第一話 はじまり
たくさんの人々が朝の通勤ラッシュに追われる交差点。
電車の音がガタンゴトンガタンゴトンと響く駅内。
高層ビルが立ち並び、電波的な音があちらこちらで聞こえる。
その中心に遥はいた。
「ここは、俺のいた世界」
遥はまだ夢でも見ているかのように辺りをちらちらと眺める。
「ああ、そっか。俺があっちの世界に行って時間が立っていたから少し様変わりしているのか」
遥はようやく過去の風景と今の風景を照らし合わせる。変わってはいるが、間違いなく元いた世界だ。
浦島太郎もこういう気分だったのだろうか。周りの世界が変わっていて、数百年もの時間が経っていた。そんなこと考えただけで心臓が飛び出そうになる。
しかし、遥があちらにいた時間は三年だと自覚している。三年だと多少都市開発も進むだろうが有名な建物はなくなったりはしていない。
現に見覚えのある建物もちらほらある。
服装を見る限りは、流行りのファッションが変わっているが気にしない。
それはいいとして、
「俺は、帰ってきたぞぉぉぉぉぉっ」
遥は感極まって、都心の中心で叫び声をあげる。
すると、いきなり声を上げた遥に驚いて周りの人々が遥をやばい人だと避けるように道を歩いて行った。
「おっと、やばい。この国では奇声すらも刑務所行きのサインだったことを忘れていた」
気を取り直して遥は人ごみに紛れようとする。
しかし、人々はそうたやすく遥を人ごみに紛れ込ませようとはしてくれなかった。遥が人ごみに紛れようと人々の行きかう場所に行こうとするとみんなして遥から逃げるように歩いていく。
それどころか、悲鳴をあげ走って逃げていく人もいる始末だ。
どうも遥に対する人々の様子がおかしい。
「一体どうなってんだ。ここは間違いなく俺のいた世界だよな。まさか、俺のいた世界とつくりが似ている別の異世界って事は……ないよな、あはは」
真っ先に思い浮かんだ可能性。だが、あの女神がこんな単純なミスをするはずがないと思い遥は別の可能性を考える。
「ここで考えるのも何だし、とりあえず家に帰ろうかな」
人々の反応が気になるがまずは家に帰る事が先決だ。両親も心配しているだろうし。
そう思って、遥が家の方向へ向かおうとした時だ。
「君、そんな格好で何をしているんだ」
人々を代表して、通勤中の中年のサラリーマンが遥に指をさしながら言ってきた。
「格好って……」
遥は一瞬首をかしげるが直ぐにサラリーマンが言っている意味が分かった。
(ああ、そっか。俺はあっちの世界の服装でこっちの世界に帰ってきたからみんな驚いていたんだな。そっか、そっか)
遥は納得したのか首を縦に振って人々が遥を避けていた理由を理解する。
三年もあちらの世界で過ごしていたから分からなかった。遥にとってはあちらの世界の服装が馴染んでいたので気づかなかったが元の世界では驚いてもおかしくはない。
感性豊かな人によっては最新のファッションに見えなくはないが、一般人からしたら変な格好ととらえるのが普通だ。
(きっとみんな俺の格好が奇抜過ぎて避けていたんだなあ)
「お巡りさん、こっちですあそこに全裸の人が」
遥が納得に浸っている時、通学中の女子高生から思いもよらぬ言葉が飛び出した。
「えっ、全裸」
遥は耳を疑う。
(俺が全裸だって、まさかそんなはずは、少し肌寒い気はするがそんな)
恐る恐る遥はゆっくりと胸に手を当てた。
「ないっ」
あまりにもありえない出来事で遥は声に出して驚く。
そこに絹の感触はなく、まっさらな白い肌の感触だけが遥を包んでいた。
今まさに遥は裸の王様だった。
(どういうことぉぉぉ)
「おい、女神いるんだろ。どういう事が説明してくれよ」
パニックになりながらも遥はこんな事態になった理由を知っている人物を呼び出す。
