第七十四話 はやな誘拐
その日、僕ははやなさんと一緒にショッピングをしていた。僕はアルト用の服に絵本だけを買うつもりだったんだけど、子供服を見ていたらはやなさんが、
「ノエルはかわいいんだから、もっとかわいくしなさい!」
なんて言われて、僕は自分の服を買うことになった。
「うん、かわいいわよノエル。私が男ならきっといちころね!」
男、ね。
僕も元男だけど、かわいい服は嬉しいけど、鏡の中の自分にときめいたりしないなあ……
「ノエル、どうしたの?」
「あ、なんでもないよ」
心配そうに僕の顔を覗き込むはやなさんに笑いかけた。
それから、はやなさんとまあ、買い物をした帰り、
「ねえ、ノエル、何か悩みあるの?」
「へっ?」
いきなりはやなさんにそんなことを聞かれた。
悩んでること?
「別にないけど?」
「ウソ、この前の文化祭からどこか変よ? だから気晴らしにならないかと思って買い物に誘ったっていうのに」
スパッと断言される。まあ、はやなさんにこんな言い訳意味ないのはわかっていたけどさ。
まあ、確かに文化祭から考えていることはあるけどね。でも、
「相談する程のことじゃないよ」
というか、できない。この前話しかけてきた人が何だったのかなんて。
そしたら、はやなさんにガシッと肩を掴まれた。
「あーもう、もどかしい! だったら、そんな迷った顔しない!」
そんな顔してたの?
確かに朱音さんに顔に出やすいって言われてるなあ。
「わかった、次からは気を付けるから」
だけど、僕の答えにはやなさんは、
「あーそう、わかったわよ」
手を離す。
「バカ、もう知らないから」
そう言ってはやなさんが背を向けてしまった。
しまった、せっかく心配してくれたのに、怒らせたなんて。
「ご、ごめんはやなさ」
その時、僕の頭の中にアラートが響いた。
高エネルギー反応? 上?!
僕は空を見て、それがはやなさんの前に降り立った。
大きさは変わらず十メートルより少し小さいくらいで、頭に二本の角がある。目らしきものは見当たらず、その甲殻は丸っこいが、随所に鋭利なパーツがあり、相変わらず生理的な嫌悪感を抱かせる毒々しい甲殻の色。
ただ今までのが半分ほど地面に埋まったままに対し、こいつは全身が出ている。その上、今までのヴェノムにはない、固そうなカブトムシのような甲殻と薄い二対四枚の翅があるからか、余計に巨体の迫力がある。
中型種! なんでここに?!
「えっ?」
はやなさんが突然現れたヴェノムに固まる。
それが『瞳』を開いた。
「蒼穹、戦闘形態!!」
『了解!!』
僕は戦闘服を纏い、蒼穹を持って飛び出した。
ライフルモードで牽制しながら間に割って入る。
「ノエル?!」
「はやなさん下がって!!」
そのまま蒼穹をブレードに切り替えて斬りかかり、ヴェノムが二つある前腕の片方で受けた。
バキッと甲殻を砕いて刃がめり込み、緑色の体液が噴き出す。
たが、刃を引こうとして、横殴りの衝撃。
かろうじて、横から太い棍棒のような腕で殴られたということだけはわかったが、そこまでだ。壁に叩きつけられた。
「大丈夫ノエル?!」
こっちに駆けてくるはやなさんが僕を殴り飛ばした腕に捕まる。
「え? きゃああああああ!!」
そして、はやなさんを捕まえたヴェノムが飛び上がった。
「くそ!」
すぐに立ち上がって、それからレーダーを見る。まだ、そこまで遠くない!
人が集まり始めてるし、街中で飛ぶわけにもいかず、もらってから練習以外では使ったことのないバイクを転送して、ヘルメットを被る。
「頼んだよ」
ぽんっとエンジンを叩いてから走り出した。
レーダーを頼りに追いかけるとともに、相手の情報を検索する。
中型種、強行突撃型。以前のほどではないが、固い甲殻で突撃、正面突破するタイプだ。武装はさっき僕を殴り飛ばした腕と、レーザー。
本来はもう少し早いはずだけど、はやなさんを連れてるからか、あっちがそこまで速度を出せてないのが救いだ。
にしても、あいつどこから来たんだ? それに、なんではやなさんを……いや、それよりもはやなさんを助ける方が先決だ。
アクセルを絞る。とっくに法定速度を超えてるが気にしない。後ろで四台目になるパトカーが引き離されていく。
さらに、飛んでいるヴェノムを見上げる人々が視界の中で何人もいた。後々、面倒なことになりそうだな。
っ! 赤信号! でも、止まるわけには行かない!
地面を全力で蹴る。
砕けるアスファルト。宙に飛ぶバイク。
冷静に空中で姿勢制御して着地する。ぎゃりっとタイヤが地面を噛む瞬間、体勢が崩れかけるものの、なんとか持ち直す。
我ながらすごいことしてるな。と、自分でそれに呆れてしまう。
そのまま、追いかける。少しずつ近づいてる。でも、いったいどこに向かってるんだろう?
そして、やっと肉眼で確認できる距離まで迫った。
よし!
さらに距離を詰めて、バイクを遠隔制御に移行。翼を広げる。ある程度、郊外に出てるから平気だと自分に言い訳する。
そして、タイミングを見計らって、
「はあ!」
蟲に向かって飛ぶ。
「はやなさん!」
聞こえないと思った呼びかけはどうやら、届いたみたいだ。
はやなさんが、目を丸くして口を動かす。声は聞こえないけど、たぶん僕の名前だ。
僕は蒼窮を振りかぶる。
「はあ!」
そのまま、すれ違い様にはやなさんを捕まえていた『手』を両断する。
「きゃわゎゎゎわっ!!」
急旋回し、宙に投げ出されるはやなさんをキャッチ。
そして、そばにあった山に不時着した。
刹:「なんか、一気に加速した感があるな」
鈴:「ま、まね」
刹:「ここから一気にクライマックスまでいくつもりなのか?」
鈴:「あと数度の事件の後、ラストバトルが始める予定」
刹:「そっか、がんばれ。狐火もな」
鈴:「……善処します」
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