第四十七話 疾走
「圭一、新しい装備ができたぞ」
週末、毎度の如く神無にやってきた僕らはすぐにアグニに呼び出された。
そして、アルトを預けてから、研究室に入ってきた僕と朱音さんに開口一番に告げるアグニ。
「い、いきなりだね」
朱音さんもアグニの言葉に苦笑いで言うが、アグニは気にせず奥にあるシャッター横の赤いスイッチを押す。
ゆっくり開いたシャッターの先にあるもの。それは、バイクだった。そうバイク。
「これは?」
「君用のバイクだ」
事も無げに言い切ったアグニをじっと見る。それからバイクに。
見た目は中型の確かモトクロスだったかな? まあ、そういう競技に使うようなバイクであり、鮮やかな蒼と白のカウルに銀色のフレーム、シンプルな外観ながら所々がSFに出てきそうなメカニカルな外見。
まあ、僕自身SFの存在のようなものだけど。
ぽんぽんとアグニがバイクを叩く。
「VWS−06『ロードバディ』最高時速三百キロメートル、迅速に現場に向かうためや君の補助をするように作ってある」
とアグニが説明するが、バイクか……
「なんでバイク? いざとなれば飛んでいけばいいじゃん」
と、僕が聞くけど、
「君は街中を飛ぶつもりか?」
「人前で飛ぶつもり?」
二人同時に呆れたように聞き返された。
ま、まあそうだよなあ。なに言ってるんだろ僕?
「でも街中飛ぶようなことあるのかな?」
僕は訓練受けたりしてるけど別に戦闘員じゃない。あくまで万が一の保険。それに、神無という組織には自衛隊からの出向部隊以外にも特務課というそれようの部署があるらしいしね。
「まあ、機会は少ないだろうな」
バイクのハンドルあたりの具合を確認しながらアグニがあっさり認めた。
それからエンジンの当たりを見る。
「だからといって用意しないよりはいいだろ?」
備えあれば憂いなしって訳ね。まあ、そういう好意は嬉しい。
「備えあれば嬉しいなってやつだ」
……つっこむべきかなあ?
「じゃあ、一度走ってみるか?」
と唐突にアグニが提案してきたのは僕が乗り心地を確認していた時だった。
へっ?走る?
「この子、免許持ってないけど?」
朱音さんの言うとおり、僕はバイクの免許をもっていない。だってまだ十五だ。それに、あまり興味もなかったし。
「俺が持ってるからな。免許自体はそのうち教習所通わせて取ればいいだろ」
そう言ってアグニがヘルメットをこっちに放ってきた。で、自分もヘルメットを付ける。
ああ、アグニがバイク運転するのか。だけど……
「大丈夫なの?」
一応確認。いっつも研究室に引きこもっていると思ってたし。
「休日の山登りはいつもバイクだ」
と、アグニは返してきた。まあ、信用するか。
で、ただいま例のバイクで走ってるのですが--
「甘かった……」
僕は涙を流しながら必死にアグニの背中にしがみつく。そして耳には、
『そこの二人乗り! 止まりなさいぃぃぃぃぃ!』
段々ドップラー効果で音が小さくなるパトカーの警告。そう、こいつ調子にのって法定速度無視してかっ飛ばしているのだ。
そう、している、つまりまだ加速している。
「アアアアグニ! と、止まれって!」
「ああ、大丈夫だよ! しっかり捕まれ!」
すると、アグニはさらにアクセルを回してパトカーを引き離そうとする。
「あほぉぉぉぉぉ!」
僕の切実な叫び声もドップラーしながら後方に流れていくのだった。 轟々と流れる風が頬を打つのが痛い。必死になって運転するアグニにしがみつく。
これは、パトカーも追いつけない。そう思ったが、
『甘い! 甘いわ!』
パトカーまで加速しだす。ちょっとおおお! あんたもルール守ろうぜ!?