(ゲートは女神が作りだしたものだ。ゲートが閉じて間もない今、直ぐ近くに女神はまだ健在しているはずだ)
「ちょっと女神って、やばいわー」
「完全に頭イカレテるわー」
「クスリキメテルワー」
周りの人たちが携帯を肩手に心無い言葉をつぶやいていく。
人々から遥に対するイメージはこの際関係ない。今はどうして全裸なのか知る方が先だ。
「ハロハロ、チィーッス、チャオチャオッス」
毎度のことながら訳の分からない挨拶と同時に天が光った。
その中から、長いロングの銀髪で清潔感のある服装、そして何よりも神々しさの塊と言ったような女神が光りの中から、
「ぷっ、ぷぷぷーっ、あははは、全裸で帰還て、私が知る中でも最底辺、ぷっ」
神々しさのカケラなどなく、光りの中から遥の姿を馬鹿にする、女神が現れた。
「おい、このアホ女神これは一体どういう事だ。なんで俺は全裸なんだよ」
彼女、世界の理を管理する女神は遥をあちらの世界に召喚した大変力のある女神である。しかし、その実態はとんでもない厄介者だと遥は知っている。
遥がピンチの時に現れては、助けてあげるなどと言って余計に事態を悪化させる、いわばマッチポンプな存在だ。その事で遥は幾度となく死においやられた。
そして、今回も遥はこの女神よって死に直結する事態に巻き込まれている。
「禁則事項です」
数年前に流行った、ライトベルのヒロインを思わせるような感じで女神は可愛くも憎たらしく遥に言う。
「だから、なんで」
「禁則事項です」
「ふざけ」
「禁則事項です」
「おい」
「禁則事項です」
「いい加減にしろぉぉぉぉ」
頑に禁則事項だと言い続ける女神に対してとうとう遥の堪忍袋の緒が切れた。
「禁則……事項です」
「まだ、それ言うか。その口かその口が言うのか」
「いだぁいでぇす。はなしてぇ、はなしてぇよ、いうから、いうから、その手をはなしてぇ」
遥は、ためらいなく女神の頬を引っ張って制裁を与える。
流石の女神の今回は反省したらしい。遥は、女神の頬から手をはなした。
「ぷっ、クスクス、あはははっ」
なんてことはなく、女神は遥の姿を見て笑い出す。
「おい」
遥の手が再び女神頬に向かって動き出す。
「ああ、いうからその手を下ろして、痛いの嫌なの」
涙目になりながら女神は遥に懇願した。遥は、次やったらお尻を叩くと脅しをかけて、手を下ろした。
「全く、数多くの世界で崇拝される、女神セリアに手をかけるなんてあなたの宗教は穢れているわ、というわけで私の所属する、セリアクシス教徒に入りなさい」
半ば強制的に女神は懐からボロボロの聖書を取り出して布教活動をはじめた。
「入るかーそんなもん、お前の宗教は頭がおかしい信者しかいねえだろ」
パシッ。
目の前に差し出された聖書を遥は振り払って、アスファルトの熱い道路に飛ばす。
遥は一度、女神セリアを崇拝する教会に行ったことがあるのだが、そこで見たことは忘れようと遥の心に刻み込む程、カオスなものだった。
「何てことするのよ、このクソ人間」
女神セリアは遥が飛ばした聖書をとりに行く。
「あっち、あっち」
「そんなボロな聖書に構っている場合じゃないんだよ。俺は今お前のせいで危機に瀕してるんだ。何とかしろ」
「何とかしろってねえ、あんた、禁則事項って言っているでしょ。分かんないの、バカなの」
「お前に言われたくねえよ。俺は確かに馬鹿だけど、お前は大馬鹿だ」
「言ったわね、この腐れ人間。それよりもいいの、私とあんたとの会話、あんただけにしか通じてないわよ。それに、私が見えているのはあんただけよ」
「なん……だと」
驚きと焦り、そして何よりもこのような事態にした女神を親の仇のように遥は見つめていた。
「本当の事よ。今、この場で私が見えているのはあんただけ、そうじゃないと思うなら周りを見てみなさい」
