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キミと始める再生の旅を、今ここから  作者: Jint


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第94話 帝国の凋落

 トランバニア帝国――。


 帝都カラクラックの謁見の間に今回の大規模侵攻に参加した将軍たちの姿があった。跪いたまま一様に緊張した面持ちで皇帝の言葉を待っている。周囲の貴族たちは冷ややかな目でその様子を見ていた。


「イオンよ。今回の進攻の成果、そなた自身の口から聞かせてもらおうか」

 玉座に座った皇帝ヴィルヘルムは顎に手を当てたまま興味深そうな目を向けた。

「はっ、我々はザグロース山脈の砦を攻略し、セレーキアとその周辺の街を陥落させ、奴らの王都であるクーテシホン方面へと進軍しました。その間に近隣の村々から4千人余りの人族を捕らえて帝都へ送っております。しかしながらカディシュ平原にて8万の人族軍と激突となり、武運拙くして撤退と相成りました」

 イオン宰相は淡々と今回の進攻について報告を行った。ほとんどはすでに皇帝に報告済みの内容を繰り返しているに過ぎない。意味があるとすればこのやり取りを他の者にも見える形で知らしめることだろう。


「ご苦労であった。しかし、大軍を率いて侵攻したにしては、いささか物足りない成果と言わざるを得ないな」

 ヴィルヘルムの瞳はその言葉とは裏腹に好奇心に満ちた光を宿している。これから起こるであろうことを想像して楽しんでいるのだ。

「私の不徳の致すところです。申し開きもございません」

 イオンは深く頭を下げ、皇帝に許しを乞うた。


「陛下、一言よろしいでしょうか」

 白髪を後ろへ撫でつけた岩のようにがっしりとした体つきの男が一歩前に出た。ゲオルゲ・カンテミル、四大貴族の一角を占めるカンテミル家の現当主だ。

「いいだろう、発言を許す」

「バサラーブ卿は陛下より大軍を預かりながら、その半数をかの地に散らしたと言うではありませんか。その罪は重いと言わざるを得ません」

 ゲオルゲは猛禽類のような鋭い視線をイオンに向けた。すでにイオンは皿の上に載って提供される料理と同じだ。どこからナイフを入れようと誰も文句を言えない。それどころか有力な貴族が零落することによって空いた席に座ろうと虎視眈々と狙っている者の方が多い。


 ゲオルゲに追随するようにイオンたちを非難する声があちこちから上がる。ディミトリエとイレアナは跪いて視線を落したまま沈黙を守った。反論したところで精々水掛け論にしかならない。彼らの目的は責任の所在を明らかにすることではなく、誰かに責任を取らせることだ。


「カンテミル卿の指摘はごもっともでございます。この度の失敗は全て司令官である私の責任。宰相の地位を辞して陛下にお詫びするほかありません」

 イオンの謝罪をヴィルヘルムは呆れたような顔で眺めている。だが、茶番とわかっていても舞台の上では演じ続けなければならない。


「この私から2万5千の兵力だけでなく、有能な宰相まで取り上げようというのか。まったく愚かしいことだ。失敗を許す寛容さがなければ、この場に残る資格のある者は一体どれくらいいるというのだ。なあ、ゲオルゲよ?」

 皇帝の言葉にゲオルゲは慌てて深く頭を下げた。その表情は苦虫を噛み潰したように歪んでいる。ゲオルゲ自身が侵攻の指揮を執りながら大敗を喫した過去があった。自分だけが寛大な処置をされておきながら、他方で厳格な処置を求めることは、誰の目から見ても納得のいく話ではないだろう。

「陛下のおっしゃる通りでございます。私も蒙をひらかれた思いです」

 これ以上の追及は不利とみたゲオルゲは即座に方針を切り替えた。


「我が軍に多大な損害を与えた責としてイオンの俸給は3年間半減する。異論はないな」

 ヴィルヘルムの決定が下ったなら、それに反論できる者などいない。不満があったとしてもそれを表に出す臣下は存在しないだろう。たとえそれが広大な領地から収入を得るバサラーブ家にとって大した影響はないにしても。


