっと気配を消して遥に気づかれないように逃げようとする。

「待て」

 ガシッ。

 遥はセリアの肩を掴んで、握りしめる。

 カチコチとロボットのように首を動かしながら作り笑顔で遥にセリアは振り向く。

「なにかな」

「さぁ、たっぷりと教えてもらおうか、お姉さま」

 後ろから炎が燃え上がるような感じで遥はセリアに怒りを隠しながら笑う。

「放して、ねぇ、放して、もういいでしょ、他にも私はやることがあるの」

「知るかそんなもん」

 誰もいない崩壊したショッピングモールに二人の声が木霊した。

「あははっ、なんか大変な事になっちゃったみたい」

 そんな二人の様子をリリアは苦笑いで眺めていた。


「はぁ、弟は今まであらゆる世界を破壊してきた張本人、その黒幕だって」

 ショッピングモール全域に行きわたる声で遥は叫んだ。

「そうよ、私の弟は平和な世界にありとあらゆる悪の形を創り出して世界を支配させ最後は滅ぼしてきたのよ」

 話が壮大すぎて二人は口を大きく開けて棒立ちになる。

「じゃあ、俺が倒した、魔王も……」

「弟の作品よ」

「なんでそんな危険極まりない弟に手綱をつけておかないんだ。お前はアホなのか、アホなの、ああアホか」

 呆れてものも言えないとはこのことだろう。姉も弟もアホしかいない。神はこんな奴らの集まりなのか。頭が痛い。

「アホ、アホ言わないでよ。私だって弟かこんなバカだって知らなかったのよ」

 アホは言い訳してきた。

 聞く話によると、弟は数百年前のある日、姉にゲームをしようと言ってきたのがきっかけらしい。

「僕が世界を壊す敵になるから、姉さんはそれを阻止するか、守ってね」この一言によって姉弟のゲームは始まった。

 弟が負けたら姉の仕事を代わりにやるという賭けで。そして、今回そのターゲットに選ばれたのが遥の世界だ。

 あと少しのところで世界を滅ぼせたのに邪魔が入ったのがとても悔しかったらしい。逆恨みもいいところだ。それにしても、子供か。

「お前の仕事と世界を天秤にかけんじゃねえよ、巻き込まれる身はたまったもんじゃない」

「だって、私も最初はただのストラテジーゲームだと思ってたんだもん」

 女神は駄々をこねる。

「それがリアルな方だとは思いもよらなかったわよ。神の身でありながら世界を壊すなんて悪魔の所業よ」

 それを言いたいのはこちらのセリフだ。

「ちなみに、三二四勝七二○敗で私の負け越しよ」

 ドヤ顔でアホは言わなくてもいいことを言ってきた。

「倍以上も世界を壊されてるじゃねえか。姉の威厳はどうしたよ」

「仕方ないじゃない、セリアクシス教徒はマイナーな宗教で私の力を存分に発揮できる世界が少ないんだもん」

 こう言われてしまえばどうしようもない。

「なら、布教活動頑張れよ」

「他にもいろいろと仕事があるから無理なの。女神の仕事舐めてるの、あんたの世界の企業のように激務でブラックよ」

 いつものように遥とアホは言い合いになる。

「じゃあ、リリアたちの世界はセリアクシス教徒の力が強かったのか」

「あなたも見たでしょ、リリアちゃんたちの世界では私は最高神なのを、リリアちゃんだって現に私の信者じゃない。あ、ということは旦那であるクソ人間も私の教徒ってこと」

 それが答えだった。リリアがあんなアホな宗教に入っているのが今でも信じがたい。

「俺はそんな宗教に入った覚えはない」

 これだけは言っておかないとアホが調子に乗る。

「とりあえず、分かったもういいよ」

 遥は頭を抱える。もう何も言うことはない。頭をいったん整理してこれまでの情報をまとめる。

「俺たちはお前らアホ姉弟のくだらないゲームに巻き込まれた、と」

「そういう事になるわね。まっ、頑張って」

 遥に向かって、アホは親指を立てた。反省の色なんて微塵も感じなかった。

「とりあえず、殴っていい?」

 拳を握りしめ遥はアホの胸ぐらをつかむ。

「ちょっとやめて、見える、このエッチ、リリアちゃんが見てる前で何するの」

 確かに巨乳なところは魅力的なポイントだが、アホに関しては全く色気や性欲とかそういうものを遥は感じられない。

「歯ぁくいしばれよ」

「ああっ、後ろに新しくゲートが」

 苦し紛れにアホは嘘をつく。その嘘に遥は騙されて後ろを振り向いてしまった。

 その隙に女神は遥の手から離れる。

「何っ! って、なんもねえじゃねえか」

 そう遥が気づいて向き直った頃にはアホは、はるか先にいてゲートを開いていた。

「それじゃあ、バイバイ、グッバイ、さようなら」

 ゲートをくぐり女神セリアはこの世界から離脱した。

「ったく、逃げ足だけははやい。今度あったらただじゃあおかねえ」

 振り返るとリリアだけがいた。感動の別れが一変、どうしようもなく果てしない戦いへと巻き込まれてしまった。

「まだまだ、リリアといられそうだ。よろしくな」

「こちらこそ、ふつつかものですがよろしくお願いします」

 嫁いできたかのようなかしこまった挨拶でリリアは一礼をする。

「顔をあげて、リリア」

 リリアは言われたように顔をあげた。

「さぁ、帰ろうか我が家に」

「うん」

 遥と手をつないでリリアはショッピングモールの出口へと歩いていった。


 こうしてまた、遥の世界につかの間の平和が訪れた。

 傾きかけた太陽に照らさせ、二人の影が眩い茜色輝きぴったりと寄り添って街へと溶けこむ。

 しかし、二人は気づいていない。

 世界を救った英雄、霧島遥とその妻リリィアーヌ=ミストフィリーズの苦難の日々のほんのはじまりであることに、彼らはまだ……。


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