冷静になって遥は目をびくびくさながら女神から視界をそらした。
「気持わるい」
パシパシパシ。
「いいの取れた、早速アップっと、都心に変態なう」
「君、聞こえているのか、誰だと聞いているんだ」
「やだわー、最近の若い子は、これだからゆとりは」
遥を見て、引く高校生。
写真や動画をとりSNSにアップする、若者。
警戒しながら遥を見る、数人の警察官。
そして、露骨に若者を卑下する、時代錯誤なばばあ。
どの反応も女神セリアが見えていないものだった。
「分かった。分かったらな、そんなおそまつな棒を隠しておとなしくこの世界の法に従ってちょうだい」
「そんな、あんまりだろ。俺はあの世界で魔王を倒して英雄になったんだぞ。こんな仕打ちって、どうしてこうなったのかはっきり教えろよ」
遂に遥はあまりの羞恥に耐えられなくなりわめきだした。
「英雄……ああ携帯の」
どこからともなくそんな声が人々から聞こえてくる。だが、そんなのはどうでもいい。
「仕方ないわねえ、そんなに言うなら教えてあげてもいいわ。ただし、教えて下さいセリア様と言って三回まわってワンと言ったらね」
女神セリアは立場が逆転したように遥を見下した目で微笑んでいる。その微笑みといったらあの魔王と遜色変わりのないものだ。
(この、アホ女神、人が下手になってみればこれだ)
「あれぇ~どうしたのお、地べたを這いずる虫のようにお願いしますセリア様と言って、従順な家畜のように三回まわってワンと言えばこの寛大なセリア様が教えてあげるのよ」
遥は震えながら立ち尽くす。
こんな女神に対してそんな事したくない、と身体が拒絶反応を起こしている。
だが、遥は覚悟を決める。最早時間は残されていない。ここで立ち止まっても、いずれ警察に捕まるだけだ。
そうなる前に、女神から理由を聞き出す。
「教えて下さいセリア様」
「えっ、なんだって、聞こえない」
鈍感難聴主人公のように女神セリアは耳を傾ける。
(くそっ、ドウシテコウナッタ)
「ああ、もう、教えて下さいセリア様ぁ」
遥は大声で屈辱の言葉を女神に言うと三回まわってワンと吠えた。
当然の事だが、このやり取りも他の人からは遥一人がやっているとしか見えていない。したがって、遥は最大限の恥辱を浴びることになる。
「あはは、本当に言った、言った、プークスクク」
遥がここまでしたことに対して女神は敬意を示す事無く笑い続ける。
「あんた、頭大丈夫? あはは、あはは」
「大丈夫かと聞かれると大丈夫じゃないが、お前よりはまともだと信じたい」
「あっそっ、ここまでしたんだから私もそれなりの褒美をあげないといけないわね、はぁあ、本当は言いたくなかったんだけど」
(言いたくなかったのかよ)
「禁則事項、つまり、私は世界の理を管理する女神でしょ。だから、あちらの世界の物をこちらの世界もっては来れないのよ」
女神は渋々と答えてくれた。話によると、あちらの世界の物をこっちの世界に持ってくると技術的な世界バランスが崩れて崩壊するそうだ。
何ともSF的な話だがおおむね理解は出来た。
「というか、言ってなかったけ」
「言ってねえよ」
「あーごめんごめん、テヘペロ」
なんとも殴りたくなるような顔で女神は謝った。
「ふざけんなよ。こっちはお前のせいで、ってなにしてる」
女神は遥の怒りに耳を傾けず、天に耳を寄せていた。
「うん、はいはい。どうやら時間みたいだから、これで帰るね」
「はぁあ、何言ってんだ。この状況何とかしろよ。俺に服を着せて、人々の記憶を消してくれよ」
「そうなると、追加料金になりますがお客様」
カスタマーサービスのように淡々と女神は答えた。
「金とるのかよ。女神が人から金を奪うなんて最低だな」
