終章
100パーセント悪ふざけで書いた小説です。
崩壊する城。
炎が舞い上がり、煌々と辺りを照らす。
血と肉の匂いを漂わせながら、魔法と剣とがぶつかり合う戦場。
たくさんの生あるものが屍へと次から次へと変わっていく。
そんな、死体の山を踏み越えるように二つの影が対峙していた。
「【音速の風】はああああっ」
剣を片手に鎧をまとった少年が自身の固有魔法を叫び向かっていく。
相対するは、赤い三日月を思わせるような血で染まった大鎌を持つ、禍々しさを最大限に引き出したドレスを着こなす少女だ。
少年が瞬間移動と思われる速さで少女の懐に入り込むと一閃。
「ぬるい」
だが少女は華奢な身体とは思えない膂力で鎌を振り、少年の剣をはじき返した。
ガキン、と重い音を鳴らし、肩がきしむ衝撃。
少年はそのまま、後方へと飛ばされる。
「くそっ、これでもダメか」
少年が少女に向かって皮肉を飛ばすと予備動作もないまま彼女の大鎌が少年へと振るわれた。
獲物を刈り取る鋭利な刃が少年の首筋につきかかる。
「【風の加護】」
少年は咄嗟に自分の身体能力を上げる魔法を唱え少女の大鎌を避ける。
「あっぶねえ、死ぬところだった」
少年は冷や汗をにじませながら今にも襲い掛かってきそうな少女を見る。
「これで終わりか、勇者よ」
少女はどこまでも余裕そうに少年に投げ掛ける。
「ふざけんな、お前を倒すまで終わらねえ、魔王」
少年は少女の発言を否定する。
「くっく、そうかそれは楽しみだ。だが、お前の力ではどんなにあがいても倒せんよ。それとも秘策があるのか」
どこまでも邪悪な笑みで少女は少年を追い詰める。
「ああそうだよ。俺には最大限にとっておきの力がある」
はったり気味に少年は答える。いや、もはやはったりなのであろう。少年の焦り顔がその証拠だ。
「仲間の力というやつか?」
少女は不思議そうに少年のはったりの答えを言う。
「そうだ、それがどうした」
「くくっ、それが私を倒す力か、何とも哀れな勇者だ。大方、あの世界の理を管理する女神にでも吹き込まれたのだろう」
少女は同情でもするかのように少年の力を笑い潰す。
「何がそんなにおかしい」
「いやあ、悪いな。あまりにお前が馬鹿でつい笑ってしまった」
「減らず口もそこまでだ。今すぐ、俺のとっておきで倒す」
少年は風を纏い少女に向かおうとしたその時だ。
「その仲間とやらはどうなった」
「えっ」
少女の一言に少年の動きが止まった。
「お前が信頼していた仲間たちは私によってどうなったかと聞いている」
「それは……」
言えない。それを言ってしまえば力が抜けてしまいそうな気がしてならない。
「そうか、言えないのなら私が言おう。お前の仲間は全て私が殺した」
少女がこれまで勇者を奮い立たせていた力の正体をあっさりと断ち切った。
すると、
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
先ほどまで威勢の良かった少年の口から絶望の叫びが歯止めなく木霊した。
少年は膝をつき涙を流す。
「みんな……」
少年は仲間の顔を思い浮かべて嗚咽にまみれる。
「あははっ、今頃気づいたのか。お前は私と戦う為に何人もの仲間の屍を作ってきたことを、もはや私とお前は同じだ」
少女は絶望に歪んだ少年を見て同類だと確証する。
「私もお前も同じように人を殺している。世界を平和に導くだったか。それがこの有り様だ。何が勇者だ。私を倒そうとしてお前もこちら側に来ていたんだよ。呆れてものも言えないな。周りを見てみろ」
少女は少年の存在意義を否定する。
少年は目を真っ赤に腫れあがらせながら崩壊していく城の周りを見る。
少年が見たものは彼女との戦闘中に倒れていった仲間たちの姿だった。
「どうだ、これがお前のやってきた結果だ。たくさんの犠牲を払ったのにも関わらず私に敗北する」
少女は少年に鎌を突き立てる。
