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エンジェルダスト  作者: 鈴雪
第九章 もう一人の自分
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第六十七話 アリスと朱音

 結局、原因も詳しくはわからず、お昼を食べてから、再びどうすればいいのかを相談して、

「ふと思ったのだけど」

 と上坂さんが口を開いた。

「記憶喪失じゃなくて子供時代に戻っただけなのなら、今まであったことを思い出させられれば、もしかして元に戻れるんじゃないのかしら?」

 ……なるほど。


 と言うわけで、アリスちゃんと朱音さんの部屋に来る。えっと、鍵鍵っと。

 がちゃっとドアを開くと、そこにファンシーな世界が広がってた。

 ピンクを基調にした壁紙に、ところ狭しと人形が並べられている部屋。それが朱音さんの部屋だった。

 朱音さんって以外とこういうのが趣味なんだよなあ。最初に入った時はびっくりしたよ。もっとこう、シックな感じを想像してたし。

「わあー!」

 部屋に入ったアリスちゃんが目を丸くして周りを見る。

「かわいー!」

 そして、ベッドにもたれかかっていた大きなうさぎのクッションを抱きしめる。

「わーい!」

 とアルトもそれに加わる。

 さて……とりあえず連れてきたけど、どうする?

 よく考えると朱音さんの思い出の品なんて知らないしなあ……

 と、悩んでいたらアグニがベッドに置いてあった子連れのウサギ人形を取る。

「アリス、この人形の名前は?」

 いきなりなに聞いてるんだ?

「のえるちゃん!」

 とアリスちゃんが答える。えっ? 僕?

「のえるちゃんはこどものあるとちゃんを一生懸命育ててる立派なお母さんなの!」

 と、アリスちゃんが説明してくれる。

 ちょっと自分が褒められたみたいで嬉しいなあ。

「朱音は人形に知り合いの名前を付ける傾向がある。つまり、ここは朱音の出会いが詰まった部屋とも言える」

 と、アグニが人形を置きながら補足してくれる。

 そうだったんだ……

「この人形は?」

 と次に背中に白い羽がついた猫の人形を指す。

「がぶちゃん! がぶちゃんは黒猫のそーくんと恋人だけど、一度引き離されちゃうの」

 と羽まで黒い猫と一緒にアリスちゃんは抱き上げる。

「だけど、また出会ってからは二人はずっと一緒にいるんだ!」

 と嬉しそうに二匹を見せるアリスちゃん。

 そして、次々にアリスちゃんに人形について尋ねるアグニ。

 ああなっても誰と出会ったか朱音さんは覚えてる。ちょっといいなと僕は思えて、部屋を見回す。

 所狭しに置かれた人形の数々。これら全部に名前があるとしたら、朱音さんは今までの出会いをどれだけ大切にしているのかがわかる。

「じゃあ、これは?」

 とあちこち解れたり、補修した後がある年期の入った犬の人形を見せるアグニ。

「せっちゃん!」

 と飛びきり嬉しそうにアリスちゃんは答えた。

「せっちゃんは鈍感で意地悪でね」

 散々な言われようだな。

「でもね、すごく優しくて、かっこいいの! アリスを助けてくれて、子供の頃の約束も守ってくれて……」

 そこまで言って、アリスちゃんは止まった。どうしたんだ?

「約束守ってくれた?」

 そう呟いて部屋を見回す。その目はどこか遠くを見つめていた。

「あたし、あたしは……」

 そこでアリスちゃんは一つの写真楯を見つめた。

 真っ白なウェディングドレスを着て、とびっきり幸せそうに笑う朱音さん。そして、そんな朱音さんをお姫様だっこする銀の髪と青い瞳の少年。

 それを見てそっとアリスちゃん、もしかしたら、朱音さんは微笑む。

「そうだった。そうだったよね朱音ちゃん」

 朱音ちゃん? 何言ってるの?

「アリス姉さん、もう、いいの?」

 朱音さんの口調! でも姉さん?