「しょうがないじゃない。こっちだって教会を立てるのに金が要るんだから、教会のお金どこから出てるか分かってるの、実費よ、実費。私がどれだけ苦労してると思ってるの」
「知るか、この貧乏女神」
「私はねえ、あなたの世界のキリストのようなブルジョアな神じゃないの」
ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ。
とそんな二人のいがみ合いをかき消すように女神の懐からガラパゴスケータイが鳴り響いてきた。
「時間よ。あなたといがみ合っている暇はもうないわ」
「おい、どこ行くんだよ。話はまだ終わって」
「どこかの腐れニートオタクがトラックに轢かれたから、異世界転生してあげなくちゃいけないのよ。他の女神にとられたくないわ。それじゃあ」
「おい、ちょっと待て」
「バイバイ、グッバイ、さようなら」
あちらの世界でも聞き馴染んだ別れの挨拶をし、女神は遥の前から姿を消した。
「……はぁ」
遥はため息をついて、異世界から帰還した感想を口にする。
「俺の想像した、異世界帰還と違がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーう」
そう叫び散らした後、遥は警察に取り押さえられ、刑務所へと連行された。
刑務所の前に遥を乗せたパトカーが到着する。
パシャパシャ、パチパチ。
パトカーを降りるとたくさんの報道カメラマンがフラッシュライトをたいて、キャスターたちがここぞとばかり押し寄せてくる。
何も犯罪を犯してもいないのに遥は毛布にくるまれ速やかに刑務所の中へ連れていかれた。
(ドウシテコウナッタ)
遥は一連の騒動が夢ではないかと勝手に思う。まだ自分は夢の中にいて本当の自分はあちらの世界で魔王と戦っていると現実逃避する。
だがこれは全て現実だ。元凶はあのアホ女神。
「今までどこをほっつき歩いていた。さんざんこちらも探したのにどうやって警察の目を免れたんだ」
刑務所の中に入ると狭い部屋に送られ、刑事による事情聴取が行われた。
机をバンバン叩き、怒り狂った形相で遥から事情を問い詰める。こんなに攻められたら犯罪を犯した人間も口を閉ざすのは納得だ。
「あのお、カツ丼とかないんですかね」
遥は小さな声を振り絞りそんな事を言ってみた。
「馬鹿やろう。出すわけないだろ、そんなもん。刑事ドラマの見過ぎだ」
「ああ、そうっすよね。すみません」
現実はそんなに甘くない。ドラマと違って刑事さんは優しくないし、顔も怖い、おまけに異世界にいましたなんて言い出せるはずもなかった。
「さっさと吐いて楽になったらどうだ。そうすれば都心で全裸になった事も許してやる」
(言えるわけねえだろ)
仮に話したとしても精神的に病んでるとみなされ特殊な病院に送られるのは目に見えている。
「しょ、諸事情により言えません」
バアーン。
「いい加減にしろ。こっちは何個も事件を抱えているんだ。お前だけにかまってられないんだよ」
机を蹴って、遥に刑事さんは罵声を浴びせる。遥が口を閉ざしたまま数時間が立っているのだからイライラするのも無理もない。
しかし、この硬直状態を打破するすべは遥にはなかった。
「もういい、やめだ、やめだ。いくら聞いたところで運ともすんとも言いやしない。もういいか、こいつ何も話さないぜ」
刑事さんは呆れて窓側で閲覧している刑事連中に指示を仰ぐ。
「戻っていいぞ」
流石の刑事連中もしびれを切らしたのか、そっけない態度で告げた。
「あいよ。ったくよう、七年も行方不明になっといてどうして顔が変わってないのかねえ。まっ、いっか、どうせ言いたくないんだろうし」
(ん? 七年)
遥の資料を見ていた刑事さんがとんでもない発言をしたように遥は聞こえた。
「それじゃあな。全裸の行方不明者さん」
