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第四話 新たなはじまり

リリアに東京を案内し回って一週間が過ぎたころだ。

 世界は平和そのもので、危機なんて見事に感じない日常が続いていた時、それは起きた。

「遥、あんた明日から学校へ行きなさい」

「……」

 あまりにも突然でボーっと遥はしながら固まっていた。

(そんな藪からスティックな冗談を、どういう事なんだ母さん)

「聞いてるの」

「……はい……」

 理由はともかくとして遥は一応返事をする。

「じゃあ、明日から学校に行くのよ」

 そう言って母親は話が終ると台所から立ち上がり立ち去ろうとした。

「待って、母さん!」

 遥は母親を呼び止める。

 母親は顔だけを遥に向けた。

「学校ってあの学校だよね」

「そうよ」

「今更何を言い出すんだよ。散々、俺が学校をサボっていた事に気にも留めなかったくせに、横暴だよ」

 母親は話が長くなると思ったのか再び台所の椅子に腰かけた。

(よし! なんとか母さんを呼び止めることが出来た)

 遥は母親の見えない位置から拳をギュッと握りしめた。

「学校に行けって、俺にはリリアがいるんだぞ。リリアを一人にはしておけない」

 先ほどから黙って遥の横で会話を聞いているリリア。

(それにしても、いつもは感情のままに話すリリアがやけにおとなしいな。俺と母さんの話に割り込んでもおかしくないのに……まっそういう時もあるか)

 いつ世界崩壊の危機が訪れるかわからない以上、遥はリリアとともに一緒にいるべきなのだ。

「俺とリリアは一心同体だ。常に一緒にいなくちゃ」

 一緒にいなくちゃいけないと言おうとしたがそれは母親によって遮られる。

「その、リリアちゃんから頼まれたのよ」

「なん……だと……」

 遥は某バトルマンガの主人公が驚いたような反応をしてゆっくりと横にいるリリアを見る。

 リリアは遥から目をそらすように台所の下を向いていた。

(フラグ回収はやくね。リリアは黙っていたのはそのせいか)

「ごめんね、ハルカ。こうでもしないと、ハルカは学校に行かないで私とずっといると思ったから。学校に行かないなんてやっぱり駄目だよ。世界の危機より私はハルカの頭が心配」

 当たり前のことをリリアは言う。何気に傷つく。

 頭と言えば両親の方も心配だけどね。

 世界の危機よりも遥の事をリリアは心配してくれている。なんて出来た嫁なんだ。

「私ね、この一週間とても楽しかったよ。ハルカといられて、あっちの世界では出来なかったデートが出来てとても幸せだった。でもね、それじゃいけないの。ハルカはこっちの世界では学校に通っている。私のためを思って学校をサボっているハルカを見てたらなんだか辛くて……うっぅぅ」

 涙を流してリリアは遥に理由を説明してくれた。

(なんだか、とっても勘違いしていらっしゃる)

 違う、違うんだ。

 全裸男と呼ばれながらクラスからハブられて、俺は逃げ出したんだ。

 と、言いたいが遥は言い出すことが出来ない。

 こんなにも遥の事を思ってくれてるリリアの気持ちを無下には出来ない。

 そんな辛いときにリリアが現れたのは夢のようだったが、今となってはタイミングが悪かった。

(学校へ行こう)

