第二十八話 おじさんだって
アルトと暮らすようになって早二週間がたった。その間に色々あったけどその話はまたの機会に。
で、今はアルトを託児所に預けて朱音さんの訓練を受けている。そしてラストの模擬戦を終えたところ。
「ありがとうございました……」
僕はぜえぜえ荒い息を吐きながら通りのど真ん中に座り込む。朱音さんは鎌を振って折り畳むとスカートの中に片付ける。
「はい、お疲れ様。最初の頃よりだいぶよくなったね」
朱音さんが笑う。そりゃあしごかれましたから。最初の頃は一発もらっただけで痛みで動けなくなってたから、そうならなくなっただけでも大した進歩だと思う。
この一週間を思い出す。次の日から初日なんて目じゃない訓練の量と二回ある朱音さんとの模擬戦。途中でちゃんと休憩もあるけどそれでもキツい。
「君って物覚えよくてほんと教えやすい生徒だよ」
朱音さんが自分のことのように楽しそうに笑う。嬉しくなって僕も頬が緩む。
だいぶ落ち着いてきたから尻を叩きながら腰を上げると、
「よう、お二人さん。もういいかい?」
後ろから声をかけられた。振り向くとそこには日焼けしてがっしりした体格、短めに切られた黒い髪の二十代後半に思われる人、
「篠原隊長」
自衛隊からの出向部隊の隊長である篠原謙吾さんとその部隊の方々がいた。
「はい、今終わったところですからどうぞ。ノエル行くよ」
ぺこりと朱音さんはお辞儀をしつつ出口に向かう。
「あっ、はい。それでは篠原隊長」
僕もお辞儀しながら朱音さんと一緒に訓練所から出た。
うんうん、やっぱりいいなあ、あの二人。去っていく二人を部隊の全員で見送りながら一人で頷く。
今ではノエルちゃんは神無でアイドルのような存在だ。
かわいい顔立ちの僕っ子で、まだ二週間もたってないのに朱音さんと人気を二分している。俺もノエルちゃん派だ。
先日はあの二人と戦場に立てるかもしれない自分たちは幸運だと洩らした隊員もいたが同感だ……と話が逸れたな。そろそろ気を絞めるか。
「よし、やるぞお前ら! あの二人に遅れをとらないようにな!!」
『了解!!』
隊員全員の気合いの声が轟いた。
「ですが隊長、俺たち本当にあの二人と肩を並べられるんですかね?」
ぼそっと副長の上坂の呟きに改めて訓練場であるビル群を見る。小さなビルがいくつか倒壊し、通りのアスファルトは所々が捲れている。
訓練所の惨状に隊員たちは汗を垂らす。しかし俺は答えん。断じて女の子に敵いそうにないなんて言えるか!!
僕はシャワーで汗を流してから託児所に向かう。うむ、もう自分の裸に完全に慣れてしまったな。喜ぶべきなのか悲しむべきなのか……
託児所に着くとアルトとアグニがいた、ってアグニ? もしかしてアルトの相手してくれてたのかな?
「アールト」
僕が声をかけるとアルトはくるっと振り返って満面の笑顔を浮かべる。それから立ち上がってこっちにとてとて近づいてくる。
「ママ〜♪」
ぽふっと僕の腰らへんにアルトが抱きついた。僕はこの二週間でポニーテールになったアルトの頭を撫でる。アルトのきれいな金髪はふわふわしててずっと撫でたくなるなあ。
ついでに、アルトの耳は普通の状態になっている。どういう仕組みかわからないけど、僕の耳もなんかアグニがプログラムを打ちこんだとたん引っ込んだのだ。
なんでも体内中のナノマシーンに働きかけただとかどうとか。
「ごめんね〜、ちょっと遅くなっちゃったかな?」
「ん〜ん、おじさんがあそんでくれてたから〜」
ふるふるアルトが首を振る。おじさんか、アグニ。見れば白衣の後ろ姿の肩が小刻みに揺れている気がする。
……ちょっとからかってみよっか。
「そっかあ、おじさんが遊んでくれたんだ。じゃあおじさんにちゃんとお礼言おうね。『おじさんありがとうございます』って、おじさんも喜ぶよきっと」
「うん!」
おじさんと言う度にアグニの肩がピクピク反応している。やっぱり嫌だったか。
そして、とてとてアグニのそばまでアルトが駆け寄って、
「おじさん、ありがとう!」
満面の笑みでアルトがお礼を言うとアグニが振り向く。うお、泣いてるのかよアグニ! 一瞬涙が血涙にも見えたぜ。そんなにショックだったんだ……でも、ここまでショック受けるもんなのか? それともトラウマでもあるのか?
そして、アルトの肩に優しく手を置いて、
「頼むから……ぐすっ、せめてお兄さんと呼んで……」
泣きながらアルトにそんな懇願をした。
しかし、大の大人が泣きながら頼む内容じゃないぞそれ。
案の定アルトはこっちに怯えながら駆け寄ってきて、
「ママ、あのおじさんこわい……」
「ぐはっ!」
ついにトドメとなり、泣きながらアグニは倒れた。そこに涙でできた水たまりが生まれる。きゅーしょにあたったこーかはばつぐんだー。そんな言葉が頭に浮かぶ。
「俺まだ二十代……」なんて聞こえた気がするけど、気にしない気にしない。
……後で謝っとくか。さすがに悪かったと思うし。
アルトの頭を撫でながら、僕はそんなことを考えた。
鈴:「憐れなりアグニ……」
刹:「そういやあいついくつなのさ?」
鈴:「二十九だけど?」
刹:「……まあ、確かに嘘は言ってないな。うん」
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