体に内臓されてるスピードメーターはすでに二百オーバー、これだけの速度が出るとかなり怖くなってくる。
「圭一、次に体を左に倒せ!」
アグニの指示に従い体を右に倒すと、アグニはスピードを維持した状態で路地に飛び込む。これは、撒けたか? 淡い期待が僕の中に生まれる。が、
『甘いといったあ!!』
その叫びとともに僕らを追いかけるパトカーは……ドリフトしてきた。うおい警察!!
「はっはっは、楽しいなあ圭一!」
「僕は楽しくなーい!!」
そして、長きデッドスピード対決を征し、辿りついたのは神無から少し離れた埠頭。そこにバイクを止め、アグニはヘルメットを外し、シートから降りる。
「ふう」
と一息ついた瞬間、僕はその背中に蹴りを入れた。
「な、なにをする?」
蹴られた箇所を撫でながらアグニが振り向く。
「警察に捕まったらどうする気だった?」
質問に質問で返す。免許取る前に前科持ちになるつもりはないぞ僕は。
するとちっちっとアグニが指を振る。
「甘いな。捕まらなければいいのさ。あと、背中の感触はうれしかったぞ」
どこの犯罪者の理屈だそれは。あと、後半の発言にもう一発ゲンコを入れる。
しばらく痛みにもだえていたアグニだったが、しばらくしてすたすたと僕に背を向けて海に向かって歩き出ししゃがみ込んだ。なんだろう、その背が煤けて見える。
頭の角度からおそらく水面を見ているのだろうか。
そして、ぽつりと一言。
「オレ、もうおじさんなのか?」
―-いきなりなに言ってるのこの人?
「アルトにおじさんって言われだしてから他の託児所の子供たちにもおじさんって言われるようになってしまったよ。あはは……」
そういやこいつ子供に人気なんだっけ。でも、その姿はとても『おじさん』ぽいよ。
心の中でぽそっと呟く。
「なんか言ったかね?」
「いいえ」
そ知らぬ顔で首をふる。
そうかとアグニは呟いて再び押しては引く水面に目を向ける。
黄昏たその姿はさらにおじさんくさい。
「ふふふ、これでもまだ若いんだがね? まだ二十代だよ?」
あんた、本当におじさん呼ばわりされるの嫌なのか? そのセリフものすごく『おじさん』ぽいよ。
「なにか言ったかね?」
「なんも」
こいつ心読んでるんじゃないだろうな? あと、まさか愚痴るために僕を連れ出したのか?
アグニがそばに落ちていた小石を水面に向かって投げる。ぽちゃんと水面に波紋が広がる。
「確かに妻や子供はいるのだが」
「いるんだ!?」
思わず大声で問い返してしまった。
こ、こいつの奥さんになれる人って菩薩さまみたいな心の人? それとも旦那と同じマッドサイエンティスト? ぶるっと震える。
まさか二人掛りで僕を改造しようとかしないよね? たとえばドリルとか、自爆装置とか、マーボーとか、研ぎ澄まされた爪とか、ビームとか、ジェットとか。
い、嫌だあ……
嫌な想像で背筋がびっしょりと濡れる。
「何でそこだけ露骨に反応するのかね? まあ、みんな驚くけど。まあ俺も結婚なんてできるとは思ってなかったのだがね。ああ、あれはオレが二十歳の頃だったか--」
しかも惚気だしたよこの人。僕はそれから一時間アグニの惚気に適当に相槌打ちながら遠い地平線を見つめるのであった。
へ? アグニの奥さんはどうなのか? 聞いてたけど覚えてない。半分上の空だったからなあ。
鈴:「皆様お久しぶりです。作者の鈴雪です」
刹:「刹那です」
鈴:「ずいぶん時間をかけてしまいましたが、やっと投稿することができました」
刹:「正月の外伝『天使の火』以来だなあ」
鈴:「定期的に更新しようと思ってたんですが、思いのほか手間取ってしまいました。見捨てずに読んでいただければうれしいです」
刹:「さて、それでは、また次回」
遅くなってすいませんでした。この話を読んでいただけることを願っています。