第十五話 社長とのお話
社長に促され応接用のソファーに座る。そして、社長がいきなり頭を下げた。
「君のことは聞いてるよ。目が覚めたら全然違う環境でおどろいたことだろう?」
「ええ、まあ」
起きたら女の子になっていたなんてそうそう体験できるわけがない。身体の違いをはじめ、服の着方、髪の洗い方、いろいろなものが違っていた。
うんうんと社長は頷く。
「やはり一万年前とは違うのだろうな」
……はい? 一万年前?
僕が何を言ってるのか聞き返そうとして、
『君のことはアグニが修復した機械天使ってことになっているから』
いきなり頭の中に朱音さんの声が響いた。
驚いて朱音さんの方を向くと、朱音さんが笑う。
『テレパシーってやつだよ。さすがに、死にかけた人間の脳を移植しましたなんて言えなかったからね』
なるほど。
「はい」
朱音さんの言葉に乗っかって返事をする。
僕の返答にそうかと社長が小さく笑う。
「では、これからの話なんだが君には『神無』で仕事をしてほしい。内容は天野君に聞いてるね?」
「はい」
頷くと社長は茶色い封筒を取ってきた。
「もし引き受けてくれるならこの封筒を取ってくれ。もし普通に暮らしたいならそれでもいい。どうするかね?」
ぱしっと言い終えた社長から封筒を取った。
少しの間社長は固まり、朱音さんははあっと呆れたようなため息をついた。
「……躊躇とかそういうものは君にはないのかな?」
「いえ、なんだか、すぐにそうしないと迷ってしまう気がしたので」
やっと出てきた社長の言葉に僕はそう返答した。
社長は救いを求めるように朱音さんの方を向いて、
「だから言ったじゃないですか。すごく説得のし甲斐のない相手だって」
失礼な。
社長との面会の後、朱音さんに連れられて本社地下の研究施設に訪れる。朱音さんが言うに地下という環境はこの手の研究にうってつけらしい。
研究施設の一角にある部屋に訪れる。中に入るとそこにはアグニがいた。
「ようこそ圭一。古の意思を受け継ぐ場所に」
「どうもアグニ。一週間振りですね」
そうだねとアグニが頷く。どうやら呼び捨てだったのはスルーらしい。にしても、気取った言い方だなあ。
アグニはくるっと後ろに向き直る。
「ちょうど呼びたかったところだ。来たまえ」
そう言ってかつかつとアグニは部屋の奥に向かう。うん、やっぱえらそうだ。
まあ、仕方ないしついていくか。きょろきょろ観察しながら歩く。
ここもアグニの研究室と同じく整頓されていてごちゃごちゃしていない。ただ、一角にある青白い何かのカプセルからはケーブルとかが延びててそうではなかったが。
そして、ある程度奥に来て、
「どうだい、お姫様にピッタリな素敵なドレスだろう?」
そう言って身を翻したアグニが示すものは……
「……コスプレですか?」
そこにあるのは黒を基調にした服であった。体つきを如実に現すであろうタイトな服、その上に羽織るジャケット、膝ほどの丈のスカート。そして両腕に付けるであろう手甲、そして足の甲をガードするような金属パーツのついたブーツであった。
まるでアニメに出てきそうな服だ。
「ごめんねー、コスプレみたいな服で」
と、朱音さんが謝ってくる。えっ? まさか……
「これ朱音さんがデザインしてくれたんですか?」
「うん、似合う服を考えたんだけどごめんね」
寂しそうに朱音さんが笑うのを見て、僕はなんだか申し訳なくなってしまった。
「す」
だから、
「素敵な服ですね! さっそく着てみよーっと」
慌てて服を着る準備を始め、止まる。
アグニはいつの間にかハンドカメラを構えていた。
「アグニ、なんだそのカメラ」
「なに、君みたいな美少女の生着替え映像を撮って売ろうとぶご!」
僕の右拳がアグニのリバーに入り、ほぼ同時にその逆から朱音さんの拳が顎を叩いた。
うーむ。着替えてみたが……うん。なんかいいかも。肌触りもいいしなかなか。
ただ、気になるのは……
「このヘッドセットなんでウサ耳? あと、このベルトとかってなに?」
そう、頭に付けたヘッドセットはウサギの耳みたいに長かった。そして、右腕にはベルトがぐるぐると巻きつけられていた。腕を動かすのには邪魔にならないが、なんか気になる。
「かわいいから」
朱音さんが嬉しそうに言う。さいですか。
「右腕のベルトは封印処置だ。右腕はほぼオリジナルのままだからな。それからその服はロストテクノロジーで高い防御力が付加されている。並みの防弾装備より頑丈で、衝撃にも強い」
ふーん。指が露出するタイプのグローブに包まれた手をわきわきしてみる。
「たとえば……ほれ」
「おぶっ!」
どすっとアグニがいきなり腹を蹴ってくる。思わずおなかを押さえて……あれ? 痛くない?
まったくダメージがなかった。
「この通りただの蹴り程度ではダメージも受けながっ!」
だが、蹴られたのは蹴られたのできっちり脛を蹴るという仕返しをした。