刑事さんはそう言葉を残し狭い部屋を抜けようとドアノブを回す。
「七年ってどういう事ですか。今は西暦二○二○年のはずじゃあ」
冷や汗を流しながら遥は思い切って聞いてみた。
「馬鹿か。今は西暦二○二四年の八月だ。ちょうどお前が行方不明になって七年が経過したころだよ」
「そ、んな。俺があっちの世界にいたのは三年のはずじゃあ……」
呆然としながら遥は現実を受け入れられず、独り言をつぶやく。
遥があちらの世界にいたのは確かに三年だったはずだ。そう記憶している。だが、こちらの世界で七年もの月日が経っている。
遥は瞬時に理解した。あちらの世界とこちらの世界は時間の流れが違うのだと。
(あの女神ぃ)
このような事態にした女神の顔を思い出し、恨みが募っていく。
(次出てきたら、お仕置きだけじゃ済まさねえ)
「どうやら、記憶の齟齬があったようだな。このことは俺たちの専門外だ。しっかりと病院で見てもらうんだな」
メモを取りながら遥と目も合わせずに刑事さんは部屋を出ていく。
事情聴取から数分が過ぎたころだ。扉のドアが開いた。
「お客さんだ」
どうやら、遥に誰かが会いに来たらしい。
「親父、それに母さん」
遥が顔をあげると目の前には両親がいた。
随分顔つきが変わっている。七年という時間が経っているのは間違いないようだ。
七年ぶりの家族との再会。きっと遥を探して両親とも奮闘していただろう。心配もかけた。遥は真っ先に両親に心の底から謝ろうとした。償っても償いきれないが、自分はあちらの世界でやるべきことをしたのだ。その事は誇っていいと思う。
だから、今は七年という時間を少しずつでも埋めていく。
「親父、母さん、ごっ」
「なんでこんなタイミングで帰って来るんだよ! このクソ息子が」
「えっ……」
遥が心身込めて両親に謝ろうとすると、遥の言葉を遮り、父親が怒鳴り散らしてきた。
「本当にタイミングが悪いわ。なんでこんな時に」
「母さんまで何を言っているの」
遥は動揺する。
(どういう事だ。普通家族の再会というのは感動的なものであるはずだ。なのに、どうして俺は怒られているんだ)
遥は目の前にいる両親の反応が分からず混乱していく。
「あと少ししたら、お前は死亡扱いになって、適当に葬式をして親族一同から大量に金をもらうはずだったのにどうしてくれるんだ」
「そうよ、あんたのせいでどれだけ私たちは金を奪われたか、うぅ」
(ええええええっ。どうして俺の両親はこんなクズになってるのお)
両親は遥に対して言いたい放題言い、挙句の果てに母親は泣く始末だ。もはや遥を実の子として見てはいない態度に遥は言葉を失う。
確かに行方不明者は七年たつと死亡扱いになるが、そこまで人の死をウェルカムにとらえるなんて目の前にいる両親くらいのものだろう。
両親の変わりように遥は驚かされるばかりだ。
「この、人でなしのクソ息子が。少しでも両親の為を思っているなら帰って来るんじゃない」
「人でなしはそっちだよ」
もう我慢の限界だ。遥は立ち上がって両親の理不尽な言動にキレる。
「大体どうしちゃったのさ。親父も母さんも、七年前はそうじゃなかっただろ」
「どうしたのはこっちのセリフだ。七年前に突然いなくなったと思ったらいきなり全裸で現れて、父さんたちは日本中の笑われ者だ」
「それは……」
遥は言い返せなかった。父親の言っている事は正論であり、逃げ場のない言い訳だ。
それに、異世界に行ってました、なんて言っても信じてはもらえない。遥はとっくに詰んでいるのだ。
「ねえあなた、どうしましょう。葬式の準備進めちゃっているわよ」
「そんなこと父さんに言われても、息子が帰って来たんだからどうしようもないだろう」
「それじゃあ、キャンセル料が」
