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エンジェルダスト  作者: 鈴雪
第六章 ヴェノム
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第五十話 別れの夢

 僕はまた夢を見る。遥か遠き別れの記憶の夢を。


 彼女はその手に長大な剣を携え、白い翼を広げ蒼穹を駆ける。その視線の先にあるはこの星を我が物顔で闊歩する蟲のような姿の化け物。

 目標を定める。体を前方に投げ出すような姿勢となり、それと同時に背の翼を広げる。

 そして、剣を右に構え、羽ばたいた。

 一気に後方に視界が流れるほどの加速、その加速を生かし、剣を振る。空気抵抗すら切り裂き、振り抜かれた刃が彼女の目の前の蟲の頭を破砕する。

「十五……」

 彼女はすぐに刃を引き抜き、その紫の返り血を浴びながらも蟲の屍骸を蹴って次の目標に向かう。

 そばにいた次の獲物の背に刃を突き立てる。だがそこで終わらず、潜り込ませた刃の先を展開、砲撃形態に武器を変更。

「十六!」

 叫びとともにトリガーを引いた。

 放たれた弾丸はその凶悪な運動エネルギーを持って哀れな敵対者の体内を蹂躙し、その腹部から突き抜ける。

 ノルマを満たした彼女はそこで一度周りを見る。他の仲間たちも次々と敵を屠る様が広がっている。こちらにはまだ損害がないようで、ほっと一息をつく。

(ここは大丈夫かな?)

 人類の生活圏に『蟲』が接近していると突然のスクランブルで飛び出したが、どうやら中型種ばかり。厄介な大型も小型もいない。まだ数匹残っているが、この数ならすぐに殲滅できるだろう。

 威力偵察かなにかのための群れだったのかもしれないと彼女は思考し、

『--さん、大変です!』

 自分の名前を呼ばれていることを遅れて気づく。

「ん、ごめん。なにかな?」

 オペレーターの切羽詰った様子に新たな敵が接近しているのかと考え、

『ソフィ博士が、お母様が倒られました』

 告げられた報告に彼女の思考は真っ白に染まった。


 基地に戻り、気象コントロールシステムが降らす雪の中、彼女は母、ソフィが搬送された病院に向かう。息を切らせて病室に入ると、そこには医者と妹がベッドに横たわる母さんを見ていた。

