第二十三話 あの子は大丈夫かな?
「ぜえ、ぜえ……」
僕はぐでっと背中から地面に寝転がる。
正直、朱音さんの訓練はきつかった。能力の訓練から始まり、座学、体術から射撃の訓練などなど。しかも、体術の訓練では手加減なく投げられたり極められたり、痛くて痛くてしょうがなかったよ。今も身体中が痛い。もう数時間前なのに……
朱音さんはしゃがみ込んで僕を見る。
「初日だから流す程度だったんだけどな……お疲れ」
そう言って朱音さんがボトルを差し出してくれた。なんか不吉な言葉が聞こえたけど僕には聞こえな〜い。聞こえませ〜ん。
僕は起き上がってそれを受け取る。
「あり……がとう、ございます……」
ぐびっと一口、少し甘いスポーツ飲料が乾いた喉を通り過ぎる。なんかじわーっと体中に染み渡っていく気がする。ああ、これが五臓六腑に染み渡るってことかな?
ふうっと一息。少し余裕ができたかな? にしても、思ってたより辛い。ちょ、ちょっと協力することは考えなおそうかなあ? あ、でも能力の使い方はもう少し知りたいかも。
そんなことをつらつらと考える僕であった。
そして、一時間ほど休憩を取ってから水晶内の空間から出る。
念のため外に出てから時計を確認したけど本当に一時間も経っていなかった。びっくりだ。
「もう一度あの子の様子見に行こうか」
朱音さんの提案で医務室に行こうとして、アグニが訓練室に入ってきた。
その姿はなんというか、くたびれていた。別に見た目は変わってないんだけど、雰囲気が数日間働き続けたって感じになっている。
「ちょうどよかった。二人とも来てくれ」
そうとだけ言ってアグニはさっさと部屋から出た。
僕たちは慌てて後をついて行く。
「いきなりどうしたの?」
朱音さんが聞くと、
「子供の癇癪は宇宙一の兵器だったんだ」
とだけ返した。もちろん僕らにちゃんと意味は通っていない。
そうしてるうちに医務室に到着。先ほど来たが、ここには右手にベッドが二つあり、左手前に先生が使うためと思われるいくつもの棚がある机が設置されている構成だ。
アグニはドアの横に背を預けて中を示す。僕らが中に入ると……子供の泣き声が響いていた。
「ママぁどこにいるの……?」
その子は二つあるベッドの奥に腰掛けながら目を擦っている。
うーん? これって……
僕らはアグニを見る。やれやれと言った感じにアグニは肩を落として、
「目を覚ましたと思ったらいきなりあれだ。しかも言葉もわからないしな」
ここの責任者である医務官の柏木先生は子供に受けるものを探しに出て行ったらしい。こんなところにあるのか甚だ疑問ではあるけど。付け加えると柏木先生は四十台を越えた感じがするちょっと白髪の入ったぼさぼさ髪の典型的な日本人だった。
もう一度女の子の方に向く。今はさっきの服とは違って少し大きめの白衣を着せられていて、えぐえぐとしゃくり上げながら涙を零している。ぽたぽた流れる涙が白衣に跡を付けている。そして、特徴的な長い耳もなんか先っぽが下がっていた。
……やっぱり、いきなり知らない場所に放り出されて心細いのかな?
って、あれ?
「アグニ、言葉がわかんないってどういうこと? あの子、日本語しゃべってるじゃん」
僕の言葉にアグニは首を横に振る。
「悪いが俺には聞いたことのない言語にしか聞こえん。朱音はどうだ?」
「ごめん私もわかんない」
……えっと、どういうこと?
僕が首を捻って考えていたら、
『おそらくマスターは一度、日本語に変換して認識しているのだと思われます』
意外にも蒼穹が理由を答えてくれる。って、変換?
『あの子が今話してるのはマスターたちが先史文明と呼んでるものの言葉ですので』
あー、はい。なんとなく分かりました。つまり、僕は意識してなかったけど内蔵されたコンピューターあたりがそっちの言葉を理解できるように日本語に変換してくれてたってわけね。
なるほどそれなら二人がわからんわけだ……ってありゃ?
「蒼穹って最初からこっちの言葉しゃべってなかった?」
『以前、こちらのネットワークに繋げる機会がありましたのでその時に』
ふーん? 簡単に言ってるけどそれって、すごくない?
「ほらほらノエルそんなことより……」
っと、そうだった。まずはこっちだったね。
僕は女の子に目を向ける。うし、子供の相手って全然したことないけどやるしかないんだ。
意を決してその子に近づく。
「こんにちは、僕はノエル。あなたのお名前は?」
僕が聞くと女の子は顔をしゃくりながら顔を上げる。
「アルト……」
女の子はひっくとしゃくりながら答える。
途端に頭痛が走った。
「っ!?」
そして何か、断片的なイメージが走る。薄暗い部屋と青白い光を放つカプセル。そして、そのカプセルを見る誰か。
その誰かは僕とアルトちゃんと同じ長い金髪と長い耳を持っていた。その顔はよく見えない。
『この子の名前はアルト』
!? 今の子の名前?
『幸いがありますようにって願いよ』
その人はこっちを振り返って微笑む。その顔は……
「どうしたの?」
ぽんと朱音さんが肩を叩いてくれて正気に戻る。
「いえ、なんでもないです」
僕はそう答えて心配させまいと笑う。
何だったんだろう今のは? よく思い出せない。なにか大切なことのはずだったのに……
まあいいや、今は女の子の方が大切だ。
そう考えて僕はアルトちゃんに視線を戻す。って、あり?
なんでかいつの間にか泣きやんでいた。しかも、じっと宝石のようにきれいな紅い目で僕の顔を見ている。
そして……ぱあっと花が咲くように笑顔に変わった。なぜ?
「ママ〜!」
そう言ってアルトちゃんが抱きついてきた。
……はい? 僕が、ママ?
「あの、ノエル、この子なんて言ったの?」
突然のアルトちゃんの行動に朱音さんが聞いてくる。
「えっと……僕が、ママだそうです」
突然のことに正直に答えてしまう。
そして、三、二、一、ハイ!
『えええ!?』
僕と朱音さんの叫びが重なった。
鈴:「さあて一体どういうことなのか!」
刹:「いきなり現れた少女アルト。彼女は圭一のことをママと呼びました! そして圭一が見たビジョンとの関係は?」
鈴:「彼女は何者なのか?! 圭一との関係は?」
刹:「乞うご期待なのです!」
鈴:「それでは、こちら神無広報委員会と」
刹:「常盤学園放送部の提供でお送りしました!」