「どうだ、お前、私の仲間にならんか。たくさんの犠牲を払ったとはいえ、私をここまで追い詰めたのはお前が初めてだ。私の仲間も多く死んだ。お前さえ良ければ部下にしてやっても構わんのだが」
少女は少年に向かって上から目線で生きるか死ぬかの選択を迫ってきた。
少年は心の奥底で迷う。
このまま、彼女の仲間になってしまえば勇者としての罪を背負うことなく生きられる。だが、世界を支配する片棒を背負ってしまう。
そうすれば、今まで自分について来てくれた仲間を裏切ることになる。
このまま敗北して死ぬか、仲間を裏切って生きるか、少年は葛藤する。
だが、どちらにしても世界が彼女によって支配される事に変わりはない。
変わりがあるとすれば、死んだ後の支配された世界を知らないのと知ることの違いだけ。
「何を迷っている。簡単な事だろう」
少年の出す答えが分かっているような口ぶりだ。
「私とお前は似た者同士だ。同胞となればよきパートナーとなるだろう。さあ、一緒にいこう」
少女は手を少年にかざし悪魔のささやきを放つ。
「あ、っ……うっ」
少年はなすすべもなくわずかに口を開け、彼女の誘いに誘惑される。
言葉になってはいないが少年が出した答えは仲間を裏切って彼女と共に世界を滅ぼす事だろう。
それしかもう彼には決断することが出来ないのだ。
自分の無力さ故に仲間は殺され蹂躙された。償いようのない過ちだ。
少年はその罪に耐えられなかった。
なら、その罪を全て取っ払い彼女と共に行動する。
「はっきりと言え。仲間を裏切り私の元に来ると」
どこまでも傲慢で邪悪で圧倒的な存在が少年の答えを今や今かと待ちわびている。
「あ、あ、あ……い、く」
まだまだ言葉になっていない。生まれたての赤子のようだ。
「言え、お前の心からの言葉で」
勝ち誇った顔で彼女は少年を支配する。
少年は彼女の命令に従うように大きく息を吸い込むと口をあける。
今、はっきりと少年の口から言葉が紡がれる。
「俺は仲間を裏切って、魔王、お前に従」
「だめぇぇぇぇぇぇぇっ」
その時だ。
少年の後ろから、彼の言葉を遮るように大声が轟いた。
少年はゆっくりの声の方へ振り向く。
「リ、リ、ア」
少年はゆっくりと彼女の名前を呼んだ。死んだはずの彼女の名を。
「はい、ハルカのリリアです」
彼女はにっこり笑って少年を見返した。
少年は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしながら、目の前の現実を受け入れることが出来ない。
「お前、生きて……」
「あーハルカ、私が死んだと思ったんですか。死んでませんよ、私は。あのくらいで死ぬ私ではありません。それに私が死んだらハルカが悲しむじゃありませんか。けして、私がハルカより先に死ぬことはありませんよ。私とハルカの誰にも解くことのできない呪いです」
この声、その口調、性格、まさしくリリアのものだ。
どういうわけかは知らないがリリアが生きていた。それだけで、少年を絶望に包み込んでいた闇が晴れていく。
「それよりも、そこの魔王。よくも私のハルカを篭絡してくれたわね。ただじゃおかないんだから、ハルカを誘惑していいのは私だけの特権なの」
相変わらずリリアは個人の主観だけで物事を決めていた。
「チィ、小娘がいけしゃしゃと私と勇者の間に入って来るではないわ」
彼女は顔を歪ませながらリリアに向かって敵意を向ける。
「そっちこそ、小娘じゃない。子供はお家に帰って寝る時間よ」
「黙れ!」
魔王の手からリリアに向かって魔力弾が放たれた。
「きゃああ」
「リリアァァァ」
少年は叫ぶ。
魔弾はリリアにぶつかり土煙を上げる。
「ふん、たわいもない。これでようやく邪魔者はいなくなった」
何事もなかったかのように魔王はリリアを片付ける。彼女の目には勇者しか写っていない。
「てめぇ、この野郎ぉ」
大切なものを二度も失って少年は彼女に憤慨する。再び武器を持ち彼女に攻撃しようとするが、
「クッ……」
少年の首元に彼女の鎌が突き立てられ動きを封じた。先を読まれたような感覚だ。