 遥は決心した、こんなにも俺の事を思ってるリリアの気持ちに答えなくてはならない。

 テレビ番組のタイトルじゃないよ。

「リリア、俺……がっ」

 泣いてるリリアに気持ちを伝えようと遥はした。

 が、

「学校へ行かないとこの世界では引きニートってのになって、仕事もせず親に迷惑かけるダメ人間になるんでしょ。そんなの私嫌だよ」

 リリアのとんでもない一言によって遥の気持ちはどこかに飛んでいった。

「えっ、ええええええーっ。そんな事で学校へ行くことを説得してたの、しかも母さんまで使って」

 遥は目を丸くしてリリアを見つめていた。

 リリアは顔をあげて横から何かを取り出し遥に見せる。

「うん。だって、このマンガにはそう描いてあったよ」

 目を真っ赤にしてリリアが取り出したのはアキバで買ったマンガだった。

「他にもアニメで引きニートが交通事故にあったり、無残に殺されていたし、私、ハルカがそうなるなんて嫌だよ」

 それはマンガやアニメの世界でそうなってるだけであって現実にはありえない……あっ、でも女神がいるからそういう事もあるんだっけか。

 その辺よく分からない。

 それにしてもどう説明したらいいのか。なまじ知識があるので、余計な事をリリアは覚えてしまったらしい。

 助けを求めようと遥は母親に視線を送るが、母親はあんた現に引きニートよね、という目で送り返してきた。

 どうやら、遥に味方する人はこの家に一人もいないらしい。

 せっかく学校へ行こうとしたのにあらぬ方向へと話がそれてしまった。

 というより、遥の学校へ行こうというやる気が失ってしまっていた。引きニートという理由で学校へ行けなんて拷問に近い。きっとマンガの彼らだって好きで引きニートになったわけではないのだ。

 ここは引きニートの尊厳を保ちつつ何とか学校へ行くことを避けるしかない。

「でもさ、リリア、引きニートだって別に悪くはないと思うんだよね、俺は……」

 リリアの感情を爆発させないように遥はやさしい声でリリアに話しかける。

「そうなの」

(釣れた)

「そうだよ。引きニートだって誰かの役には立ってるよ」

 現実、立ってないけど。

「引きニートは死んで転生してから別の世界で、活躍してるじゃないか。チートな力をもらって俺つえーしているだろ。だからそんな引きニートを悪く言うのはよくないよ」

 遥はネット小説を例に挙げる。

 自分でも熱くなって主旨を忘れているのは分かるが遥は言わずにはいられななった。

 だがその事がますます事態を悪化させることには気づいていない。

「うっ、ぅぅ……うわああああああーん。ハルカのバカ、ろくでなし」

 リリアは遥の言い分を聞いたとたん荒波のように泣き出した。

(まずった)

 そう遥が思った時にはもう遅い。

「バカバカバカバカ」

 遥の肩をポンポン叩いてリリアは泣き止むどころか激しくなる。

「そんなに死んで転生したいの? そうよねセリア様に頼めば一発だもんね」

 あのクソ女神がそう簡単に転生させてくれるのは怪しいが頼めば何とかなるのは間違いないだろう。

 嫌だけど。

 リリアは更にエスカレートしていく。

「転生して他の別世界で、俺つえーチーレムしたいんだもんね。私なんかより、別の女の子いっぱい侍らせて毎晩イチャイチャしたいんだもんねっ! ねっ! ねっ!」

 顔を近づけてリリアは遥に迫りよって来る。

「落ち着いてリリア、俺は転生したくて言ったわけじゃ……」

 例えで言ったつもりがリリアの感性を傷つけてしまった。

「言い訳したって無駄だよ。ハルカは毎晩私が寝たら横でごそごそしてる」

「あーいうな。聞こえないーっ」

 遥は耳をおさえてリリアの声をシャットダウンする。

 いや、健全だよね。同じ部屋に美少女がいるんだもの。そういう気分になるのは仕方ない。

「それはともかくとして、私を置いて死ぬなんてやめてよね」

「やだなあ、リリアを置いて俺が逝くわけないだろ」

 遥は作り笑顔を浮かべながらリリアに言う。

(もしそんな事があってもアホ女神に頼んで復活させてもらう)

「もし、ハルカが死んだら、お腹の子がかわいそう」

「えっ……」

 今、とても聞き捨てならない発言をしたような……。

 遥は真顔になり、リリアに顔を向ける。

 と、リリアはお腹をさすって、遥を上目でうるうるさせながら見つめていた。

(えーっ、嘘。俺、やっちゃった。いつの間に)