 ヴィルヘルムの命令を聞いて、謁見の間に控えていた配下の者たちが一斉に跪いた。

「陛下の御心のままに」




「お前の口から直接聞かせてもらおうか。かの地で何を見てきた」

 イオンと二人きりになった後、ヴィルヘルムは親し気な様子で話しかけた。

「人族の強さには侮れぬものがあります。これまで我々は個々の戦闘能力の高さと魔獣の数を武器に戦ってきました。しかし、彼らはそれを凌駕しつつあります」

「素体と魔獣が生み出されて300年あまり、ついに先んじていた我々が追いつかれたということか?」

 額に手を当てたヴィルヘルムは天井を見上げた。戦力バランスとしては魔族側が常に少ない。自然環境の厳しい北の地では母体となる人口自体がそれほど増えないのだ。ひるがえって人族側は広大で豊かな土地に住んでいる。人口は増え続け、生産力も著しく伸びていた。


「数は力となります。魔獣の生産には蓄魔管からマナの供給を受けて魔石を作り出さなければならない以上、人族の確保は必須です。そのバランスが崩れるようなことがあれば、この先はジリ貧にしかなりません」

 イオンが考えた未来予想図に魔族が人族を圧倒するような逆転の目は残されていなかった。このまま手をこまねいていれば緩やかに衰退するしかない。いくら北の地が領土として魅力がないとしても遠くない未来、人族による魔族領への侵攻が始まるだろう。


「まったく頭の痛いことだ。危機的な状況にあるにも拘らず、内部では足の引っ張り合いか」

 目頭を指で押さえたヴィルヘルムは軽く揉んで疲れを癒した。

「今回の進攻作戦、おそらく人族側に情報が漏れていたと思われます」

「何、それは真か?!」

「あくまで状況証拠からの推察でしかありません。しかし、これまでと異なり、山脈を越える侵攻ルートは彼らにとっても青天の霹靂だったはず。それにしてはその後の対応が早過ぎます。まるで知っていたかのように。私にはどうにも彼らの動きがちぐはぐに見えるのです」

 真剣な面持ちのイオンは重い口調で言葉を絞り出す。これまで引っかかっていたいくつかの断片を組み合わせて導き出した答えではあったが、確証があるわけではない。


「それをあの場で言い出せば、そなたが失敗の言い訳をしているようにしか聞こえんな」

 ヴィルヘルムはくくっと楽し気な笑い声を漏らした。

「杞憂であってくれればよいのですが、看過するわけにもいかず」

 歯切れの悪い言葉を口にしてイオンは恐縮したように身を縮めた。


「しかし、魔族が人族との間にそのような交流を持つことなど、これまでなかった動きだ」

 好奇心旺盛なヴィルヘルムは魔族の変化を肯定的に捉えていた。

「その事実だけ見れば、真意はどうであれ我々にとって大きな変化でしょう。しかし、双方の情報が伝わることにはメリットとデメリットの両面が存在します」

「ふむ、確かに得体の知れないものには恐怖を感じるだろう。我々の実態が人族側に知られることでその呪縛が解けるとしたら、更に不利な状況に陥るかもしれない。正体見たり枯れ尾花といったところか」

 ヴィルヘルムは面白く無さそうにふんと鼻を鳴らした。


「しかし、希望がないわけではありません」

「いやにもったいぶるな。ここには私しかいない。言いたいことがあるなら簡潔に述べよ」

 眉を顰めたヴィルヘルムは不満げな様子を隠さない。


「戦場で敵の司令官から陛下へメッセージを託されました」

「何だと!? 今日は驚かされることばかりだな」

「彼の伝えた言葉はこうです。道は開かれた、と」

 イオンの言葉を聞いてヴィルヘルムは思わず椅子から立ち上がった。


「まさか……、ユースポスの撒いた種が芽を出したというのか!?」

「青い鳥が手紙を運んだと言っていましたので、おそらく間違いないでしょう」

「くっははははは。よくぞ伝えてくれた、イオンよ。帝国の未来のため、これから忙しくなりそうだな。お前にも存分に働いてもらうぞ」

 拳を強く握るヴィルヘルムの威に打たれてイオンは跪いて深く頭を下げた。





 


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