第七十二話 朱音の夢
「ふう」
寝る前の日課である髪の手入れを終えてから私はベッドに潜り込む。
今日も今日もで、アルトちゃんかわいかったなあ。とほくそ笑む。私にもあんなかわいい子がいたらと想像するだけで頬が緩みそうになる。
でも少し不安。虐待された人間は子育てによく失敗するって聞いたことあるし……そこまで考えて、ぶんぶん頭を振ってその考えを追い出す。
にしても、いいなあアルトちゃん。ちっちゃくてお人形さんみたいにかわいくて、昔は私もあんな風だったのに……
突然背が伸びて、スタイルもよくなって、昔はみんなに十代って言っても嘘だ。なんて言われちゃったし……ああ、私ももう少し小さかったらなあ……
つらつらそんなことを考えているうちに私は眠りに落ちた。
私が目を開けると、目の前に覚えのある家があった。ああ、姉さんがおかあさんとおとうさんと住んでた家だ。
もう存在しないはずだからすぐに夢だとわかった。明晰夢ってやつね。
「ずいぶん懐かしい場所ね」
ほとんどおぼろげにしか覚えてない家を見る。
なんというか、この家はいい思い出がたくさんあるけど、できるならさっさと去りたい。うん、そうしよう。
私はそう決めて背を向けたら、
「やあ、どこにいくのかね? 汝?」
こ、この声は!?
「お父さん! しかも若本ヴォイスで!?」
目の前に、かろうじてネコなんじゃないかなあ? と推測できるものが立っていた。いや、浮いていた。
体の半分は顔というか顔と体が一体化したオレンジ色で、それに申し訳程度の手足と頭の頂点の耳。まだかわいらしいと言える体型に反し、あ○ごさんの渋い声と死んだ魚の目。つまり……知る人ぞ知る名(迷?)キャラクター、ちよ父!
別に私のお父さんがこの人外というわけじゃないよ。言っておくけど。
「私は君のお父さんではない。娘のアリスがいつもお世話になっております」
「あ、いえこちらこそ」
ちよ父が丁寧に頭を下げるので、つい反射的にこっちもお辞儀してしまう。
「って、え?」
なんでアリス姉さんの名前?
そのことを口にする前になぜかちよ父が腕を振りかぶる。
「早速だけど戦闘訓練を始めようか。武器を構えなさい」
「……はい?」
え? なんで……突然の言葉というか、提案に私はちょっと呆ける。
「さあ行くよー」
ちよ父の細い右腕が一直線に伸びる! かなり早い!
すぐに私は鎌を取り出しその一撃を受けるが、勢いで吹き飛び後ろの家にぶつかる。
家を突き抜けるがなんとか踏みとどまる。
「ふむ、やるね。遠慮なく私にかかってきなさい」
余裕すら感じさせる声音で目の前にちよ父が迫る。
「言いましたね」
右袖から愛用の銃を取り出し、トリガーを引き弾丸内の力を開放。銃口から迸る雷のエネルギーが目の前に迫ったちよ父ごと家を吹っ飛ばす。さらに距離を取るため一気に上空へと飛び上がる。
そこに、土煙の中から飛び出すちよ父、早い!