 遥は受け入れ難い現実に頭がパニックになる。

 理性を抑えられずに無意識でやってしまったのか。そんなバカな話が。その話が本当ならマジでやばい。

「はーるぅーかぁぁぁぁ、お腹の子を置いて死ぬなんてどういうことなのぉー」

 遥とリリアの喧嘩をはたから見ていた母親が地獄の底から恨みを募らせた亡者のような目をして睨んできた。

「いや、そんな事言われても……」

 まだ、事実と決まったわけじゃない。リリアを疑うのは良くないがやった覚えが遥にはないのだ。

「ちょっとあなた、遥がリリアちゃんとお腹の子を残して死ぬと言ってるー」

 母親はこれでもかと父親を呼ぶ。

(余計、話をこじらせやがった)

 父親はすぐさまやって来て何も言わず遥が悪いみたいに睨んでくる。

 もはや、学校へいくどころの話ではない。

 これは、あれなのか、アホ女神のせいなのか、みんな頭をいじられて思考がアホになってしまったのか。

(何この、俺だけ敵の家族会議。もう多数決で負けてるじゃん)

「さあ、どうなの遥、死ぬの、死なないの。死んだりしたら、母さんたちは遥を社会的に殺すからね」

 そこは、行くの、行かないのと言うべきところなんだが、母さんたちは我を忘れているようなので言っても無駄だろう。

 社会的に殺すって何気に怖いよね。もう、しているようなものだけど。

「ハルカ死なないよね」

「さぁ、どうするの」

 両親とリリアは遥に迫りつつ答えを要求する。

(うん、仕方ない)

 ここまで迫られたら言うべきことは一つしかない。

 遥は、感情の赴くまま叫んだ。

「ああもう! 俺は死なないから、それに明日から学校へ行きます!」


 こうして、遥の学校へ行く、行かない、の騒動は幕を閉じた。あとで知った事だがリリアの中に遥の子はいません。

 全部母親が考えた遥を学校へ行かせるための嘘でしたーってなんじゃそりゃ。

 異世界から帰還してから母親の性格が全く読めなくなってしまった。世界を危機に脅かすのは母さんなんじゃ……そんな事ないよね。うん、女神に頭をいじられてやばい感じになってるだけ。

 そう遥は思う事にした。


「おはよう」

 扉を開けると、一瞬だけクラスの注目が集まる。

 しかし、直ぐにクラスの視線は遥からそらされた。

(ですよねー)

 当然と言えば当然の反応。リリアのブーストがあるからまだ傷つかないだけで、心の中は少しだけダメージがくる。

 遥は自分の机に向かう。

「ちょっと全裸男じゃん」

「えっ、あいつまだ学校辞めてなかったの」

「何しに来たんだろう」

 ひそひそと遥の話をする、外野たち。そんな事には耳を傾けず、真っすぐ遥は自分の机へと向かっていく。

 が、

「ない……」

 教室の隅に置かれているはずの遥の机がなかった。

「くくっ」

 誰かが遥を見て笑う。

 こういうときって、机に悪口をつらつら書かれていじめられるイメージがあったんだけど、ないとは。

(すごい精神的にダメージが来るよこれ)

 ちょっと休んでただけでいないもの扱いされたらしい。幽霊部員かなんかかな。

 幽霊じゃなく実在しますけど、クラス全員呪ってやろうか。

 そうクラス全員に聞こえない感情をぶつけながらも、遥は隣の教室から机を持ってきた。

(ホームルームが始まるまで寝てよう)

 クラスの連中を眺めているのも嫌なので、遥はうつぶせになって寝た。


「んん……?」

 クラスの妙なざわめきで遥は目を覚ます。

(もう、ホームルームの時間か。案外短いものだな)