「うん、ありがとう。あたしのためにわざと戻らなかったんでしょ? でも、あたしはあの写真見れただけで十分だから」

 と、嬉しそうに笑ってから、自嘲気味に笑う。

「事故でたまたまってだけだけどね。どうせならって」

 一人でなにを言ってるんだろ?

 僕には全然わからない。でも、邪魔しちゃいけないと言うことだけは理解できた。

「でも、ありがとう。うれしかったよ。せっちゃんによろしくね……」

 朱音さんが胸元に手を置く。ぽたっと一筋の涙が零れる。

「おやすみ姉さん」

 そういってから朱音さんが顔を上げる。

「みんなごめん。迷惑かけちゃったね」

 と、いつもの朱音さんがそこにいた。


 元に戻った朱音さんはアグニと上坂さんに迷惑をかけたと謝ると、すぐに今日の分の洗濯などやるべきことをこなした。ただ、その行動はなにかを振り払いたいようにも見えた。

 そして、その夜。僕はアルトを寝かしつけてからリビングに向かった。

 そこで朱音さんは誰もいない席に、ワインを注いだグラスを置いて、一人晩酌をしていた。

「朱音さん、それは?」

 朱音さんの背中に向かって尋ねる。

「姉さんの分」

 僕に振り向かず朱音さんは答える。

 姉さん、ね。

 僕らは単に幼児退行とかなにかをしていたのかと思っていた。だけど、本当は違うんじゃないのか?

 もっと違う意味じゃ……

「私が勝手に自分を区別するためにそう呼んでるだけだけど」

 朱音さんはグラスを口に付ける。

 区別するため?

「隔離性同一障害って知ってる? わかりやすく言うなら多重人格だけど」

 ?

「それなら知ってます。自分と違う人格を生み出すっていう」

 と、そこまで言って、気づいた。

 朱音さんとアリス。全然違う性格。そして、一人でまるで二人いるかのような会話。パズルのピースがカチッとはまり込んだ。

 つまり、朱音さんは……


「そ、正確には違うけど、私は多重人格者。アリス姉さんが創り出したもう一人の『アリス』なの」


 こともなげに朱音さんは言った。

「アリス姉さんは子供の頃に酷い虐待を受けてね、そして、現実逃避のために私は姉さんに『作られた』」

 確かに聞いたことがある。虐待を受けた子供が防衛のために別の自分を作って、身を守ろうとするって。

 でも、そんなのって……

「ただ、私が生まれてすぐにある事件があって『私たち』は施設に預けられたの。その頃には主人格のアリス姉さんは思い出に閉じこもって表に出なくなってね」

 あっさり言うけど朱音さんの話は重かった。

 別の人格を作る。それはいったい、どれだけ辛い目にあったのだろう? そう考えると、胸が痛んだ。

「それから私は私として生きてきたの。だから、私は自分というのがすごく大事。あいつも、『朱音もアリスもどっちも大切だ!』って言ってくれたっけ」

 朱音さんは苦笑気味に笑う。

 それって、朱音さんがたまに話してくれる旦那さんのことかな?

「だから、押しつけかもしれないけど、私は『自分』っていうものを大切にしてもらいたいの」

 そして、じっと僕を見つめる朱音さん。

「ノエル、あなたは消えてもいいって思ってるかもしれないけど、周りにそれを認めない人がいるってことを、どんなになっても覚えててね」

 それだけと言って朱音さんは再びワインを飲む。

 自分、か……

 その朱音さんの言葉は、それからの僕の中にもずっと残ることとなった。

鈴:「朱音、大変だったんだな……」

刹:「正直、話された時は耳を疑ったよ。元気に過ごしてるとばかり思ってたからさ」

鈴:「お前も大変だったんだな……」

刹:「ああ、銃を突きつけられての再会だったからなあ」

鈴:「そうか……ってすごい物騒な出会いだな、おい!!」

刹:「それでは、この辺で」

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