「そう熱くなるな。危うく殺してしまいそうになった」
少年はおとなしく彼女に従うように武器を捨てる。もはや抵抗する気など起きない。彼女と少年の実力差は圧倒的なものだ。
仲間の力があってもけして彼女に太刀打ち出来ないと少年は心の中で諦めていた。
「全く、リリィアーヌのお嬢さんもハルカ殿も世話が焼けますなあ」
魔弾が着弾した土煙の中から声が聞えた。
土煙が引いていくとそこから現れたのは、白銀の鎧を身に着けリューズエル王国の紋章の入った大楯を持った大男だった。
大男はリリアを庇うように盾を掲げて現れた。
「グライリック!」
少年は驚きながら大男の名を呼んだ。
「おや、どうしたんですか、ハルカ殿、まるで死人を見るような目をして」
「お前どうして、ここに。確かお前は魔王の兵器によって盾ごと貫かれたはずじゃ」
「ええ、確かに私は魔王の兵器によって体を貫かれました。けど、死んではいません。致命傷は避けていたみたいで一命はとりとめました」
「お前、そういう事は先に言えっての。俺たちはお前が死んだと思って旅を続けていたんだぞ」
少年の目から涙があふれてくる。
「これは、これは、心配をおかけしました。不肖、リューズエル騎士団副団長グライリックただいま戻りました」
「小癪な」
グライリックの登場により厄介な奴がまた増えたと魔王は嫌な顔をする。
「それとハルカ殿、私だけではありませんよ」
「そうだぜ、リリアとイチャイチャするのはそこの魔王を倒してからにしやがれってんだ」
「ウェイン」
嫌味そうにそう言う彼は、この世界に来てからの唯一の親友でありライバルであるウェインだった。
「エルシィちゃんもいるよーっ!」
「それにエルシィも、みんな」
死んだと思っていたはずの仲間が次々と現れて少年の心は希望に満ち溢れていく。
「ああ、そうだよな。俺たちの冒険は目の前にいる魔王なんかに屈したりするわけないよな」
軽い笑みを浮かべ少年は独り言をつぶやく。
魔王に屈しそうになっていた自分が馬鹿みたいに思えてきた。今なら分かる、女神様が何故自分をこの世界に連れてきたのか。
「さぁ、ハルカ、目の前にいる派手な格好したがきんちょに目にもの見せてやりなさい」
少年の後ろからたくさんの声援が聞えてくる。
「悪いな、魔王。俺はお前と一緒にいくことは出来ない」
「そうか、ならば死ね」
ガキンィィン。
鎌が振られると同時に少年は武器を持ち彼女の鎌を弾き返した。
「なっ……」
弾き返された剣圧は彼女を数メートル先まで飛ばす。本来の少年の実力ではありえない力が発揮されている。その事に彼女は目を見開く。
「魔王、それも出来ねえ相談だ。俺が死んだら誰がお前を止めるんだ。それに、俺が死んだら嫁が泣いちまう」
「これが、お前が持つ仲間の力と言うやつか、くくっ、面白い。なら、その力を根こそぎ引き抜いて殺してやる」
「そうはさせない! 俺たちは絶望に屈したりなんかするものか。これが俺たちの出した答えだ。いくぞ、魔王」
少年は魔王に向かって駆け出した。
魔王も鎌を力強く握り勇者に向かって駆け出す。
「これが俺たち、仲間の力だ【風拳の呼応】」
「そんな物で私を倒せると思うな【暗黒の鎮雨】」
両者の必殺技がぶつかり合い、光と闇、交わるはずのない二人の世界が交わった。
フィオール大草原の中心で数人の男女が涙を流してたたずんでいた。
「ううぅっ」
「しくしく」
「うわーん、行っちゃヤダ」
みんながそれぞれ様々な泣き方をしているが、目的は一致している。
「本当に帰っちまうのか、ハルカ」
「ああ、魔王を倒してこの世界に平和が訪れた。俺の役目は終わったんだよ」
そう、今日はあの世界を混沌へと導いていた魔王を倒した勇者ハルカの帰還の儀が行われていた。
「それにしても本当に終わったんだな。まるで夢でも見ているようだぜ」
少年は独り言のように仲間たちに言う。まだ、魔王を倒したという実感がわかない。本当にこれで世界は平和になったのかとか、まだ自分に役割があるのではないかと不安になってくる。