 それにしても、なんでこんなにも教室がざわめいているのだと、遥が顔をあげると、

「あー……突然だが転校生を紹介する」

 担任の教師がそう言ってクラスの注目を集めていた。

(なんだ、転校生か)

 そんなことくらいでは遥は驚かない。呑気なものだねえ、転校生くらいではしゃいでいるなんて、と遥はこの時そんな風に思っていた。

 だが……。

「さっ、入ってきたまえ」

 担任の先生がそう言うと、教室の扉がガラガラと開けられた。

 その瞬間とてもいい香りがした。

 彼女は金髪のツーサイドアップの髪を揺らしながら美しい立ち振る舞いで教室の中心へと向かう。

(あわっ、あわわわわわわっ)

 とても同じ人間とは思えない美貌にクラスの生徒たちが言葉を失っていた。遥以外は。

 少女は教壇につくとすぅーっと姿勢を正して立つ。

 ただそこに立つだけで輝かんばかりに見る者を引き付ける。

「…………何してるん?」

 遥は思わず方言を口にする。

 その言葉が聞えたのか、少女は遥に向かって少し微笑みながらひらひらと小さく手を振ってみせた。

 ガシャ。

 絶世の美少女にすっかり見惚れていた教室中の視線が、今までのけもの扱いしてきたクラスメイトへ一斉に注がれた。

「リィリアーヌ=ミストフィリーズと申します。今日から皆様と共に学ぶことになりました。どうぞよろしくお願いします」

 現れた転校生は遥の嫁ことリリアだった。

 リリアはかしこまって転校生がする一般的な挨拶をした。

「ごめん、ハルカ。きちゃった」

 花咲くような笑顔を浮かべるリリアに、遥は突っ伏した。


「うー」

 どうにも落ち着かない。

「どうしたの、ハルカ? 具合でも悪いの」

 隣に座っているリリアが話しかけてくる。

 周囲から突き刺さる視線に遥は肩をすくめる。

 嫉妬や憎悪に物理的な力がこの世界にあったら間違いなく遥は殺されていただろう。向こうの世界にはそんな呪いじみた魔法があったけど。

「リリアみたいな美少女だと周りから『なんで、全裸男が』ってなるんだよ」

「やん、美少女だなんて恥ずかしい」

 リリアは頬を真っ赤にして恥ずかしがる。

「だからさ、俺みたいなクラスからハブられている奴に、どうしてリリアみたいなかわいい子がってなるわけ」

「どうして」

 リリアは不思議そうに率直に聞いた。

「どうしてって言われると……」

 クラス内でいじめられているとは言えない。言ってしまったら、リリアは怒り出し、遥の素晴らしさを学校中に話すだろう。

 それは遥にとって生殺しに等しい。

「まぁ、リリアには分かんないと思うけどこの世界の学校の仕組みとでも言っておこうか」

「うん、よくわかんない。だけどハルカを信じるよ」

