第三十話 いってきます。
朝、目が覚めるとアルトはまだ寝ていたから、僕は起こさないようにパジャマをつかんでいたアルトの指をそっと外してから静かに布団から抜け出す。
それから一度身体のコンディションをチェック。ここ二週間でこういった機能の使用はだいぶ慣れてきたし、今は視界に表示されるようにすることで直接頭に入れるよりも負担を減らしてある。
……毎度のことながら右腕以外のほとんどがイエローってのは怖いな。蒼穹はいつも通りオールグリーンだけど。
『私はほぼ原形ですから』
そういうことを言える蒼穹がなんかうらやましい。
それから着替えを持って風呂場に向かう。
すでに朝のシャワーは日課となっている。部屋から出て風呂に向かうと先に起きて洗濯をしていた朱音さんとバッタリ会った。
「おはようございます朱音さん」
「おはようノエル」
挨拶を交えてから僕は脱衣所でパジャマと下着を脱いでシャワーを浴びる。。
そして、軽く汗を流して風呂から出ると、用意しといた換えの下着を付けて陣内高校の制服に袖を通す。
まずはYシャツを着て、チェック柄の膝よりちょっと短いくらいのスカートを履く。それから胸元で薄いピンクのリボンを結び、黒地に縁が紅いブレザーを羽織って、鏡を見てリボンが曲がってないかなどを確認。うん、問題なし。
女の子の服着るのも完全に慣れたなあ……ははっと思わず苦笑いしてしまう。
それから僕は脱衣所を出てリビングに向かうと朱音さんが目玉焼きを焼きながら「ちょっと待っててね」とったので席について待つ。
と、ドアを開けてアルトが目を擦りながらリビングに入ってきた。
「おはようアルト」
「ママ、おはよー……」
眠そうにアルトが答える。僕はその様子に苦笑しながら席を立つ。
「ほらアルト、顔を洗ってきなよ」
「うん」と答えるアルトを促しながら洗面所に向かう。
顔を洗って濡れて目が開けられないアルトは手探りでタオルを探すけど、うまく取れなくてタオルを落としてしまった。
僕がそれを拾って渡してあげるとアルトは嬉しそうに笑って顔を拭く。
「ありがとうママ」
「どういたしまして」
それから、リビングでアルトの着替えを手伝ってあげてから髪を梳いてあげて、整え終えたらリボンで髪を結ぶ。
それを終えて席に着くとちょうどよく朱音さんが焼いたトーストを置いたところであった。
すぐにみんな席について食べ始める。
「ああ、そう言えばノエル、あのことちゃんと覚えてる?」
「あのこと?」
いきなり朱音さんが言ったことに首を捻る。
「今日から通うことになった陣内高校にいる人のこと」
あ、そのことか。
僕は思い出す。陣内高校、それは僕の従姉妹であるかなねえこと草薙香苗さんが通う学校なのだ。
「大丈夫だとは思うけど気をつけてね」
「わかってます」
僕は頷く。まあ、朱音さんの心配もわかるけど、ちょっと考えてくれ。
普通死んだ親戚のが女の子になって自分の前に現れるなんて思うだろうか? よっぽど下手なボロを出さなければ大丈夫だろう。
……間違ってもかなねえなんて言えないな。僕しか呼ばなかったし。
「ママ、おかおしわしわにしてどーしたの?」
アルトが手を伸ばして僕の額に触れる。あ、そんなにしわが寄ってたかな?
僕はアルトに微笑みながら大丈夫だよと言う。だけど、アルトは納得できなかったのか、朱音さんの方を見る。
「あかねおねーちゃんも、あんまりママをこまらせたらめっだよー! すとれすはびよーのたいてきなんだから!」
僕らはアルトのその言葉に噴き出して笑うのであった。
そして、朝ごはんを食べ終えると僕はカバンを持って玄関に向かう。
「それじゃあ、行ってきます」
僕は靴を穿きながら見送りに来てくれた朱音さんとアルトの方に顔を向ける。そこで朱音さんの後ろでアルトが寂しそうな顔をしてるのに気付いて僕はその頭をなでて上げる。
「朱音さんの言ううとこ聞いていい子にしててね。夜にはちゃんと絵本読んであげるから」
そう言うとアルトは一転して笑顔になった。
「うん! アルト、いい子にしてる!」
元気よく頷くアルト。うん、やっぱりアルトはいい子だ。
僕は嬉しくて頬を綻ばせながら、朱音さんを見る。
「それじゃあ、アルトのことお願いします」
「うん。にしても本当にお母さんみたくなってきたね〜」
にやにやと笑う朱音さんに苦笑を返しながら僕はドアノブに手をかける。
「じゃあ、行ってきます」
『いってらっしゃい』
次回は学校編です。