私はサンダーランスにショートサンダーなどの牽制の術で攻撃するが、それを悉く回避し一瞬で顔がぶつかりそうなほど肉薄される。
嘘!? 全然見えなかった!! 慌てて最大速度で後退するけどまったく距離を離せない。
「哀しい、悲しいなあ。残念だがぁ、私は地球を一秒で、七周飛べるのだよ」
ああ、そんな設定あったわね……でもその速度ありえなくない? 地球の重力圏離脱しちゃうじゃない。
ぺちっと本当に軽そうに、柔らかそうな手で叩かれた瞬間、凄まじい衝撃に襲われる。相当な高さだったのに一瞬で先ほどまで家のあった場所に叩きつけられた。衝撃であたりの物体が吹き飛び、でかいクレーターが生まれる。
幸い夢なので痛みはないが、衝撃中和の術が間に合ってなかったから、これが現実なら完全にフレーム強度の限界値越えてる筈。確実に戦闘不能になっているね……
顔を上げると、近くに余裕で降り立つちよ父。
「これで終わりかな? まだまだだよね?」
むむむ、このまま負けるのもなんか癪だし……
「これならどう!」
一瞬で魔法陣を展開、降りてくるまでの間に溜めた最大出力のサンダーブレイクを撃つ。
だけど、あっさりと、本当にあっさりはじき返され明後日の方向で爆発が起きる。
「私に銃撃は効かなぁいのだよ!」
「無茶苦茶でしょ……」
というより、今の銃撃どころか荷電粒子砲に近い代物なのに……
「では、ここまで頑張った君に敬意を表し、私もちょっと本気を出させてもらうよ?」
一気に接近してくるちよ父。も、もうだめ……
目の前に拳を振りかぶったちよ父が迫り……
そこで目が覚めた。
真夜中の寝室、私は全身に汗をかいたまま息を乱してしまっている。
「……何、今の夢?」
とてつもないおかしな夢で、これは私の深層心理にこんなハチャメチャな願望があるってこと?
とりあえず、私は寝汗を流すために一度シャワーを浴びてからもう一度ベッドに入る。
「……え?」
そこで気づいてしまった。
目の前、いくつかある人形のうちにちよ父の人形が置いてあったことに……確かタンスの中に片づけてたわよね?
私の背筋に冷たい何かが通り過ぎるのであった。
「あれ? 」
朝、僕がリビングに入席の一つに人形が置いてあったのだ。しかもちよ父の。不思議に思いつつ朝ごはんを見ると、パンとベーコンエッグにコーンスープがなぜかちよ父の前にもお皿が置かれている。アルトのいたずら……なわけないよな。まだ起きてないし。
不思議に思いつつ朝ごはんを待っていると、アルトも起きてきた。いつもの日課で髪を梳いてあげた後、アルトは人形を見て首を傾げる。
「あれ? あのお人形さん……」
「ああ、あれね……」
キッチンから出てきた朱音さんが頬を引きつらせながらあの人形を見る。
……なんか朱音さんの眼の下にクマがあるんですが。しかもくっきりはっきりと。なにかあったんか?
「あれはね」
「おねーちゃん、あのお人形ちょーだい!」
アルトは朱音さんが何か言う前にそんなことを頼んだ。
「え、えっと、それは……」
朱音さんが困ったように視線を宙に向ける。その様子は単に自分の気に入ってる人形を人に渡すのを逡巡してるだけのようには見えない。そうもっと何かを不安がっているような……
「ダメなの?」
悲しそうにアルトが朱音さんを見ると朱音さんはうっと唸る。
「せっかく見つけたのに~」
アルトが残念そうにそう漏らすと朱音さんは「え?」っと目を丸くする。
「あれ、アルトちゃんが?」
恐る恐るといった感じで朱音さんが人形を指さす。
「うん。きのうねお姉ちゃんのへやでお人形さん見てたときに見つけたの」
そうアルトが言った途端朱音さんが崩れ落ちる。うわ、どうしたんだ?
僕が心配になって近づくと、
「よ、よかった……ちよ父の呪いじゃなかったんだ……ぐす、ひっく、うわあぁぁぁぁん!!」
なにか呟いたと思ったらいきなり泣き出した。ほんとになにがあったんだ朱音さん?
僕とアルトは首を傾げながら泣き続ける朱音さんを見つめていた。
鈴:「どうも、朱音の夢です」
刹:「カオスすぎる……というかこれ一部クレしん入ってるよな? う○ばらウサギとか」
鈴:「うちの師匠が朱音なら、これくらいはっちゃけてもいいんじゃないかってね」
刹:「そうなのか」
鈴:「俺の中ではお笑いからシリアスどっちも行けるキャラを想定してるんで」
刹:「どっかのスナイパーなおねえちゃんだな」
鈴:「それでは、また次回!」