「おねーちゃん……」

 妹は涙や鼻水を流してぐしょぐしょにした顔を上げる。

 ぽんと一度妹の頭を撫でてあげてから彼女は母さんの枕元に近づく。

「母さん、具合はどう?」

 ゆっくり母さんは枕元に立つ娘に顔を向けると、そっと微笑む。その顔は家を出た時に比べ少し頬が痩せこけ、隈も浮かんでいる。

「ええ、大丈夫。ごめんなさいね、あなたも忙しいのに」

 いいのと彼女は笑いかける。

「あの、少々よろしいでしょうか?」

 医者に声をかけられた彼女は妹に一言言ってから病室を出た。


「……もう一度お願いします」

 彼女は縋る様な思いで今のが聞き間違いであることを願う。

「残念ですが、手遅れです」

 再び医者は、はっきりと丁寧に事実を告げた。

 彼女は自身の聴覚センサーが誤作動を起こしたと思った。思いたかった。だが、自己診断システムは正常、オールグリーンを示している。

 診断プログラムと聴覚センサー両方が誤作動を起こしてるんじゃないか? そう考えたが、冷静な自分が現実を見ろと叫び、受け入れるしかなかった。

「もっと早く発見していたなら侵攻を抑えられたのですが、ここまで症状が進んでいる以上、もう手の施しようがありません」

 母さんの病気、それは数年前に蟲の毒の影響で生まれた変種のウイルスによるものだった。

 発生当初は猛威を奮ったこの病も現在では侵攻を抑制する薬もあり、死亡率は低い。だが、母さんの病気はすでに末期であり、その薬もなんの意味もないものだった。

 ふらりと彼女はよろけ、壁に背を預ける。母が死ぬ。その事実は彼女の肩に重く圧し掛かった。


「そういえば、父さんは雪が好きだったよね」

 彼女は努めて平静を装いながら母と話していた。妹は疲れたのか母さんのお腹の上に頭を乗せて眠っている。

 母さんはもって数日かそこらだと医者に宣告されたが、言うかどうか悩んでいた。

 雪を見ながら思い出すのは、妹に物心付く前に亡くなった父親のことだった。雪が好きで、いつか本当の雪を見たいと嘯いていたことを彼女は思い出す。

「そうだったわね。それに、雪が降る中で安らかに逝ったわね」

 母さんの言葉にずきっと彼女の心が痛んだ。彼女の上官でもあった養父は作戦中に怪我を負い、そして、蟲の毒に感染してしまった彼は、母さんと彼女が見守る中、雪の降る日に眠るように息を引き取った。

「ねえ--、あなたに頼みがあるの」

 名前を呼ばれて彼女は母に向き直る。

 娘と向き合った彼女はいつもと変わらない、柔らかで優しい笑顔を浮かべる。

「この子の未来を、あなたが守ってあげて」

 その言葉に彼女は母が自分の死期を悟っていることを理解した。

 うん、そう小さく頷いて、ぽろっと涙がこぼれた。そして、それは次第に後から後から溢れてくる。

 そんな彼女の頭を母さんは優しく撫でていた。


 翌日、母さんは退院し家に帰ってきた。最後は家族だけで過ごしたいと彼女が願ったからだ。

「今日はみんなで一緒に寝ましょう」

 母の提案に妹は嬉しそうに頷き、彼女も頷く。この時には、母の死を自分でも不思議なほどに静かに受け入れていた。

 三人で一つのベッドに横になって寝る。

「おとーさんってどんな人だったの?」

「んー、優しくてね、それでいて強い人だったわ」

「うん、私に家族って言うものを教えてくれた人だったよ」

 暗闇の中ぽつぽつと他愛のない話をする。

 いつも通りで夜をすごして、彼女が目を覚ましたのは朝方だった。

「おはよう二人とも」

「おはよう母さん、---」

「おかーさん、おねーちゃんおはよー」

 順番に起きて順番に挨拶を返す。見れば今日も曙光の空に雪が降っている。

 三人は布団から出ずにいた。そして、唐突に母さんが口を開いた。 

「リ----あなたは私の自慢の娘、私の誇りよ」

「うん、ありがとう母さん」

 母さんの言葉に彼女は嬉しそうに寂しそうに笑う。

「---、お姉ちゃんと仲良くね? 幸せになってね」

「……うん」

 頷いてから妹が泣き出す。その妹を母さんは抱きしめる。

「泣かないで、泣かないでね?」

「やだよ、おかーさんがいなくなるなんてやだよ……」

 そっと、彼女も妹の頭を撫でる。

 そして、妹が泣き止むと、母さんは心地よさそうに息をつく。

「なんか、また眠くなってきちゃった」

 母さんの言葉に彼女が微笑む。

「なら、もう一度眠っていいよ。母さん頑張りっぱなしだったでしょ? もう休んでいいよ」

 穏やかな気持ちで彼女は母さんを見つめる。

「うん、そうするね」

 母さんは大きく息を吐いてから目を閉じる。

「おやすみなさい。私は、二人みたいな娘がいて幸せだったよ」

 それは、別れの言葉。そして、母さんからのありがとうの言葉だった。


 私は涙を流しながら起きる。そして、後から後から零れ落ちる涙を拭う。やっと涙が止まってから、私は、僕は上を向く。

「ごめんね母さん」

 ただ、僕は謝ることしかできなかった。星になった『彼女』の母に。

鈴:「今回は難しかった……」

刹:「まあぼちぼちじゃないか?」

鈴:「圭一というかノエルと『彼女』の境界が狭まってるように見せられていたら上々」

刹:「ああ、そうなのか」

鈴:「まあ、少しずつこういうのはできたら嬉しい」

刹:「うん、まあがんばれ」

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