第五十二話 アルトとお買い物
陣内町駅前はそこそこ発達している。東口から左手には商店街があり、賑わいがあり、反対の西口は出てすぐに全国的に有名なデパートがあり、そのすぐ横には映画館がある。
今日、僕はアルトの服を買いにその西口にあるデパートに来ていた。
「いいお洋服があればいいね」
「うん、楽しみ!」
嬉しそうにアルトが笑ってくれて僕も笑みを深くする。
せっかく給料が入ったんだからなにか親らしいことやろうと思っての行動。
目当ての店は、前に朱音さんに連れられて服を買った店。店についていくつかの服を見る。うーん、どれがアルトに似合うかな?
純白のワンピース、赤のノースリーブのブラウス、他多数。どれも似合いそうで悩む。むしろこの子に似合わない服なんて少ないんじゃないか? なんて考えてしまう。
ためしに試着させてみる。数は絞れたけどまだ数があるし、もう少し絞っておくべきかな?
「アルトはどれがいい?」
僕が聞くとアルトは少し悩んでから、
「これ」
白に色んな花の絵がプリントされているノースリーブのワンピースを示す。
「これがいいの?」
「うん! これがいい!」
アルトが笑顔で頷く。
よし、僕はそれをカゴに入れる。んっ、そうだなそれと……これいいかな?
僕は一緒に薄い水色のカーディガンやブラウスなどいくつかも一緒に買うことにして、レジで精算。
「はい、アルト」
「ママ、ありがとー!」
買った服を入れた袋を渡すと満面の笑顔でアルトが抱きついてくる。
それが嬉しくてアルトの頭を撫でる。はあ、アルトって本当に撫で心地がいいなあ。
「じゃあ、お昼食べてから帰ろっか」
「うん!」
そして、僕たちはデパートの外に出て商店街のファミレスに向かう。
でも、夏休みが始まったばかりだからか、それとも日曜日だからか、今日はかなり混雑していた。人の波とは、まさにこのことだね。
「アルト、はぐれないように手を繋ごう……ね?」
僕はアルトに手を伸ばして、だけどそこにアルトはいなかった。
「アルト?」
さっきまでアルトはここにいたのに、ま、まさか迷子にっちゃった? そんな!? こんなに人がいる中で?
「アルト? アルトー!!」
僕が声を張り上げるがアルトから返事は返ってこない。
周りはいきなり騒ぎ出した僕を一瞬見るが、立ち止まってなにがあったかは聞いてくれはしなかった。
どうしょう? どうしよう?!
『マスター、落ち着いてください』
混乱する僕に蒼窮の叱責が浴びせられる。
「で、でも……だ、誰か危ない人に連れてかれてたら!」
誘拐とか、人質とか、とにかく危ない目にあってたら……
『だから落ち着いてください。各種センサーを利用すればこの中からでもあの子は見つけられます』
蒼窮に言われてやっと気づいた。そうだよこの体は普通じゃないんだった。最近は馴れてきたのか実感が薄くなってるけど。
すぐに内蔵されたセンサー類に命令を出す。
聴覚センサーは有象無象の音の中からアルトの声だけを拾えるように、視覚もアルトの姿を掬い上げられるように、全てのセンサーにアルトを掴まえられるよう命令する。
そして、
『ママ、見つからないの……』
すぐに聴覚センサーがアルトの声を拾い上げた。やった!