 リリアは遥を疑うことなく受け入れてくれた。なんていい子なんだ。

 遥の目がちょっぴり涙目になる。


 ホームルームからの遥の一日は嵐のようだった。

 遥の隣の席に来たリリアは、授業の間遥にぴったりとくっついて離れなかった。

 昼休みになるとどこからか母さんが作ってきた弁当を取り出して、遥の膝の上に腰かけて、「あーん」と棒読み口調で遥に弁当を食べさせた。

 なんて夢のようだろうとは思わない。周囲の敵意のまなざしが痛い。

「えへへっ、一度これやってみたかったんだよね」

 そんな周囲の敵意などリリアは微塵も感じず遥と昼食を食べる。

 その後は中庭の芝生に行き、膝枕。

 遥は八つ裂きにされそうなプレッシャーの中リリアの膝枕を堪能できるほど図太くはない。

 あまりにも堂々といちゃついていたので、放課後には生徒たちもそれに慣れてしまっていた。

 が、そこからが苦難のはじまりだった。

 放課後になってからやっと転校生ありがちの質問タイムがはじまったのである。

 当然横にいた遥も巻き添えをくらう。

 リリアを中心としてクラスの輪が出来上がる。

「ねぇ、どこから来たの?」

「なんて呼べばいいのかしら」

「リィリアーヌちゃん可愛いね」

 クラスの生徒たちは一斉にリリアに質問してくる。

「あわあわ、あわわわっ、ハルカぁ~」

 リリアはみんないっぺんに質問してくるので、困った顔をして遥に助けを求める。

「はいはーい、聖徳太子じゃないんだから、質問は順番に」

 と、遥が言うと、

「なんで、全裸男が仕切ってんの、私たちはリィリアーヌちゃんに話してるんですけど」

 ドスのきいた声で睨まれた。

「す、すいません」

 遥はその声に気おされて肩身が狭くなる。

 そのまま、質問タイムは遥を抜きにして数分程続いた。


「じゃあ、リリアちゃん最後の質問ね。リリアちゃんとそこの全裸男の関係って何?」

 今までわぁーわぁー騒いでいたクラスが一気に静まり返った。

 この質問が誰もが知りたかったものなのだろう。

 先ほどまでの質問タイムはこれにつなげる為のスパイスだったと生徒たちの顔に書いてある。

 リリアは一瞬きょとんとした顔をして、


「何って、ハルカは私の旦那です。そして、私はハルカの嫁です」


 シーンっと効果音が鳴ったようだった。

 嵐の前の静けさとはこういう事を言うのだろう。

 数秒の静寂の後に教室の空気は再び動き出した。

「チクショーなんであんな全裸男にこんなかわいい子が、殺す、絶対殺す」

「本当なの、詳しく聞かせて」

 男子から呪言のように殺す、殺す、殺すとささやかれ、女子はコイバナで花を咲かせた。

(もうどうにかしてくれー)