両親は遥を無視して話を進める。目の前にいる遥が幻であって欲しいと願いながら頭を抱えて遥の存在を消していた。
「よし、バカ息子、もう一度行方不明になれ」
父親は何一つ迷いなく実の息子に残酷な言葉を言った。
「なんでそうなるの! おかしいよ。そんなの間違っている」
「間違っていてもそれしか金が手に入る方法はないんだ。今の時代はお前がいた七年前よりも不景気になっているんだ」
「そんなの、こっちが知ったことじゃないよ」
話が一向に進まない。ここままではずっと両親や警察と言い争っていくだけだ。
(話そう)
遥は、自分が七年間、正確には三年間だがどこで何をしていたのは話す決心を決めた。
信じてもらえないかもしれない。でも、ここまま立ち止まって時間を止めたままだと世界は変わらない。みんな力を貸してくれ。
遥は、仲間たちの事を思い出し、目に覚悟を宿す。
「親父、母さん聞いてくれ。俺は異世界に飛ばされていたんだ」
こうして遥は両親に異世界での出来事を全て話し出した。何度も言葉を詰まらせたが両親は最後まで遥の話を聞いてくれた。
「俺はゲートをくぐってこの世界に戻って来たんだ。全裸なのは、話にいた女神のせいで俺はなにも悪くはない。これで、俺の三年間の物語は終わりだ」
両親は腕を組み首こくこくと頷かせ遥の話を聞いていた。そして母親が戸惑いながらも口を開いた。
「あ……えっとつまり世界を救ってくださいと女神、女の子かしら、に言われて別の世界に行ったって事でいいのかしら? あなた」
「そのようにしか聞こえなかったな。そして、バカ息子は勇者として仲間と共に魔王を倒すため旅に出て、魔王を倒して、綺麗なお姉ちゃんと結婚して日本に戻って来た、と」
あまりにも非現実すぎて理解が追いついていないのだろう。両親ともに疲れた表情をして遥が歩んできた道のりをゆっくりと復唱している。
「証拠はないけどこれは事実なんだ。信じてもらえなくてもいい。だけど、俺が生きてきた三年間はずっと消えない思い出だ」
遥は自分のしてきたこと全て言い切った。
「本当なんだな」
父親はゆっくりと遥に確認をとる。遥は頷いた。
「ふぅ、そっか……んじゃ行くか、病院」
「……ッ!」
(信じてもられてなーい)
「すみません警察のみなさん、息子は頭がもうどうにかなってしまっているようなので、このまま病院に」
「ちょっと待ってよ。俺の話理解してくれたんじゃ……」
遥は病院に連れていこうとする父親の肩を掴んで止める。その時の父親の目は遥を憐れみの目で見ていた。
「異世界に行っていたなんて非現実的なこと信じるわけないだろ」
「そう、だよね」
遥は父親を掴んでいた袖を離した。
遥は再度思う。
(俺が想像した異世界帰還と違がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーう)
遥は刑務所から精神病院に移行させ、様々な検査を受けた。しかし、どれも正常な反応を示したこともあり、医師の判断で家に帰る事になった。
「ただいま」
遥は玄関の扉を開け。家に帰って来たことを実感する。両親は遥を家に入れるのを嫌がっていたようだが気にしない。
遥は階段を上がって自分の部屋に行った。
ドアノブがきしみ、遥はゆっくりと扉を開ける。
そこは、七年前と変わりない自分の部屋ではなく、ホコリかぶった粗大ごみが散乱した部屋だった。
もちろん遥の私物などほとんどない。
「ですよねー」
遥はもう期待など一かけらとして残していなかった。あの両親の変わりようから分かっていた。この家に自分の居場所がない事を。
遥はすぐさま粗大ごみ収集の業者に連絡して箒を片手に掃除をはじめた。
「はぁ、終わった」
二、三時間経った頃だ。遥は掃除を終え、床に腰を着いた。
