第四十一話 謝罪
戦闘が終了して六時間後、発掘現場は慌ただしかった。
ヴェノムの緑の体液に汚された地面、なぎ倒されたクレーン車、数多くの機器が散乱する中心で頭部を砕かれたヴェノムが新たなクレーン車に固定され大型トラックの後部に収容される。
ダラリと力なく垂れ下がった足が死を連想させる。
それを少し離れた場所から眺める人物がいた。眼深いコートを羽織った人物で口元しか見えない。その人物は少しの間ヴェノムを眺め、ふんと鼻を鳴らして去って行った。
気が付くと周りに真っ暗な世界が広がっていた。
身体の感覚もなく、現実味もない。夢かなと思ったけど、それにしたって意識がはっきりしすぎていると思う。感覚だけで、ないはずの首を捻る。ここはどこだろう?
そして。少しして目の前に誰かがいるのに気づいた。
その人は……歳の頃はたぶん十代後半くらいだろうか。長く鮮やかな金色の髪と長い耳を持つ女性で、その目は閉じられている。僕の基準ではトップクラスの美少女だ。って、あれ?
よく見ればそれは今の僕だった。自分で自分を美少女だって褒めちゃったよ。でも、なんで目の前に?
理由を考えていたら『僕』がゆっくり開く。だけど、鏡映しのようにそっくりな『僕』は僕の青い目と違って、アルトと同じ綺麗な紅だった。違う?
それを疑問に抱いてからすぐに気づいた。
もしかして、目の前にいる人は、この身体の元の持ち主なんじゃ? まさか、勝手に身体を使っている僕に化けて出たんじゃないのか? その考えが思いついた瞬間ないはずの背筋が寒くなった。
なんとか弁解しようと思ったけど言葉がでない。そして、僕が慌てふためいていたら、 彼女の表情はは悲しげなような……す、すいません! やっぱり自分の身体を勝手に使われるのは嫌ですよね!?
僕は謝ろうとして、
「ごめんなさい」
謝られました。え?
僕は突然の謝罪の言葉にますますわからなくなった。だって……謝るのは勝手に人の身体使ってる僕の方なんじゃないのか?
「なんで謝るんですか? 謝るのは僕の方でしょ?」
気づくと声が出ていた。見れば、いつの間にかいつもの身体がそこにあった。しかし、僕が声を出したのに彼女は僕の疑問に答えない。
「ごめんなさい。あなたを巻き込んでしまった」
また謝ってきた。巻き込んだ? ヴェノムとの戦いか?
「いやだから、お礼とか言うのはむしろ僕の方だし、巻き込んだってどういうことですか?」
「ごめんなさい」
答えではなくまた謝ってきた。ちょっとムッとなる。こっちの質問に答えてよ。
よし、なら少し冗談を行ってみよう。
口元に両拳を顔の前に持ってきてぐっと腰を落とす。
「好きです。付き合ってください!!」
「ごめんなさい」
うん。まあ、OKはないと思ったけど、ちょっと残念だわ。
そして、
「ごめんなさい。私は――――――――」
最後になにか言った気がするけど、それがなんなのか僕には聞こえなかった。
今度こそ僕が目を覚ますと見慣れた天井がそこにあった。
……メンテナンスベッド? なんでこんなところに?
確か僕はヴェノムの発掘現場にいたはずなのに…………そうだ、ヴェノム! 僕は起き上がろうとして、体に走る痛みに顔をしかめた。
「無理しないほうがいいよ。左腕は動力伝達系がやられてたし、右腕も神経ケーブルと関節が逝ってたんだから。まあ、もうメンテは終わってるし、右腕も自己修復を終えてるけどね」
朱音さん……壁にもたれかかっていた朱音さんが教えてくれる。左腕に覚えはあるけど……右腕はなんで? ガードした時かな?
「朱音さん……ヴェノムは?」
「死んだよ」
そっか、死んだんだ……すごいな篠原隊長や朱音さん。僕が気絶してる間に倒すなんて。
「どうやってですか? 僕途中で気絶したからどうなったのか気になって」
朱音さんが目を丸くする。
「……本当にわからないの?」
? どういうことだろ? 僕が気絶してる間に何かあったのかな?
しばらく朱音さんは考え込み、
「ノエル、一つ聞いていい?」
「なんですか?」
そして、朱音さんは……
「君の中身は草薙圭一? それとも他の誰か?」
えっ?
朱音さんの質問の意図がわからなかった。僕が、他の誰か?
だが、僕が聞き返す前に朱音さんは首を振った。
「ごめんね。変なことを聞いて。今はゆっくり休んでて」
そう言って部屋から出て行った。僕はそれを見送りベッドに横たわる。
僕が誰だ……か。なんとなく夢の中の『彼女』を思い出しながら僕は再び眠りに付いた。
私は通路を歩きながら考える。
圭一を回収した時に蒼穹に聞いたのだけど、戦闘中に圭一の思考を読み取ってら、戦闘中何度も圭一の思考が妙になっていたらしい。蒼穹はそれに懐かしいものを感じると言っていた。
さらに圭一が最後に使った技『断空・煌き』は先代が使っていた技の一つだとも蒼穹が証言した。
つまり、あくまで推測だが、あの子の中にいるかもしれないのだ。『先代』の人格が。
それがなにを意味するのかまだ私にはわからない。アグニもまたどうなるかはわからないといった。まさに神のみぞ知るということだけだった。まあ、全知全能の神がいないのはよく知ってるけどね。私は自嘲気味な笑いを零す。
さて、アグニと少し話さないとね……
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