 しばらくして、遥とリリアはやっと生徒たちから解放された。

「酷い目にあったぜ」

「ハルカもそう思う、私も同じかな。ハルカの学校がこんなにも騒がしいところだなんて知らなかった」

 あっちの世界でリリアが通っていた学校は正真正銘のお嬢様学校だった。

 そこの生徒たちはみんな貴賓にあふれていて遥の学校と違って猿のようにキィーキィーうるさくする生徒はいなかった。

 そんな世界で育ってきたリリアには少々荷が重かったかな。

 そうして、遥とリリアが校門を出ようとした時、

「一目見た時から好きでした、付き合ってください」

 告白された。

 リリアに向かってお辞儀をする男子生徒。遥のクラスの生徒ではない。

 恐らく、昼休みか休み時間にリリアを見てその美しさに心を奪われたのだろう。

 まだ、リリアと遥が夫婦だという噂は広まっていないらしい。

「えーっ、えーっ、ど、どど、どうしよう」

 告白されたリリアは手をあわあわと振りながら戸惑う。可愛い。

「えーっと、日本語が分からなかった」

 男子生徒は顔をあげて言ってくる。

「いや、そういうわけじゃ……」

 リリアはゆっくりと遥の方を向きどうすればいいの、と語り掛けてくる。

「ここは正直に言うしかないんじゃないかな」

 遥もどうしていいのか見当もつかず最も相手が傷つかない方法を提案した。

「ごめんなさい、私もう結婚しているので……」

 リリアは正直に答えた。

「結婚って……あの結婚」

 男子生徒は目を見開きながら、身体を震わせる。

 リリアはこくりと頷いた。

「そ、そうなんだ……」

 落ち込んだのか、男子生徒は地面に顔を下ろす。

「ごめんなさい」

 男子生徒の足元に涙が落ちる。きっと一世一代の告白だったのだろう。遥は男子生徒を見て気の毒に思う。

「あのー」

「いいよ。それじゃあ」

 リリアが男子生徒に近づくと男子生徒は顔を見せずに走って校門を出ていった。

「気に病むことはないさ、リリア。これも青春だから。リリアが見てるマンガやアニメにもあっただろう」

 リリアを慰めようと遥はフォローする。

「そうだね。これが青春てやつなんだね。少し困ったけどなんだか、体験できてうれしい」

 赤い夕暮れを見つめてリリアは青春の苦さを噛みしめるのだった。


 校門を出て、リリアと遥は川沿いを歩く。

 ランニングに精を出す老人や楽器の練習をする吹奏楽部の生徒とすれ違いながら、二人は駅を目指す。

 さきほどから足取りが重い。落ち着いた矢先に一気に疲れがこみ上げてきた。

「ハルカ、疲れてる?」

「ああ、そういうリリアこそ」

 リリアも遥ももう嵐に巻き込まれたくないと思っていた。あと一回でも巻き込まれでもしたら家に帰れないくらいの疲れが溜まる。

「えへへっ、おかげさまで」

 リリアは照れ顔で遥に言う。

「ほめて無いぞ。それよりも、質問があるんだけど。リリアはどうやって転校してきたんだ?」

 平然と澄ました顔でリリアは答える。

「転入届ってのを出しただけだよ」

「そんな脊髄反射で答えられても。今朝転入届を出したからって即日に転校できるわけがないだろう」

 リリアはポケットから女神と通信できるデバイスを取り出した。

「セリア様にお願いしたら、転入届の紙を渡させて、これを校長先生に渡せば大丈夫だって言ってたよ」

(やっぱりか)

 薄々気づいてはいたものの色々あったせいで言い出せなかった。

「転入届を渡した後は、デバイス越しにセリア様が校長先生とお話しただけだけど……」

「お話って」

 なんだか嫌な予感がした。

 なので、遥はデバイスをリリアからとると、セリアに連絡をとった。

『ハロハロ、チィーッス、チャオチャオッス。どうだった、リリアちゃん、学校楽しかった。あの勇者が泡を吹いて驚いている顔が目に浮かぶわ』

 お馴染みのへんてこな挨拶と共にアホ女神はワンコールで出た。

「それは良かったな。女神」

『チッ、お前の方かよ』

 女神の明るかった声が一気にテンションの下がった低い声になる。

「で、一体全体これはどういう事なんだ。説明してもらおうか」

『説明はいいとして、リリアちゃんの制服姿どうだった。可愛かったでしょう。私のセンスに間違いはないわね。ああ、私も見たかったー。安易に下界に行くと上から怒られるのよねえ』