部屋はきれいさっぱりと生活感のない感じになっている。引っ越しをした初日みたいだ。あるものと言えば、机とベッドそれと遥が異世界に行く前から使っていた古いノートパソコンくらいだ。
「帰ってきたんだよなあ」
遥は床に寝転がり天井を見上げそんな事をぼーっとつぶやく。
遥と同じように異世界から帰ってきた人たちはどんな風に思っていたんだろうかと、中学の頃読んでいた小説の物語を思い出す。
きっと彼らは、期待に胸を膨らませ異世界から帰還したに違いない。遥もそんな風にゲートをくぐるまでは思っていた。
しかし、現実は物語のように優しくはなかった。今思えば、なんで帰ってきてしまったのだろうと思うくらいだ。
「あっちの世界は良かったなあ」
ふとそんな事を思い遥は眠りについた。異世界から帰って来ていろいろとあったせいもあって疲れがたまっていたのだろう。遥は目を閉じると直ぐに意識を持っていかれた。
「ハルカ起きて、ハルカ起きってば、もう」
誰かの声がする。
よく知っている声だ。彼女の声を聞くと自然と遥はまだ寝たいという気分になる。そんな遥を彼女は頬を膨らませて眺めるのだ。
そしてその輪の中にドシンと野郎どもが遥の寝ているベッドにのしかかる。
「いた~い。ああああああ。ん、あっ、夢か」
遥が起きると空はもう夕闇に染まっていた。
「全く、あいつら夢の中にまで出てきやがって」
どうやら、あちらの世界の夢を見ていたらしい。どうしてこんな夢を見ていたのか不思議だったが、きっとさびしさからだと感じる。
「元の世界に帰って来てろくなことがなかったからかな」
家族が心配していると思って帰って来たのに現実ではこんな有り様だ。
遥は、ゆっくりと立ち上がると階段を降りて食事の準備をしているであろう両親の元へ行く。
「今日の飯は何」
と何気なく遥が台所へと入っていくと遥は目を疑った。
「なんで先に飯食べているんだよ」
遥が台所で目にしたものは両親が遥を無視してテレビを見ながらぼりぼりと食事をしている風景だ。
「……」
「……」
両親は遥に目もむけずに無言で食事をとる。さしずめ、お前の飯ねぇです、と言われているようだ。
遥の両親はテレビにくぎ付けになっていた。
そんなテレビの内容は、遥の事だった。
『七年前に行方不明になった、少年Aが都心のど真ん中全裸で発見される』
というものだった。
それについて、キャスターやジャーナリストがありもしない事実をねつ造して話を肥大化させている。
そんなニュースの話題に両親は時間が経過するにつれて背中が縮こまっていくのを遥は見る。
「ああそうかよ。あんたらがそうするなら俺も勝手にするよ」
バーンと遥は勢いよく扉を閉めて台所から出ていった。
今は世間の目が注目しているから家から出ないようにと警察から忠告を受けたが、こうなっては仕方がないと遥はマスクとサングラスという軽い変装をしてコンビニに行くことにした。
しかし、遥の行動は予期せぬ事態に阻まれてしまう。
遥がコンビニに行こうと玄関の扉を開けた時だ。
パシャパシャとフラッシュがたかれた。遥の家の玄関の前にはたくさんの記者とカメラマンで溢れかえっていた。
「霧島遥さんですか。どうかお話を」
一人の記者が遥に気づくとそこから流れ込むように人々が遥に群がってきた。
遥はすぐさま玄関の扉を閉める。
「特定はやっ」
こういう事態になった芸能人の様子をテレビで見たことはあるがこんなにもはやいとは思いもよらなかった。
今ならわかる、これは大変迷惑な行為だと。マスコミ死ね。
仕方なく遥は裏口からそーっとコンビニ行くことにした。
なるべく音を立てずに忍び足で遥は外に出る。
(ったく、なんで外に出るのにこんなにも気を使わなきゃならないんだ)
コンビニにたどり着くと、遥は新聞や雑誌コーナーのところで情報収取した。
そこでも、世間は遥の事で持ちきりだった。