センサーの情報で場所がわかるとすぐに足が動く。人ごみを避けながらその方向に向かうと、アルトは商店街入ってすぐのファミレス前で、僕と同じくらいの男の子に手を引かれていた。
「アルトーー!!」
僕の声にアルトが振り返った。
目尻に涙を溜めて、今にも泣き出しそうな表情をしてたけど、一瞬でぱあっと明るくなった。
「ママ!」
すぐに男の子から手を離してアルトがこっちに走って僕の足に抱きついた。僕はアルトの頭を撫でてからしゃがむ。
ちゃんと言っておかないとな。
「もう、どこ行っちゃってたんだよ! 心配したんだよ!」
アルトの頬を押さえて、真っ直ぐ目を合わせて僕は怒る。
「ごめんなさい……」
しゅんとアルトがうなだれる。僕はそんなアルトを抱き寄せての頭をポンポン撫でる。
「うん、なにもなくて良かった」
ギュッとアルトを抱きしめる。と、少し影が差す。
あ、さっきまでアルトと一緒にいた相手を思い出した。お礼ちゃんと言わないと。
「その子のお母さんですか?」
顔を上げようとしたらちょうど声をかけられる。
なんか聞き覚えのある声……
「はい、ご迷惑おかけしたみたいでありがとうございま……す」
顔を上げてお礼を言おうとして相手の顔を見た。
そして、相手の顔を見た瞬間に聞き覚えあるはずだと納得した。
「前田、くん?」
アルトと一緒にいたのは、先日久しぶりにあった友達、前田君だった。
「あれ? 君は香苗さんと一緒にいた」
前田くんがなにか言う前に僕は口を開いた。
「ノエル、ノエル・テスタロッサです。またお会いしましたね」
自分に言い聞かせるように僕は再び名乗った。
「で、テスタロッサさんはアルトちゃんの服を買いに来たら、はぐれちゃったんですか」
「はい、そうなんです」
またはぐれないようにしっかりアルトの手を握りながら、前田君に説明する。
それから、前田君はしゃがみ込んでアルトと目線を合わす。
「良かったねお母さん見つかって」
「うん、お兄ちゃんありがとうございます」
ぺこっとアルトがお辞儀すると前田君が目尻を下げた。
「それじゃあ、俺はこれで」
そう言って立ち上がって背を向ける前田君。その背に、
「あ、あの」
声をかける。前田君は振り向いた。
「お礼と言うのもあれですが、お昼一緒に食べませんか?」
そして、ファミレスで僕はドリア、アルトはお子様ランチ、前田君はナポリタンを食べる。
「おいしいねママ」
「そうだね。でもアルト、ちゃんと口拭いて」
お子様ランチに着いてるスパゲティのソースだらけになったアルトの口を拭いて上げる。
「テスタロッサさん?」
半分くらいまで食べ終えてから前田君が声をかけてくる。
「なんですか?」
躊躇いがちに前田君はちらりとアルトを見てから口を開く。
「あの、一体いくつなんですか?」
前田くんの問いかけに、やっぱり気になってたかと苦笑した。
「香苗さんの二つ下、同い年ですよ」
えっと、前田くんが呟く。まあ、見た目はもう少し上に見えるしなあ。だけど、
「女の子に歳を聞くのはマナー違反なんじゃないかな」
つい僕はそう言って小さく笑う。
……何言ってるんだろう僕。ふと冷静になって恥ずかしくなる。気恥ずかしさをごまかすようにコーヒーを一口。苦味に顔を顰めた。匂いは好きだけどやっぱりブラックはまだ苦手だ。
「すいません」
前田君は頭を下げるけどいいよいいよと言いながらコーヒーにミルクと砂糖を三つずつ入れる。
「じゃあ、アルトちゃんのお母さんて言うのは」
「アルトは私の姉の子なんです。事故で死んだから僕が代わりをしてるんですよ」
さらっと、嘘の経歴を語る。それで僕の答えに神妙な顔で前田君は再び頭を下げる。
「すいません」
「いいよ気にしなくて」
僕はそう答えてからコーヒーを一口。うん、こんな感じ。僕は思わず頬を緩める。と、前田君がじっと僕の顔を見ていた。
「なに?」
「あ、いえ。ちょっと見惚れてました」
うわ、恥ずかしいことさらって言ってくれちゃったよ。恥ずかしくてちょっと頬が赤くなっていると思う。見れば前田君も真っ赤になっている。
そういえば彼女無しだしけっこう初心なところがあるかな? じっと前田君の顔を見つめ返す。
……かっこいいよなあ。
ふとそんな思考が流れてからぞくっと背筋に悪寒が走った。
一体、僕は今何を考えた? その思考に入った瞬間、思わず席に頭をこすり付ける。
「ど、どうしたんですか?」
「どうしたのママ?」
突然の僕の奇行に前田君とアルトが問いかけるが、そっちには顔を向けない。いくらなんでも今の思考はありえない。
「いや、自分の思考に絶望してるんだ」
僕の返答に前田君とアルトは不思議そうに首を傾げたのだった。
そして、お昼ご飯を食べ終えると、前田君と別れてアルトと一緒に家路に着く。
「おにいちゃん、またね」
「ああ、じゃあね」
そう言って僕らは別れる。
家に向かう道、その間にふと考えたのは前田君のこと。昔のような付き合いはもうないだろう。だけど、また友達になれたらなと思うと自然と笑みが浮かんだ。うん、友達。
そう、かなねえと同じようにゆっくり新しい関係を作っていけばいい、そう思えたから。
鈴:「どうもお久しぶりです鈴雪です」
刹:「刹那です」
鈴:「夏休み編初日の回です」
刹:「買い物かあ、俺はあまり服は気にしないからなあ」
鈴:「一番高い服って言われればお前の場合、式服だもんな」
刹:「あれ、ん百万するんだ。当然だろ?」
鈴:「まあ、それは置いといて次は狐火を更新できたらなあと思っています」
刹:「おう、早く俺の活躍を書いてくれ」
鈴:「うむ、それでは」
刹:「また次回に」