 遥の声など聞こえないようにアホ女神はお茶を濁した。

 女神に言われて遥はリリアの制服姿をまじまじと見つめる。色々とあって、ゆっくりと眺めることができなかったので、遥はこれでもかとリリアの制服姿を堪能する。

 ブレザーの制服がリリアの肢体とマッチして、まるで制服がリリアに着たがっているような感じだ。

 そして、ミニスカートから見えるリリアの太ももがなんとも背徳感をそそられる。

「あ、可愛いです」

 女神に反論しようとしたが、リリアの制服姿に負けてしまった。

『それじゃあ、用も済んだことだしいいよね、もう。あっ、とりあえずリリアちゃんの写メよろしく』

 と言って、女神は強引に通信を切断しようとした。

「って、ちょい待てい!」

 幻覚がとけたように遥はアホを呼び止めた。

『くっ、あと一歩のところで逃げられたのに。腐っても流石は元勇者ね』

「元勇者とか関係ないし。それで、なんで、リリアを転校させたんだ」

『えっと、リリアちゃんに夜な夜な頼まれて、ハルカと一緒に学校へ行きたいからってお願いされたの』

「それで、転入届を渡したと」

『そうよ』

 なんとも軽く女神は答えた。

「リリアの話によれば、女神様が校長先生とお話したと言っているんだが」

『うん、したよ。校長先生のヘアアクセについてたっぷりとね』

「おい、それ脅迫だろ」

『脅迫だなんて人聞き悪いわね。私はただ、セリアクシス教徒に入らないと朝礼で突風を起こしてフライングハゲー事件を起こすわよって言っただけよ』

「それを、脅迫って言うんだよ。てか、なんだよ、フライングハゲーってどんな事件だよ」

『校長先生のヘアアクセが空の彼方に飛んで、太陽に焼かれる事件』

「そんな、事件の詳細はいいよ。聞いた俺が馬鹿だったよ」

『それよりも聞いて、校長先生は見事、セリアクシス教徒に入ったわ』

 耳元から、とても嬉しそうなアホの声が聞える。

「ああ、それは良かったな」

 信徒が増えてアホには万々歳だが、校長先生かわいそうに。

『じゃあ、そういう事だから、くれぐれもリリアちゃんから離れない事、近いわ』

 そう忠告しセリアは通信を切った。


 昨日と変わらず二人は登校した。

 相変わらず、授業中にべたべたとくっ付いてラブラブぷりをアピールする。昨日程は敵意の視線が感じられないのは良い事だ。

 きっとみんな慣れてしまったのだろう。

 そうしている間に、昼からの授業も終わりあっという間に放課後になった。

「ねえ、リリアちゃん、霧島くん、これから放課後とか予定ある?」

 珍しい事に遥にも女子生徒が話しかけてきた。

 リリアの連れだろうが、話しかけてくれたことにちょっとだけ遥はうれしいと感じる。

「いや、別に予定はないけど」

 リリアも並行して頷く。

「良かったあ。なら、これから、リリアちゃんと霧島くんの歓迎会をするんだけど……どうかな」

「えっ? 今から」

 リリアならともかく遥も歓迎会に誘われて驚く。

「そうそう。私たちもっと君たちと仲良くなりたいの。いいでしょ」

(君たちね。リリアは俺から離れることはないだろうし、俺も誘っておこうというわけか)

 遥はリリアに確認をとると、リリアは行きたいという目をしていたので、決まりだ。

「うん、いいよ。行こうか」

「ありがとう。それじゃあ、十分後に校門前に集合ね」


「はぁ……美味しい」

 夕方の明るい日差しの中でリリアはとろけるような感嘆な声を出していた。

 ショッピングモール内のカフェテラス。屋外のテーブルに座って彼女が舐めているのは、三段重ねのアイスクリームだった。無数のトッピングにより原形をとどめていない、名状しがたい豪華な代物だ。

 同じテーブルを囲んでいるのは、遥と他女子生徒三人だ。

 こうしてみるとやはり遥は付き添いだったようだ。

「ハルカこのアイス美味しいよ。あーん」

 そう言って、リリアは遥の口にスプーンを持ってくる。

「よせよ。みんなが見ているだろ」

 遠目から見られるのには慣れているが、いざこうして近くにいると遥も恥ずかしくなってしまう。

「あれぇ、霧島くんテレてる」

「可愛いところもあるのね」

「いつもは、周りを気にせずイチャイチャしてるのにね」

 女子生徒三人はからかいのネタを見つけたみたいに、二人を見ながらニヤニヤしている。

 遥は機嫌が悪そうに頬杖ついて、足元に視線をうつす。

(歓迎会というよりこれは買い物だな)

 足元に置かれた大量の買い物袋を見て遥はそう思う。引っ越しと見間違うくらいの大荷物だ。

 二人が校門につくと、女子生徒三人はリリアを引っ張り出してこのショッピングモールに来て、買い物をしはじめたのだ。

 はじめは、少し買い物するくらいに遥も思えてたのだがどうも彼女たちの買い物の量と時間が一致しなくて、これは歓迎会ではないと遥は早めに気づいた。

 こうして、今に至る。

(さしずめ俺は、彼女たちの荷物持ちってところか)