全裸少年見つかる、異世界に行ってた! だのメディアに改ざんされた嘘っぱちの記事ばかり、世間はこんな文字一つで騙させるんだからうんざりだ。
自分が中心の記事を見て遥はどことなく気分が悪くなった。なので、適当に紅茶とパンを買ってコンビニを出る。
すると、遥に絡んでくる野郎数人に絡まれた。
「おい兄ちゃん、いいもん買ってんなあ。俺たちにも飲ませろよ」
ダメージの多い服を着こなし、カマキリのような眼鏡、夏場の夜に群がるガラの悪い連中だった。
(また面倒なのに絡まれた。こっちに帰って来てろくな事が無い)
「兄ちゃんそんなマスクとサングラスしてるけど、有名人」
「……違います」
ここで見つかるのは得策じゃないと思い遥は否定した。
「怪しいなぁ」
「兄貴こいつ霧島遥じゃないっすかね。家もこの近くだって聞いてますぜ」
「ああ、あの全裸の、そうなのか」
兄貴と呼ばれるこの中でも地位の高い男が遥に肩を寄せて言ってきた。
(地元ヤンキーの情報力高い)
「違いますよ。あははっ」
遥がここはなるべく穏便に済ませようとしたのだがそうはいかなかった。
「いっただき」
遥が油断している隙に、目の前のヤンキーがノーモーションで遥のかけていたサングラスを外した。
「あっ」
「こっちも外しな」
サングラスをとられたわずかな間に後ろから部下が遥の顔に手を寄せマスクを下にさげる。
完全に油断した。あちらの世界だったら不意を突かれることはなかっただろう。元の世界だからと甘く見ていた。
「こいつ、マジで霧島遥じゃん」
「マジ有名人。きゃはははあ」
偏差値の低い低能な会話を交わしながらヤンキーは遥を見て笑っている。
「お近づきの印に」
パシャ。
と一枚、ヤンキーたちは遥と集合写真をとる。
「これ、マジ一生もんだわー。鬼すげー。ついでにSNSにアップしとこう」
「あのお、気がすんだのなら解放してくれます」
遥は弱腰に出て解放してくれるように頼む。
「駄目だ」
即答だった。
「俺たちは霧島遥らしき人物がきたら確保するようにとマスコミに言われてんの、だからだめぇー」
(こいつら仕込みだったか)
「連絡は済んだか」
「ばっちりです兄貴」
「さあ、記者たちが来るまでゆっくりと話しようぜ。ブラザー」
(こういう展開何度目だったけか)
あちらでの潜入作戦の事を遥は思い出していた。遥は幾度となくこういう場面に出くわし、切り抜けてきた。
その感覚が今でも遥には残っている。
(とりあえず、気絶する程度でいいか)
「悪い」
遥はそう謝ると、すぐさまヤンキーが掴んでいた手をすり抜けてボスの顎に掌底を放った。
「兄貴、てめぇ」
ボスが倒されたことにより怒りをあらわにして殴りかかるヤンキーたち。それを遥は全てよける。
「団長さんたちに軍隊式格闘術を教わっててよかったぜ」
ヤンキーたちの腰のベルトを全て遥は奪い地面に捨てる。あまり目立ちたくはなかったがマスコミに囲まれるよりはマシだと遥は咄嗟に本気を出した。
「おっとマスコミの連中が来たようだな。あばよ」
「クソー覚えてろよ」
遥はそんな臭い捨てセリフを残してコンビニを後にした。
「酷い目にあったぜ。つい、あっちの世界のノリではしゃいでしまった」
ヤンキーたちから逃れたあと、遥は変装をとられたこともありたくさんの記者たちに追われた。
地域全体を使った鬼ごっこの末、やっと家に帰って来たのである。
遥はそのまま自分の部屋へと戻ると、ぬるくなった紅茶を片手にパンを食べた。
「しばらくはこういう生活が続くのか」
何とも難儀な話だ。異世界からの帰還って思ったより楽じゃない。
先の事を考えてもどうしようもないので遥は考えないことにした。
「はぁ、リリアに会いたい」
そんな、ホームシックじみた声が夜空に響くのだった。