「夢じゃないぜ。お前が俺たちを導いてやったんだ。誇っていい。世界はこれから豊かになっていくさ。まぁ、それをハルカが見られないのは気の毒だけどな」
少年の不安をかき消すように親友のウェインが名残惜しそうな顔をして見送る。
「そんな顔されちゃ、帰れなくなっちまうだろ。そうか、本当に終わったんだなあ」
おぼろげな目をして少年はこの世界きたころの自分を思い出していた。
霧島遥はごく普通の平凡な高校一年生だった。しかし、寝ている時に世界の理を管理する女神を名乗る女性が現れ、突然世界を救ってくれませんかと言われ強制的に異世界に召喚されたのである。
あの頃は何もかもが驚きで色々と苦悩した。今ではいい思い出だ。
そんなこんなで、魔王を討伐するため旅に出てたくさんの仲間たちと出会い冒険し、やっとの事であの魔王を倒したのである。
「うわーんやだよ。いかないで。もっとエルシィーちゃんの実験に付き合ってよー」
魔女のような恰好をした錬金術師のエルシィが泣きながら少年に抱き付いてきた。
「悪いな、お前のバカげた錬金術いや大爆発にももう付き合えない」
エルシィは偉大な錬金術師なのだがほとんどの実験は失敗に終わり大爆発を引き起こしてみんなに迷惑をかけていた。小さいころおばあちゃんの錬金術を魔法と間違って覚えたのがきっかけで、服装はその影響らしい。
それでも、いざという時は必ず成功して仲間たちを助けてくれた頼れる奴だ。
「ウェインたちの手を煩わせるなよ。実験もほどほどにな」
彼女の頭を撫でて遥はエルシィに別れを告げた。
「ハルカ殿、このたびはお勤めご苦労様でした。自分は、うぅぅ」
「堅苦しい挨拶はなしだぜ、グライリック。お姫様にもよろしくな」
「はい。それと、団長からです。あなたの世界行ってみたかったと」
グライリックと団長はリューズエル王国で出会ったとても頼りになる方たちだった。何も知らない自分に一から剣を教えてくれたものリューズエル騎士団の団長さんだ。魔王の前にたどり着けたもの団長さんたち騎士団のおかげだ。感謝してもしきれない。
時折、団長さんには自分の世界の事について話していた。その話をとても興味深く聞いていたのを覚えている。
「残念です。俺もできれば団長さんたちを連れていきたかったんですが、ゲートは一方通行で俺しかくぐれないみたいなんですよ」
少年は悲しい顔をするがグライリックは涙を拭く。
「そう落ち込まないで下さい。ハルカ殿、私たち騎士団は王国を守る義務があります。ハルカ殿の世界は興味深いです。が、むやみに王国を離れるわけにはいきません。ですので、私どもに遠慮せずに元の世界へと帰って下さい」
揺るがない王国への忠誠心を胸に抱きグライリックは少年を心から送迎する。
「ありがとう」
少年は一言、目の前の騎士団の代表者にお礼と別れの言葉を述べた。
「ハルカのばぁか、ばぁか。どこにでも帰れってんだ」
そう言うのはこの世界で一番の親友である、ウェインだ。
ウェインとは一緒に戦っていく中で幾度も絶対的なピンチを乗り切った相棒だ。時には喧嘩もして仲たがいもしたけど、今では最高の親友にまでなっている。元の世界ではウェインのように本音で話し合う事の出来る友人はいなかったと思う。ウェインは唯一無二の遥が最も頼りにしている仲間だ。
「生意気な奴だと思っていたけど俺は……俺は……」
涙をこらえようと必死になって震えるウェイン。
「そう強がるなよ、相棒」
その時ウェインが必死になって我慢していた壁が崩壊した。
「おれぁ、おまえをぉ一番の親友と、おもってたぜ」
涙と鼻水を垂れ流し少年の胸にウェインは拳を当てる。
「お前との思い出は絶対、忘れない」
「俺もだ。さてそろそろ時間だ。女神様を待たせるわけにもいかねえな、さっさとゲートをくぐるか」
親友との友情を確かめた後、少年がゲートをくぐろうとした瞬間、