 こんないっぱいの荷物を持ってたら、ゆっくりと回れないのはよく分かるし、まあ、荷物持ちでも構わないかな。リリアが楽しんでいることだし。

 女子生徒とリリアはそれから、ガツガツとアイスをかじり終えると、

「ねえ、次はあそこに入ろう」

「「え!」」

 女子生徒が指さした店を見て、遥とリリアがほとんど同時に声を漏らした。

 ピンクを基調とした可愛らしい店構え。ショーウインドウに飾られているのは下着姿のマネキンだ。

 どこからどう見てもランジェリーショップである。

(どんな嫌がらせ)

 と遥は唇を歪めたが、リリアを見ると少し興味を惹かれた表情を浮かべていた。

 意外にまんざらでもない。

「ねぇねぇ、タイムセールやってるみたいだし行こうよ。あの下着とか、リリアちゃんに似合うと思うなあ。私がばっちりコーディネートしてあげるから、ねっ!」

 しかし、リリアは申し訳なく思ったのか遥を見てランジェリーショップから一歩後ずさる。

「いいよ。行って来いよ」

 遥は、やさしくリリアにささやいた。

「でも、いいの、ハルカ」

「いいに決まってんだろ。俺の事なんか、気にせず楽しんで来いよ。この世界の同年代の女の子と戯れる事なんてめったにできないんだしさ」

「分かった。行ってくるよ、ハルカ待っててね」

「ああ」

 女子生徒に手を引かれてリリアはランジェリーショップへと入っていった。

「霧島君は入ってこないでよー」

「頼まれても入らねえよ!」

 女子生徒の冗談に遥はそう返した。

 彼女たちの背中を見送って、遥はぐったりとため息をついた。

 女子の買い物っていつもこうなのか、ハイテンションで疲れるな。でも、リリアが楽しそうにしているのを見るとホッとする。

 あっちの世界では戦いばかりで、こうやって女の子同士で買い物したり、アイスを食べたりできなかったからな。

 自分の事など気にせずにこの世界をいっぱい楽しんでくれればそれだけで遥はうれしく感じる。

 もう少しだけ浮かれてもいいものなんだけどな。

 調子に乗ってハメを外さなければそれでいい。などと、感慨にふけっていた遥は、見慣れない男が近づいてくることに気づいて顔をあげた。

 ローブを纏った長身の怪しげな男だ。顔は見えない。

 この人々が集まるショッピングモールにはにつかわしくない恰好で、遥は少し警戒する。

「どーも」

 男はまじまじと遥を見つめるように話しかける。

「はい」

 遥は立ち上がると挨拶し返した。こういう時は、条件反射で礼儀正しく挨拶をしてしまう。

 そんな遥の反応が意外だったのか男は口元を少しだけつり上げて愉快そうに笑った。

 ローブの奥からは、鮮血のようにおぞましく赤い目が遥を睨んでいる。

「あの、金髪の彼女君の恋人?」

 男はランジェリーショップのウインドウを指さしながら言ってきた。

「ええ、まあそんなところです」

 馴れ馴れしい男の態度に警戒しながら遥はありのままを答えた。とりあえず否定する理由はない。

「そう……」

 男は禍々しい気配を纏っていた。

 そうこれは……血の臭いだ。

「それよりもあんたは一体誰なんだ? あんたのその恰好場違いだぜ」

 男の纏っている空気に遥は敬語を使う気にはなれなかった。

「いやいや、ごめんね。つい、目的の物が目の前にいるのもで、身体がうずいちゃって」

「あんた……どこかで」

 遥が男に親近感を感じた時だった。

 男が一瞬にして遥の前から消えた。

 そして、男は遥の懐から、魔力弾を放つ。


「見つけたぞ、勇者! 死ね」


 ドガガガガガガガッ。

 周りの建物が崩れ落ち、ショッピングモールのガラスがパリンパリンとあちこちから割れ落ちた。


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