「駄目ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
仲間たちの奥底から少女の声がした。
「やっと口を聞いてくれたな、リリア」
仲間たちの輪をくぐり抜けてリリアが少年の前にやって来る。
リリアはハルカが元の世界に帰ると言った時から口を聞いていない。昨夜の祝杯にも顔を出してはいなかった。
「いかないで、ハルカ。ずっと一緒にいるって約束したじゃない」
リリアは何のためらいもなく少年に思いをぶつけた。
「悪いな、リリア」
「悪い、悪いってそればかりじゃない。もっと言う事があるでしょ。私たちまだ式も挙げてないのよ。それなのに、帰っちゃうなんて……ハルカのバカ」
リリアは遥がこの世界で初めて会った女の子だ。彼女が家出をしていたところに偶然ハルカが召喚されたのがきっかけである。
今思えばあれは女神様の悪戯だったのかもしれない。
そんなこんなあって、リリアと婚約することになって今に至る。
「式、そういえば、魔王を倒してバタバタしていてやってなかったな」
とぼけるように遥は彼女の言葉をはぐらかす。
「そうやっていつも私をないがしろにして、帰っていくのね。あっちの世界に私より可愛い女がいるんでしょ、バカ、バカ、バカ」
涙を浮かべながらリリアは少年の胸をぽかぽかと殴りつける。
思ったことを直ぐに口にする天真爛漫な女の子、月日が経っても全く変わらない。
「そんなわけないだろ。リリアより可愛い女の子なんているわけない」
「本当に……」
顔を上げて遥の顔を見るリリア。遥はリリアの涙を拭きとり言う。
「本当だ」
「ヒューヒューお熱いね、お二人さん」
そんな二人の様子を見ていた仲間たちが茶化してくる。いいからかいのネタだ。
「ってバカ、お前ら」
「おおっ、旦那様がお怒りだぞ、逃げろー」
そうして仲間たちはその場から逃げていった。たちまちその場は遥とリリアだけとなった。
「ったく、あいつら……」
仲間たちに感謝しつつ遥はリリアに向き直る。
「リリア、聞いてくれ。お前にも家族がいるように俺にもあっちの世界に家族がいるんだ。お前が家出していた時リリアの両親はどうしてた」
「心配してた……」
小さな声でリリアは言った。
「そう、それと同じように俺の家族もあっちの世界で心配している。だから俺は帰らなくちゃならない。分かってくれるよな」
リリアは納得したようにゆっくりと頷いた。
「お互い納得出来たみたいだな」
空気を読んでいたかのように仲間たちが二人の元に戻って来る。
「それじゃあ、時間もないしここで式を挙げるよー」
唐突に錬金術師であるエルシィがとんでもない大爆発を起こした。
「えっ」
「それいいな、やろう、やろう、酒持ってこい」
「おいちょ、まっ……って」
「リリィアーヌのお嬢さん、ハルカ殿このたびはおめでとうございます。リューズエル騎士団を代表してお礼を申し上げます」
「グライリックまで……」
動き出したら止まらない。結婚式は不可避になってしまった。
「いいじゃない、ハルカ。私たちの結婚式なのよ、これくらい派手にやらないと」
「はぁ、そうだな。俺たちの結婚になんだからこれくらいあって当然か」
遥は仲間たちと最後の祝杯を見届けて帰ることにした。
持って帰りたいものはいくつかあったけど、やめた。
この光景は忘れがたいものだ。いつだってこの冒険は思い出せるんだ。
「リリア、愛してる」
「わたしもよ」
愛を確認すると二人は唇を交わした。
「それじゃあ帰るよ」
さよなら、異世界。
さよなら、みんな。
さよなら、大好きな女の子。
リリア。
この物語に題名を付けるとしたらどんなタイトルがいいかな。
「忘れないで、私はあなたの世界で一番のお嫁さんよ」
振り返る事はしない。
「ああ、忘れない。俺はみんなと出会えて良かったよ、ありがとう」
最後の言葉を残して勇者ハルカはゲートをくぐっていった。
ゲートをくぐっていった瞬間誰もがその場を立ち去ったので勇者がとんでもない落とし物をした事は知る由もなかった。